21.エイト育成計画(原案:レイ・構成:フォレスト)

 約束もしていたし、時間も空けた。

 だが、だからと言ってなにをするかまで決めていたわけではない。

 要するに、外出するのは決定だったが、なにをするのかまでは聞いていなかった。


「レイ、今日はどうする予定なんだ?」

「うーん、皆が揃ってから発表かな? ダメ?」


 小首をかしげ、いっそあざといくらい可愛らしく告げてくる。

 ダメかどうかといえば……どっちでもいい。

 主体性がない、といわれそうだが、皆が揃ったら教えてくれるというのならその時でいいのではなかろうか。


「わかった。その時に聞こう」

「よしよし。それじゃあ、早く皆と合流しよう。今日はベータサーバーでフィールド探索だよ!」


 前回のようにシータサーバーで出かけるわけじゃないのか。

 ベータサーバーっていうことは、初心者向けサーバーでレベル上げかな?

 前回のPKのことを考慮して、なんだろうな。


「ほら、早く移動しよう。ね?」

「わかってるから、近い近い」

「よし、それじゃあ、早速移動しよう」

「ああ、わかった」


 シータサーバーのゲートから、サーバー間転送を選び、ベータサーバーへと移動する。

 到着したベータサーバーのゲート前広場は、日曜の昼間ということもあり、大勢のプレイヤーでごった返していた。


「ここまで混んでると、はぐれちゃいそうだね。どうしよう?」

「……ほかの皆が待っているんだろう? なら、最終的に合流できればいいじゃないか」

「それだと効率が悪いじゃない。……そうだ、手をつないでいこう! ね?」

「いや、ね、じゃないから」

「いいから手をつなぐの。さあ、出発!」

「ちょ、レイ、少しは話を聞け」


 レイに手をつかまれ、引き摺られるように人混みの中を移動する。

 ……うわー、めちゃくちゃ視線を集めているよ。

 引っぱっているのは、美しい赤色のバトルドレスに身を包んだ美少女。

 引っぱられているのは、黒色のローブに身を包んだ男。

 どう考えても目立つよな。


 観念して歩くこと数分、ようやく待ち合わせ場所にたどり着いた。


「お、来たな、エイト。……って、なんでレイと手をつないでるの?」

「俺に聞くな。見ての通り、俺がガッチリホールドされる側だったんだから」

「ゲート前が混んでて、はぐれそうだったから手をつないだの。それだけだよ?」

「……おう、そうか。大変だったな、エイト」

「わかってくれるか、ブレン」

「……前も同じ状況になったからな、俺」


 ブレンもレイに引っぱられた経験があるらしい。

 変なところで共感している俺たちを余所に、レイはほかのメンバーゲーム同好会のところに移動した。


「こんにちは、エイト。今日もレイに振り回されてきたようだね」

「こんにちは、フォレスト先輩。まあ、そんな感じですね」

「あれで悪気はないんだ。ゲーム仲間というだけで、距離感が近くなりすぎるだけで」

「それはそれで大問題だと思うんですけどね。そこのところ、ソード先輩はどう思ってるんです?」

「……できれば直したいところだよ。俺が言っても聞かないけど」


 レイの実の兄であるソード先輩でも説得は不可能か。

 ……よし、レイの件はすっぱり諦めて振り回されよう。


「大変だよねー。レイちゃん、行動力にあふれてるから。私も時々振り回されるものー」


 俺たちの話に乗ってきたのはブルー先輩。

 ブルー先輩も普段はおっとりしてるから、レイには振り回されるほうか。


「そういえば、今日なにをするかって聞いてますか?」

「ううん。私も聞いてないんだよねー。ソード先輩は聞いてるー?」

「いや、俺も聞いてないな。知ってるのはフォレストくらいだろ」

「……なんかやな予感がします」

「……一番被害を受けそうなのはお前だものな」

「がんばってねー、エイト君」


 ふたりは自分たちに被害が及ばないと思い、割と気楽に返してきた。

 いったい、なにをやらされることになるんだろうな。


「はーい、ちゅうもーく。それでは、これから、第一回エイト君を強化しよう計画を決行します!」


 レイがいきなりとんでもないことを言い出した。

 俺の強化計画とか何事だ?


「なお、この計画。原案は私、レイが、構成はフォレスト先輩がやってくれました」


 フォレスト先輩も噛んでるのか。

 これは、いよいよ楽できないヤツだ。


「なーに、そう身構えなくとも大丈夫だよ、エイト。ただ、君の戦闘レベルを40以上まで引き上げたいだけなのだからな」


 フォレスト先輩が、今回の作戦概要を説明してくれる。

 概要といっても、俺の戦闘レベルを40まで引き上げるというだけの内容だったが。


「……それって、いまやる必要があるんですか?」

「はっきり言おう。あるぞ。なぜなら、今週末には、紅妖精が実装されるからな」

「それと、俺のレベル上げ。どういう関係が?」

「うむ。ここから先は、レイに説明してもらおうか」


 説明役のバトンが、フォレスト先輩からレイへと渡された。

 さて、それじゃあ、詳しい説明を聞こうじゃないか。


「フォレスト先輩も言っていたように、今週末から紅妖精フランジャが実装されます。ここまではOK?」

「オーケーだ。それで、続きは?」

「紅妖精フランジャに挑むには戦闘レベル40が必須条件です。なので、エイト君にも戦闘レベル40まで上げてもらいたいのです」

「……俺が戦闘に加わる理由は?」

「エイト君とも一緒に遊びたいから」

「それだけか?」

「あと、紅妖精の死体を持って帰れるかどうかわからないこともかな」


 つまり解体係としてか。

 個人的には気にしないし、新しいモンスターの素材が手に入るなら俺としても嬉しい。

 ただ、俺が同行する必要ってあるのかな?


