Feb.『Dear K』①

事態は苦しくなるばかり

 何度こうして、剣を携え戦地に赴く者たちを見届けたことだろう。

 中には軍資金を携えた商人もいた。人々を教え導く聖職者もいた。

 そして、何も知らない農民もいた。


 勿論、引き留めることもあった。

 お前が要なんだ。焦るんじゃない。歯を食いしばって今は堪える時なんだ、と。


「自分は出れる」

と主張するのを引き留めるのも、三度が限界だった。

 結局、止められるはずもなく……俺の元から去ってしまう。


 悪化する戦況。

 しかし、お前だけは。

 全てを一気にひっくり返す力を秘めた、この最強の王だけは。

 何があっても守らなくては。


 すべての運命は、俺の手に握られている。


 親愛なるキングよ。 

 見ててくれ、俺は必ず生き残ってみせる――!



   * * *



「……ええっ!?」


 テーブルの上に出された『スペードの8』を見て、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


「何だよ、うるせぇな。止めてたんだよ、文句言うな。戦略だろ」

「そうじゃなくて、何でソレが出せるんだよ。スペードはもうAまで行っただろ? 次はKからだろ。8は出せないだろ」


 テーブルの上に四列に並べられたトランプの列。

 一番上のスペードの列は、『7』から左に6、5……とAまで並べられている。

 こうなると、次はKからしか並べられない。俺が『スペードのK』を出さない限り、8からQは死ぬはずなんだ。

 スペードの運命は俺次第、のはずだろ?


「お前、何言ってんの? 繋がったからKも出せるようになっただけで、8は普通に出せるぞ」

「嘘だろ!?」


 信じられない。俺の地元ではそんなゆるゆるなルールではやってなかったぞ?


 Aまでいったら次はKから。もし8を止めてたらこの8は死ぬ。

 Kまでいったら次はAから。もし6を止めてたらこの6は死ぬ。


 自分が死なないように気を付けつつもパスを駆使し、どのタイミングで6や8を出すのか。それが重要な戦略だったのに。

 そして6も8も無かった俺は、この『スペードのK』に賭けていたのに。


 仲間が欲しくてテーブルを囲んでいた他の二人の顔を見たが、同じく呆れ顔だ。


「え、普通はそうだろ。お前、何一人でローカルルールでやってんだよ?」

「ってことはスペードのKを持ってんだな」

「とっとと出せよ、止めても意味ねぇから」

「意味なくはない!」


 何だよぉ、何だよぉ。

 七並べって地方によってルール違うのかよ……。


 泣きたくなったが、すでにパスを3回してしまっている俺には選択の余地は無かった。滲む涙を「花粉症のせいだ」と誤魔化しつつ、『スペードのK』をテーブルの上にペッと投げ出す。


「ちゃんと置けよなー」

「行っとくけど、最初にルール確認しないお前が悪いんだからな」

「これで買い出しは決まりだな」

「まだ分かんねぇだろ!」


 ……と言っていたものの、スペードのKを長く止めていたせいで手元のスペードの10が出せなくなり、俺は負けた。


「ビール6本入り。キ●ンで頼むわ」

「つまみもうちょっと欲しくね? ジャーキーとイカ燻」

「アイス食いてぇー。ハー●ン●ッツな」


 罰ゲームとして、歩いて20分ほどのコンビニまで一人で買い出しに行く羽目になった。勿論、俺の奢りで。

 ちっ、いくら暇だからって大学生にもなって七並べなんかやるもんじゃねぇな。


 ……と、罪もないトランプに当たりつつ、ぬくぬくと温かい炬燵からのろのろと這い出る。

 ジャンパーを羽織り冷たくて重い金属の扉を開けると、外はいつの間にか雨からベチャベチャの雪に変わっていた。

 アスファルトを覆うシャーベット状の雪を蹴りながら、黙々と考える。


 よし、次はジョーカー入りでやろうと持ち掛けてみよう。勿論、使い方のルールは最初にきちんと確認して、だ。

 あいつら、俺だけ地元が違うからって田舎者よばわりしやがって。

 次はゼッテー負けねーからなぁ!


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