第十七節 戦う意味

「オフェーリアさんは、神域の子、に、その怪我を」

 わたしの問いに、ベッドの端に座るオフェーリアさんは、どうかな、と曖昧な回答をした。だけれども、次に話してくれた内容が、すべてを物語っていた。

「協会の敵は神域だけじゃない。神域の力を研究し、人々を守ろうと考えている人達ばかりではないの」

 今まで、戦う相手が神域の子、だけと思っていたわたしには衝撃だった。自身の持つ軍刀を、人に向けるかも知れないのだ。

「人、ですか」

 オフェーリアさんは目を細めた。

「このアフラニスの大地では、多くの国が昔から争っている。わたし達、協会の本部があるプリステ・アモージュ。神権国家アーフェル・ムース。巨大な軍事国家グプタ朝や、アルバレス・パティス大公国」

 その名は授業で何回か聞いた名前だった。

「ある国は、北から侵蝕して来る神域から逃れる為に、ある国は古くからの確執の為に」

 オフェーリアさんはベッドから立ち上がると、窓の近くにゆっくりと歩いて行き、外を眺める。

「そして、アフラニスの大地には壊病かいびょうが蔓延している」

 その名前は初めて聞いた。

「人や動物、植物の体が〝崩れ〟土埃のように消えてしまう謎の奇病。神域が影響していると言われているけれど、まだ誰も治せない」

 オフェーリアさんはわたしに振り返った。その顔は、真剣だった。

「病で人や物が減れば国も疲弊する。疲弊したものを、他人から横取る事で治そうとしている。病に攻められ、争いでより自身の首を絞める。人を殺し、生き残ったものは楽を出来るのかしらね」

 そして小さく、

「その上、神域。このままだと、人類は滅んでしまう」

 そう呟く。

「では人同士が争うなんて」

 わたしの言葉にオフェーリアさんは笑う。

「そう考えてくれる人達ばかりならいいのだけれど、苦しい時は人を押し退けてでも助かりたいと思うのが人情だわ」

 わたしはうつむき、呟いた。

「わかり、ません」

 オフェーリアさんはわたしに近付いて来ると、そっと肩に手を置いた。

 見上げると、そこには優し気な表情をしたオフェーリアさんがいた。

「納得しなくてもいいわ。でも、そういう人達がいる事は理解すべきだわ」

「りかい?」

 オフェーリアさんは頷く。

「人は他人にはなれない。だから完全に相手の事を把握する事は無理。つまり自身では信じられない考え方をする人がいても不思議ではないでしょう?」

 わたしはオフェーリアさんの言葉に戸惑ってしまった。

 オフェーリアさんは首をすくめ、人差し指を上げると、

「では、デルちゃん。あなたは神域が何で人類の領域を侵蝕しているかわかる?」

 わたしは首を振る。

「神域の子は何で人間を襲うか、導師の人達から教わった?」

 わたしは首を振る。

「神域の子が人を襲う理由を導師の人達も知らないからよ。で、デルちゃんは知っている?」

 わたしはまたも首を振る。

「でしょ?」

「でも話せば、人同士なら相手の考えを理解できる」

「ではデルちゃんは、神域の子と話せるかしら? 相手が襲ってきたら? そんな余裕、あるかしら?」

 わたしは再度、うつむく。

「神域の子じゃなくてもいい。盗賊や、戦争中、真っただ中の戦場で、相手の話しを聞けるかな」

 わたしは表情を歪めて、オフェーリアさんを睨む。

「オフェーリアさん、いじわる」

 わたしの表情を見て、オフェーリアさんは噴き出した。

「ごめんなさい。でもデルちゃんの考えもいいと思うわ」

 そして目を細め、

「本来なら、人間には、そうなる前の会話の時間がある筈だものね」

 そううつむきながら言った。

 その顔はとても悲しそうだった。

「でも〝違う〟ものもいるのよ。人間として一括りにしているけれども、わたし達は一人一人が別の生き物なのだから」

 それからオフェーリアさんは顔を上げると笑顔を作る。

「だからわたし達が頑張らなくちゃね! 私たちは世界を調停し、争いを止め、人類をよりよい方向に導かなくてはならないの。今までに何度も言われ続け、結局誰も成しえなかった事。それが成されなくても、今まで人類は生き延びて来られた。だからと言って、これからも同じとは限らない。誰かが、成さないといけないわ」

