第十九節 リタラとロンド

 ロンドは荒々しくリタラの肩を掴み、同時に横にいた、わたしを、その力強い右手で薙ぎ払った。

 リタラの悲鳴が響き、気付くとわたしは地面に尻もちをついていた。

 ロンドはリタラの両肩を摑むと、リタラを真っ直ぐに見詰める。

「お前も何度言えばわかるんだ。コイツは自分がいじめられない為に、お前を仲間のように扱って利用しているだけだ」

 ロンドの言葉にリタラの顔が歪む。

 ロンドはわたしを指差し、

「いい顔ってのは、相手をだます時に使うもんだ。みんなこの世界で生きるのに必死なんだ。その為にはなんだって利用する」

 ロンドはリタラの肩を揺すった。

 リタラは怯えた表情を浮かべている。

「信じていいヤツなんて……」

 ロンドは顔を歪め、うつむくと顔を上げた。

「俺たちは、何時だって一緒に乗り越えてこれた! 今度だって、こんなヤツラに頼らなくても行けるんだ!」

「自分の道を、人に強要してるだけ」

 そう声が聞こえ、わたしは背後から助け起こされた。

 わたしは驚いて振り返ると、そこにはアルシェールが立っていた。

「また、貴様……」

 アルシェールはジッとロンドを見詰めたまま、ロンドにゆっくりと近付く。

「一人で生きたい、でも怖い。だから、リタラに救いを求めている」

 そのアルシェールの言葉にロンドは顔を歪めた。

「巻き込んでるのはあなた」

 ロンドの眉が吊り上がる。次の瞬間、反射的とでも言うように、ロンドはアルシェールの前に飛び出した。胸元に引かれたその腕が、目に追えないような速さで突き出される。

「やめてッ!」

 リタラの叫び。

 わたしも目を見開き、動けなかった。

 アルシェールは、まるで振り向く時のようにわずかに体を反らし、ただそれだけで、ロンドの拳を避けていた。

 アルシェールは目を細めて静かに言った。

「言葉に、言葉で勝てないなら、負け」

 ロンドは歯を噛み締め、再度、腕を振り上げた。突き出される。

 ぱん、と音がしてアルシェールは突き出された腕の横腹を叩く。腕の先はれ、アルシェールの頬を掠め、替わりにアルシェールの腕がロンドの喉元に突き出されていた。その手には小さな尖った石。

「敵であれば躊躇ためらわない。あなたは死んでいた」

 時が止まる。

 誰もが呆然とする中、アルシェールだけが言葉を紡ぐ。

「一人で勝てない敵があらわれたら、あなたはどうする?」

 ロンドの顔が歪む。

「もうやめて!」

 リタラが駆け出し、ロンドとアルシェールの間に割って入る。泣いていた。

「お兄ちゃんは! 親に捨てられた後もずっとわたしを守ってくれていた。誰かを頼ろうとして、売られそうになった時、乱暴されそうになった時、ずっと助けてくれた。誰も、誰も、今まで私たちを助けてなんてくれなかった!!」

 今までに聞いた事のないようなはっきりとした声、泣き、うずくまる。両手を顔で覆い。

 ロンドは顔を歪め、屈むと、リタラの両肩に手を置く。

 その様子を見ていたアルシェールが、首をかしげ、

「あなた達が望むなら、わたしは、力になる。代わりに、わたしが困ったら助ける」

「何を、言ってる!」

 睨んで来るロンドに構わず、アルシェールは続けた。

「わたし、生きるのに必死。だから、その為にはなんだって利用する。自分が困った時、あなた達を利用する為に、あなた達を助けるの。だめ?」

 ロンドは口元を歪め、リタラも泣きながら、アルシェールを見ていた。

「あなた達だけではかなわないものがあった時、わたしを利用すればいい。わたしがそんな時、あなた達を利用するから」

 アルシェールはそう言ってからわたしに振り向く。

「行こ」

 わたしはおずおずと頷いた。

 アルシェールの横に並ぶ。

 わたしはちらりと後ろを振り返ってから、アルシェールに聞いた。

「二人、大丈夫かな?」

「さあ」

「えっ」

「でも、リタラがやっと本心を言った。きっと平気」

 わたしはじっとアルシェールを見詰める。

 それに気付いたアルシェールがわたしを見返す。

 わたしは聞いてみた。

「利用……、するの?」

 アルシェールは首をすくめると、

「別に。そう言った方が、まだ納得する」

 まだも見詰め続けるわたしに、アルシェールは怪訝そうな顔をする。

「優しいね」

 わたしが笑って言うと、アルシェールは視線を前へと向けた。

「別に」

 そうしてから言った。

「こんな所で、何してた」

「あ、うん」

 オフェーリアさんの優し気な顔が浮かぶ。

「担ぎ込まれたフェルミナの人、眠ったままだけれど、話せるんだ。フェルミナの力ヴィジョンの力を使って。アルシェールも今度一緒に」

「ここにはあまり来ない方がいい」

「えっ」

 立ち止まるわたしを置いて、アルシェールは先へと進んでいく。

「どういう、意味?」

 アルシェールは振り向かず、

「そんな気がした。本来、ここにいる必要がない人がいる意味。療養なら孤児院でなくてもいいはず」

「でも、ここには協会の導師の人達がいっぱいいるし」

「彼等、彼女達は医者じゃない。それにこの町は協会の町だから」

 アルシェールは立ち止まり、振り返る。

 わたしはアルシェールと、オフェーリアさんの居るであろう別棟を交互に眺めた。

「行こ」

 アルシェールの言葉に、駆けてその横に並んだ時、木々に挟まれた細い道の向こうにエスタンティア先生の姿が見えた。

「あ」

 わたしがそう言うと、アルシェールはわたしの手を摑む。

「行こう」

 歩調はそのままに進む。どんどんとエスタンティア先生の姿が大きくなって行く。そしてすれ違う時、

「こ、こんにちは」

 わたしはそう言い、アルシェールは頭を小さく下げた。

 そして通り抜ける。

「二人とも、どこに行っていたのです?」

 背後から声を駆けられる。

 振り返るとエスタンティア先生は笑顔。

 わたしは緊張して何も言葉が出せなかった。

 隣でアルシェールは、

「散歩です」

 そう言った。

 エスタンティア先生は笑顔のまま、

「でもこちらは別棟がある方だから、中庭の方がいいんじゃないかしら」

「そうします」

 アルシェールは不愛想に答える。もっともアルシェールの場合は何時もそうなのだが。

 すると、

「そうそう、アルシェール、何時ものあれ、これからいいかな?」

 わたしはアルシェールの方を見る。

 アルシェールは無表情のままエスタンティア先生を見ていた。コクリと小さく頷く。

「じゃ、行こうか」

 エスタンティア先生がそう言うと、アルシェールはわたしの手を離した。

 わたしはあっ、と言った。

 アルシェールはエスタンティア先生の許に行くと、振り返り、

「また明日」

 無表情のままそう言った。

 わたしには、その顔がどこか寂しそうに見えた。

 そして二人は、わたしに行くなと言った、別棟の方に歩いて行く。


 〝何時もの〟アルシェールに会った、それがわたしの最後だった。

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