「俺のところに持ち込みで解体するのじゃダメか?」

「赤妖精の死体は小さなクリスタルになるから問題なかったけど、普通のボスモンスターはそのサイズのままだからね。解体せずに持ち帰るには、バッグ……インベントリの容量と所持可能重量が怪しいのです。ドラゴン系に至っては、どう考えてもインベントリに入らないし」


 それなんだよなぁ。

 さっきの掲示板でも話題に出ていたが、モンスターの死体をお持ち帰りする場合、その体の大きさに見合ったインベントリサイズが必要となる。

 インベントリの拡張は、レベルを上げていくことで、実績として拡張ができるようになっている。

 そのほか、課金アイテムでもインベントリの拡張アイテムは手に入る。

 なにを隠そう、俺もインベントリの拡張アイテムを購入して、現在の限界サイズまでインベントリを拡張しているのだから。

 さて、話がそれたが、このゲームでのインベントリは、容量だけでなく重量も計算される。

 容量……つまり、占有するスペースが小さくても重たいものがあると、ほかにインベントリにしまうアイテムに影響が出る。

 個人で持っているインベントリの他にも、預かりボックスや個人所有の家に収納スペースを作成するなど、アイテムの保管方法はいろいろある。

 だが、個人の持ち運び可能なアイテム量は、インベントリの容量と重量で決定する。

 そして、ドラゴンのような超巨大生物を格納できるほどインベントリは広くない。


「そういうわけで、紅妖精フランジャが持ち帰りできなかった場合に備えて、エイト君の戦闘レベルを40まで引き上げたいと思います」

「つまり、パワレベというわけか。大丈夫か?」


 パワレベ……パワーレベリングは、オンラインゲームでちょくちょく話題に出る行為だ。

 簡単に言ってしまえば、強いプレイヤーの手助けを受けて、弱いプレイヤーのレベルを爆速で上げる行為だが……これには勿論、賛否の声が上がっている。

 レベルが高くないと遊べないコンテンツがあるからパワレベは容認する、と言うプレイヤーもいれば、パワーレベリングをしたプレイヤーはスキル回しも上手くない、基本ができていないから反対、と言うプレイヤーもいる。

 俺的には……微妙なんだが。

 とりあえず、今日の予定はパワレベらしい。

 あまり楽じゃない気がするけど、この後どこに行くかはそろそろ聞いておかなきゃな。


「それで、今日はどこに行くんだ?」

「レベル30から35の赤妖精周回で。エイト君が唯一戦ったことのあるボスで、皆の相性も悪くないから」

「……わかったよ。でも、今日一日でレベル40は無理じゃないか?」

「だからほかにも時間を作ってほしいな。目標は、木曜日の時点でレベル40!」

「はいはい、わかりました」


 こう言うときのレイにはあまり近づかないほうが賢明だ。

 さて、それじゃあ、俺のほうも用事を済ませるか。


「まず、ソード先輩。頼まれていたハードレザー装備ができてますよ」

「サンキュ。これでまた生存率が高くなる」

「次、ブレン。金属鎧一式を作って持ってきたけど、インベントリに入るか?」

「そこは大丈夫だよ。いま受け取っても大丈夫なのか?」

「構わないだろ。お金を払えるならお客様だよ」


 そんなこんなで、ソード先輩とブレンに生産した赤妖精装備を手渡し料金を徴収した。

 なかなかの売上になって美味しいんだよな。

 さて、そろそろ出発みたいだし、影蜥蜴のローブはしまっておこう。

 黒いローブの下から出てきたのは、微かな輝きを帯びた赤い陣羽織や手甲、脚甲などだった。


「おお、それがエイト君の新装備?」

「新装備というか、赤妖精シリーズを作ったというか……ともかくそんなところ」

「おー、前回の黒ベースもいいけど、今回の赤ベースもいいね!」


 レイ的には今回の服装も有りらしい。

 まあ、レイのために活動しているわけじゃないし、自衛のためのスキルは磨いて損はしない。


「そういえば、エイト。君の装備には固有スキルはないのかい?」

「ありますよ。刀の【火炎一閃】と陣羽織の【フレイムブースター】です」

「【火炎一閃】はなんとなく効果がわかるからおいておいてだ、【フレイムブースター】の効果は?」

「二分間、火属性攻撃の威力上昇と移動速度の上昇ですね。上昇率は元の素早さが影響していると思います」

「了解した。それでは、楽しい楽しいレベル上げの旅に行こうではないか」


 フォレスト先輩に肩をガッチリとつかまれ、『逃げるなよ』と言われている気がした。

 勿論、この期に及んで逃げるつもりはないけど。


「今日の目標は、レベル35到達だ。皆、気合いを入れて行くぞ!」

「「「おー」」」


 フォレスト先輩の気合いの入ったかけ声に、皆が呼応する。

 というか、ブレンまで反応できているのはなんでだろう?


 そのあとは、フィールドに出て定期的にダンジョンに潜っては、小さいサイズの敵に苦労しつつ、赤妖精の部屋にたどり着いた。

 赤妖精の戦闘では、先輩方の強さをまざまざと見せつけられた。

 レイやブレンもそこそこ活躍してたけど


 そんなこともありつつ、《Braves Beat》の時間はゆったりと流れていく。

 結局その日は、レベル上げだけで終わったけど、楽しい週末であった。


「さあ、今日の目標は戦闘レベル35だ、一気に行くぞエイト!」

「うーい、頑張ります……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る