 窓から降り注ぐ柔らかい光の中、佇むオフェーリアさんに、どこか儚げなものを感じた。

「わたしは協会がそれを成すいしずえになるものだと思っている。自らの悪しき業から人類を救う、それが協会とフェルミナの役目だと」

 そんなオフェーリアさんの思いを知り、わたしは自然に聞いていた。

「オフェーリアさんは、その為にフェルミナに?」

 わたしの問に、オフェーリアさんは首を振った。

「なった理由は、きっと、あなたと同じ、ただ選ばれただけ」

 それを聞いてふと、オフェーリアさんは、協会の思想にすがって生きて来たのではないか、そんな考えが頭を過った。

「大変、ですか?」

 オフェーリアさんは笑う。

「えぇ。でも、協会はわたしに生きる意味を与えてくれた。何もないよりずっといい。わたしはきっと幸せなんだ」

 その言葉に、わたしは何も返せなかった。

 オフェーリアさんはベッドの上、〝自分〟の隣に腰かけると、近くの丸テーブルの脇にあった椅子を寄せ、腰かける所をぽんぽんと叩く。

「それよりデルちゃんは、どんな生活をしているの? お友達は? わたし、それが聞きたいな」

 そう言って、再び笑顔を見せた。

 わたしは促されるままに、オフェーリアさんの対面に座る。

 にこりと笑うオフェーリアさんは、わたしよりずっと年上だと思ったが、そんな人にこう言うのも変なのだけれど、かわいらしい、と思った。この人には無邪気な所がある。きっとどこか、子供のままなのかもしれないと思った。

「とも、だち、ですか」

「ん~?」

 顔を寄せて来るオフェーリアさんに、わたしは顔を引きらせる。

「う~ん、アルシェールは、友達になろう、って言ってくれた」

 わたしの絞り出すような声に、オフェーリアさんはにこりと笑うと、

「一番一緒にいる子ね?」

 わたしは首をすくめて頷く。

「なら次は、そのお友達と来てね」

 この人は、まだわたしに規則違反をさせる気なのだろうかと思った。

「オフェーリアさんは、何時まで、ここに、いる?」

 オフェーリアさんは首をすくめる。

「わたしの役目が終わるまでかな」

「役目……」

 オフェーリアさんは、わたしの頭に手を置くと、優しく撫でてくれた。

「大した事ないのよ。わたしはきっと何もしないもの」

「オフェーリア、さん?」

 オフェーリアさんは目を細め、優し気に笑っているが、どこか悲しそうに見えた。

「オフェーリアさんは、その、大丈夫、なんですか?」

 わたしはベッドに横たわるオフェーリアさんを見る。

 オフェーリアさんは頷いた。

「ここには導師の方やお医者様がいっぱいいるから大丈夫よ」

 わたしはその言葉を聞いて、少し安心した。

 オフェーリアさんはわたしの顔を見て、楽しそうに笑う。

「どう、したんですか?」

「いえ、その、優しいのね」

 そんな言葉を恥ずかしく思い、わたしはうつむいてしまった。

「心配してくれるなら、明日も来なさいな」

 わたしは首をすくめて、

「努力します」

 そう言った。

「つれない言葉だなぁ。お姉さん悲しいなぁ」

 首をすくめてじっと見て来る。

「え、はぁ、まぁ、はい、来ます」

 結局押し切られてしまった。

 途端オフェーリアさんはにまりと笑う。

「次は友達と一緒にね?」

 そう言って、ウィンクして来た。

「え、まぁ、頑張ります」

「つれない言葉だなぁ。お姉さん悲しいなぁ」

「いや、その、もう、わかりました」

 オフェーリアさんは楽しそうに笑うと、立ち上がる。

「よし、じゃあ、今日はここまでにしましょうか。わたしもちゃんと休むことにするわ」

 わたしも椅子から立ち上がりながら頷いた。

「それが、いいです」

 オフェーリアさんは相変わらずにこにこしたままだ。

「お邪魔、しました」

 わたしは頭を下げる。

「お邪魔なんて事はないわ。デルちゃんと、その友達なら、何時でも歓迎するわよ」

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