Jun.『間違いなく君だったよ』
1.春香(上)
昨日の土曜日は、部活の練習がキツくて相当バテてしまった。
疲れて早くにベッドに潜りこんだけど、一日経っても体のあちこちがギシギシいっている。
はぁ、ちゃんと寝た気がしないなあ……と思いながら、布団の中で伸びをする。
目を開けると、白い天井が目に飛び込んだ。
え、何で? 二段ベッドの上段は妹の
子供の頃、一年交代にしようねって言ってたのに、千春が
「上じゃないとヤダ!」
と駄々をこねて泣き出した。
「
両親にそう言われたら、何も言い返せなかった。
お姉ちゃんって言ったって、私達は一卵性双生児だ。遺伝子は全く一緒なんだから、たいして変わらないはずじゃない。
だけど、ややしっかりしている私は都合の悪い時に限って『姉』と扱われる。千春はそれが分かってて、家族や色々な人の前で巧妙に『妹』を演じる。
そして、私の様子をちらちらと窺っている。
千春のそういうところ、ちょっと嫌い。
のっそりと上半身を起こし、二段ベッドの下を覗き見る。
私と同じパジャマを着た千春が、丸太状になった布団を抱き枕にして横向きで寝ている。
……けど、あれ?
千春のパジャマがめくれて脇腹が露わになっている。そこには、茶色く三日月状に抉れた古い傷が。
私たち双子が木から落ちたとき、私が千春を庇って出来た傷。
――つまり、春香にはあって千春には無いはずのもの。
慌てて、自分のパジャマをめくって脇腹を見る。傷は全くない。つるんとして綺麗な肌。
え? え?
私の傷が、千春に移った?
急に心臓がバクバクして、二段ベッドの上から慌てて下に降りる。
すぐ傍の姿見に、自分の姿を映す。
「ほくろもない!」
私達一卵性双生児の見分け方は、実に簡単だ。顎の左側にほくろがあるのが姉である私、春香。ほくろが無いのが、妹の千春。
きっと周りの大抵の人は、ほくろで私達を見分けていると思う。後ろから声をかけられたこと、殆ど無いし。私達って体型も髪型も全く同じだから。
だけど当然、当の本人である私たちは区別がつく。ほくろを抜きにしても、写真とかで自分を見間違えることは絶対にない。
間違いない。鏡に映っているのは、妹の千春の顔だ。
「ちょっと、千春! 起きて!」
二段ベッドの下で相変わらずぐーすか寝ている千春を叩き起こす。
「ん~、何~?」
と言いながら顔を上げた千春の顎には――黒々としたほくろがあった。
「私達、入れ替わってるよ!」
「……はぁ?」
頭をボリボリ掻きながら私を見上げたその顔は、間違いなく十六年付き合ってきた私、春香の顔だった。
* * *
「うーん」
「本当だねー」
しばらくの間、お互いの顔やら体やらを照らし合わせてみた。
やっぱり、私達の体は確かに入れ替わっている。
姉・春香の体には千春の心が。そして、妹・千春の体には私、春香の心が。
「これ……何の面白みも無い交換だよねぇ?」
「はぁ?」
どこか呑気にそう言う千春(体は春香)にイラッとしてしまい、ギロリと睨みつける。
だけど千春はそんな私の視線を「フッ」と鼻息一つであしらい、まじまじと自分の身体を見回した。
「こういうのって、全然違う境遇の人間が入れ替わって、慣れない身体でいろいろハプニングが起こるというのが定番で面白いところな訳で」
「……」
「わたし達みたいに、境遇は全く一緒、姿かたちも殆ど一緒。お互いのことは何でも知っているし、身体が入れ替わろうが何にも起こりそうになくないー?」
「何でそう落ち着いていられるのよ!」
意味わかんない。境遇は全く一緒、なんかじゃないわよ。
千春の方が、私より賢い。社交性もあって面倒見もいいから、陸上部のマネージャーをやってる。
一方私は、千春より得意なことと言ったらバスケぐらい。高2になってスタメンに選ばれて、来週は試合が……。
「あーっ、来週の試合、どうしよう! 千春がいきなりバスケなんて、できる訳が無い!」
「気にするところ、そこ? 春香はもうちょっと落ち着きなよー」
叫び出した私を呆れたような目で見る千春。
ちょっと、そうやってちょいちょい私を見下すの、止めてほしい。
千春のこういうところ、ちょっと嫌い。
「まぁ確かに、ステータスはちょっと違うもんねぇ、わたし達」
「ちょっとじゃない」
「それに、今日は重要なイベントがあるのよねぇ、わたし」
「何よ、イベントって?」
「椎名先輩に話があるって呼び出されてるんだー」
「えっ!」
椎名先輩……って、あの椎名先輩よね?
私達より一つ上の高3で、短距離選手。インターハイ出場が確実視されている、県内でも有名なスプリンター。
そして彼が有名なのは、その実力もさながら某若手俳優に似ていてかなりのイケメンであること……。
実は私は、密かに椎名先輩に恋をしていた。陸上部のマネージャーをしている千春を、羨ましいと思ったこともある。
だけど、千春には言ってなかった。陰から見ているだけで充分だったし、下手に千春に言って「協力してあげる」みたいなことになるのも嫌だったし。
……ちょっと、違うかも。千春に取られそうで、不安だったんだ。
だって私と千春だったら、大抵の人は甘え上手で気の回る千春を選ぶ。同じ顔だというのに、これまでずっと、千春の方がモテ続けていた。
仮に千春が椎名先輩のことを何とも思ってなかったとしても……弱みを握られるようで、だから嫌だった。
「千春……椎名先輩と付き合ってるの?」
「ううん、まだ」
まだ……ということは、その予定があるっていうこと? 告白待ちってこと?
今日のデートが、その日ってこと?
「うーん、どうしよっかなー」
「どうしよっかって、返事?」
「バカねー、違うわよ」
再び千春が呆れたような顔をしてフンと鼻息を漏らす。
「身体は春香だけど、ほくろさえ隠せば千春だって言い張っても通用する気がするし。そうやって、春香の身体で自ら先輩に会いに行くか」
「……」
「万全を期して、千春の体の春香に、先輩に会いに行ってもらうか。プランはこの二つかなー」
「えぇっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げると、千春がやけに楽しそうに笑った。
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