ミリオネア
「ガアアアア」
立ち上がって両手を上げた熊が吠える。
いくら大声を上げて威嚇しようとトロ臭い熊なんてただの雑魚だ。
「ヒャッハー」
吠え声を気にも留めず、剣を肩に背負ったまま真正面から突っ込む。
逃げ道を塞ぐように両手を振り下ろしながら牙で迫ってくるが、体を半身にしながら目前で立ち止まり躱す。
熊の無防備な顔が眼前に差し出された。
驚愕の表情を浮かべた馬鹿な熊と目が合うが鼻で笑い、鼻先を斬りつける。
悲鳴を上げながら顔を上げ正面に空間ができたので、鼻先を斬りつけた勢いのまま一回転しながら低く踏み込み、半回転しながら首筋を斬りつけ、脇の下をくぐり横から抜けた。
熊を見、そして剣を見た。
糞が。
このなまくら硬い虫どころか、熊すらもう斬れない。
ただの鉄板の方がましだな。
つまらん。あー、つまらん。
駄々っ子のように狂乱して腕を振り回す熊から離れた。
「カトリーヌ。」
剣を掲げてカトリーヌを呼ぶ。
「風よ集え 《ウインドエンチャント》」
なかなか分かってるじゃないか。
カトリーヌの魔力を抑えた魔法によって剣に薄い風の膜が生じ最低限の切れ味が付与された。
熊を見据え、軽く跳ねながら後ろに下がり、剣を逆手に構えた。
やっと落ち着いた熊が身構えるが関係ない。
「ヒャッハー」
全速力で熊に近づく。この速度はプニルにだって負けてないだろう。
近づく俺様に合わせて熊が腕を振り下ろしてくる。
所詮は獣か。
先ほど簡単に避けられたのに全く学習していない。
頭を差し出さなければいいというものではない。
まー何をやったところで熊ごときが俺様に勝てるわけがないがな。
逆手に持った剣を真っ直ぐ地面に振り下ろし、その勢いで背を向けながら熊の頭上を飛び越えた。
無防備な背後から心臓を一突きし、これで終わりだ。
腕を振り下ろして体が前傾していたので顔だけで天井を見ていた熊は剣を引き抜くまでもなく地面に倒れ伏した。
「あるじよ、お疲れ様。」
少し離れた場所にいたカトリーヌがプニルを連れて寄ってきた。
カトリーヌは解体ができないから気楽なものだ。
剣だけではなくナイフも切れ味落ちてるからめんどくさいんだよな。
「あるじよ、先ほども言ったがそろそろ戻らねば不味いぞ。」
浮遊箱を見ると山と積まれた素材がはみ出しており、ロープでなんとか落ちずに済んでいた。
毛皮を剥いでも乗るか分からないから捨てていこう。丁度いい。
「ヒャッハー。凱旋だ。飛ばせ飛ばせ。」
「あるじよ、崩れる故あまり速度は出せぬと何度も言ったであろう。
だからもう帰ろうと言っておったのに聞いておらなんだか。」
知らんな。
投げ縄用のロープもなくなったし、寝る場所もなくなったし帰りは暇そうだな。
何か食うか。
熊肉はまずいし、途中で狩る必要があるな。
「よし、途中の池で釣りでもするか。」
「あるじよ、急に何を言い出すのだ。
時間がないと先ほどから何度も言ってるであろう。
1000万を諦めていいのか?
我はよく知らぬが、急がねばならぬ理由があるのだろ?」
この糞ったれななまくら武器をどうにかするには金がいるか。
ちっ、我慢するしかねーのか。
「カトリーヌ、馬の上で寝れるベットを寄こせ。」
「はー、そんな魔法はないし、あったとしても使わない。
我は地図を見て、プニルを走らせ、浮遊箱をぶつからぬよう操作し、モンスターを倒し、引き寄せ、マナを回収する仕事で忙しいのだ。
あるじも少しぐらいは手伝え。」
「俺様はさっきまでずっとモンスターを倒していただろ。
休憩時間だ。」
「あれほど時間がないと言っていたのにも関わらず、あるじが一人で倒したがっていたからであろう。
今回は時間制限があるから2人で倒そうと我は何度も言ったぞ。
ほれ剣を出せ。お主の好きなモンスター退治をさせてやろう。」
何だちゃんと暇つぶしの遊びあるなら最初からそう言えばいいのに、カトリーヌめなかなか勿体ぶるな。
「落ちろ 落ちろ ここが奈落の底である 《グラビトンエンチャント》
リングも出せ。剣と繋げる。」
カトリーヌが魔力を込めるとリングからうねうねと紐が伸びて来て柄に巻き付き、剣身の下部と融合した。
これダサいけど直るのか?
