5-A.エンディング

 悪魔に魅入られたのは、千春わたし

 生贄になるべきは、わたし一人。

 春香は何も悪くない。そんな春香を、わたしの身体に閉じ込めておくわけにはいかない。


「わたし達を……元に戻して」

「……ほう?」


 黒いローブの男がどこか楽し気な声を出した。


「あれほど欲していた望みを叶えたというのに?」

「叶ってない……。こんなの、違う」

「……ふん。まぁ、いいだろう」


 再び、長い爪の毛むくじゃらの指が黒いローブの隙間から現れた。

 これで、千春としての意識は最後――。

 そう感じた途端、目の前が真っ暗になった。


「――待って!」


 思わず叫ぶ。視界が戻る。黒と紫の渦と、ローブの男。


「このままじゃ駄目! 最後にお願いがあるの!」

「んん?」


 指を鳴らそうとした男がノイズ交じりの声で苛立ったように唸る。


「今度はお前からの望みになる。望みに見合った寿命を貰うぞ」

「どうせ死んでるようなものでしょ」


 眠り続けたまま、ずっと目を覚まさないなんて。

 最初は、春香も悲しんでくれるだろう。毎日見舞いに来て、いつか目覚めてくれと祈ってくれるだろう。

 だけど、いつかは忘れられる。ずっと眠ったままのわたしのことなんて。


「今日一日の記憶、春香から消して」

「……それだけか?」

「千春は、春香に誤って突き落とされたことにしてちょうだい」


 忘れないで、春香。

 春香には生きててほしい。だけど、わたしを忘れないで。それだけは、嫌。


「大がかりだな。今日一日をやり直せと言っているようなものだ」

「望み通り、わたしの魂をあげる」


 純粋で不器用な春香。わたしを死なせたと知って、きっと嘆き悲しむわ。

 そしてわたしの存在は色濃く春香の中に刻まれる。

 わたしは春香の中で永遠に生き続けるのよ。


「ふ、ふふ……ぐはははは――!!」


 黒と紫が渦巻く空間を揺るがすほどの笑い声と共に現れたのは、毛むくじゃらの両腕と両腕にびっしりと生えたおびただしい刃。

 わたしのたましいは、あっという間に切り刻まれた。


「さすがは偉大なる侯爵サヴノック様よ! 娘、契約は完璧だ!」



   ◆ ◆ ◆



 千春のフリをして椎名に会った春香は、椎名にストーカー行為を責められ、それを千春に見られた。

 錯乱した春香は千春を誤って突き落とし、死なせてしまった。

 タコビルでの出来事は、そのように書き換えられた。


 春香は何も覚えていなかったが、椎名という証言者がいた。

 何もかもが明るみになり、春香は生きていけなくなった。



「千春。やっぱりわたしには、千春しかいない。……一緒にいくね?」


 一か月後。

 タコビルのすぐ傍の道路には、一カ月前と同じように、血だらけの少女が横たわっていた。


 千春の事故以来、厳重に封鎖され立ち入り禁止になっていたはずのタコビル。

 どうやって春香は屋上に昇ったのか。

 悪魔でも手を貸したのだろうか……?


 しかし――千春の望みは、確かに叶えられた。




                        < The End >

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