「そう嫌そうな顔をするでない。探索が終わればすぐに元に戻す。
その剣で飛んでくるモンスターのマナ結晶を一突きすればいいだけだ。
簡単な仕事であろう?」
21:35
素早く素材を売ればまだ間に合う時間だ。
出口で取られる税金が恨めしい。
値上がりしてなければもう少し余裕を持った時間に帰れたのに。
「あるじ、急ぐぞ。」
一緒に浮遊箱を引っ張ろうかと後ろを向くと、あるじが渾身の力を込めて引こうとしているところだった。
「危ない。」
声を上げたが時すでに遅し。
轢かれそうになるのを何とか横に避けた。
どうやらこの前の精肉屋に向かっているようだ。
浮遊箱の進行方向では広場でたむろっていた人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
少しぼおっと見ていたが、ハッと気づいた。
いかんこのままでは止まれずに店を破壊してしまう。
急いで追いかけ、風魔法でブレーキをかける。
周囲のテントがばっさばっさとひるがえる。
何とか間に合ったようだ。
「店主よこれだけの量の素材で済まぬが、少なめの仮計算でよいから前払いで今すぐマナをもらえぬだろうか?
実は借金返済の時刻が迫っておるのだ。」
少し早口で頼んだ。
「それは確かに大変だな。
よっし、坊主とはそれなりの付き合いだし特別にやってやろう。
とは言え現物を見ないと始まらないからさっさと箱から取り出せ。」
「よっしあるじ、やるぞ。」
ロープを外して素材の山に登り、投げるように並べていく。
「素材は低品質としてざっと計算するとこんなもんか。
差額は次回来た時だ。」
「店主もう一つ済まぬが、浮遊箱をここに置かせてくれ。
借金を払い終わったらすぐ戻ってくる。」
「おいおい、とんでもないこと言うな。
流石にここは邪魔だから裏にどかしてくれ。」
時計を見る。21:52
裏に運ぶ時間はない。
「済まぬ店主よ。その時間もないみたいだ。
返済期限が22:00なのだ。」
「分かった急げ。表通りは走れないから裏を行きな。
箱はやっといてやる。」
「感謝する。」
たまにいる酔っ払いを避けながら裏道を走る。
何もなければぎりぎり間に合いそうだ。
流石のあるじもこんな状況では真面目に走ってるみたいで助かる。
「小癪な変装しても分かっているぞ」
何か叫んでるチンピラがいたが両サイドをすり抜けた。
「知り合いかあるじよ?」
「知らん。」
何か叫んでいるが遥か後方なのでよく聞こえない。
あの実力ではアルどのの妨害ではなさそうだし何だったのだろう?
人違いかあるじが覚えてないだけか分からないが謎の人物であった。
中華料理屋に飛び込み時計を表示する。21:59
間に合った。
「頑張ったアルね。合格アル。」
時間に間に合っただけで、いくら稼いだとか、まだ何も見せてないけどいいのかな?
「あー、お金を貸すと普通の人が見れないデータが見えるアル。
いやーダンジョンを25分前に出てよく間に合ったアルね。
ちょっと無理だと思ってたアル。」
疑問が顔に出ていたのかさらっと教えられた。
「ヒャッハー金を寄こせ。」
「それじゃこれにサインするアル。」
あるじが読まずにサインしようとするのを取り上げた。
昨日読んだものと同じみたいだ。
昨日はあるじが交渉で負けたので今日は我の番だ。
テストで既に100万借りていたので1000万ではなく900万借りる契約に変更したのがせいぜい我に出来ることであった。
あとお土産の肉まんを20個無料で手に入れた。
あるじはエビチリと騒いでいたがもう店を閉める時間だから仕方ない。
情報屋の仕事の依頼にまた来るはずだからその時に食べようと慰めてなんとか店を出た。
「毎度ありアル。」
「先ほどの男にまた絡まれては面倒か、表道を通るぞ。」
今度は何事もなく精肉屋に着いた。
急いでいる時こそ何事もなければいいんだが、そんな都合のいいようにはなかなかできていない。
「店主よ、おかげさまで間に合った。感謝する。」
「おう、それはよかった。箱は裏に回してある。
まさかこの歳でまた故障した箱を運ぶことになるとはな。
ぶつけちまわないか不安だったぜ。
あと、差額の計算はまだ終わってないから次にしてくれ。
しかしお前ら、精肉屋に持ってくるのに肉がないってないぜ。
次はうまそうな肉狩って来いよ。」
確かに肉がないのに精肉屋というのもおかしな話だな。
「感謝する。お礼と言っては何だが肉まんを受け取ってくれ。」
「なんかすまねーな。」
「ヒャッハー、肉だー。」
店の奥を指したあるじに肩を叩かれた。
「そうだな、肉も買わせてくれ。」
今日の晩御飯には肉まんがあるが、まー明日の朝ご飯になってもいいか。
食事を作るのはあるじに任せているから、あるじが暴走していると食材を用意しとくべきか分からなくて困るよな。
「今日は大変だったから、たっぷり買ってもらうとしますか。
借金返済したってことはもう大丈夫なんだろ?」
曖昧な笑顔を浮かべてしまう。
桁違いの新しい借金をしてきましたって、ちょっと言えない。
ヒャッハー 迷宮だ 潜れ潜れ @freefox
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