朝帰り

「ヒャハハハハ、腹が減ったぞ。カトリーヌ肉だ肉だ。」


 やっと休憩か、時計がないから分からぬが、既に日付が回っていてもおかしくない。あるじより事前に聞かされていた魔物の生息域は5時間も前に過ぎ去った。

 我のリングもあるじのリングも時計機能付いてないからな。少し余裕ができたらジャンクパーツでいいからあるじを強請るか。

 あるじの暴走を覚悟できていたつもりだったが、ここまで酷いとは予想できなかった。まさか罠にかかるのも気にせず、回復魔法頼りでそのまま突撃するとは、いくら何でも酷すぎる。それでいて、全部の罠にかからず後続に残していくんだから質悪い。あるじに追いつくために、罠に注意しながらの探索ができないから、可哀想な我のプニルが罠を踏んで矢を射られたりしておる。


 我、もうあるじの使い魔辞めたい。


「あるじよ、焼くぐらいならいいが、我は料理なぞできぬぞ。」

 あちらでは料理のような些事は我がやるようなことではなかったし、解体の仕方なぞもちろん知るはずもない。切って、焼いて、塩を振るぐらいしかできぬ。


「ヒャッハー、天才である俺様の出番か。」


 この暴走状態でも料理を作る気はあるのか、予想外だ。ここは煽てておくに限る。

「あるじのカレーはおいしかったから楽しみにしておるぞ。」


「ワハハハハ、腹が胸よりでかくなるほどの飯を食わせてやると言いたいところだが、流石の俺様も器具もなく塩だけではお前が泣いてせがむほどの料理しか作れんな。楽しみは次に取っておけ。フハハハハ。」


 大口をたたくだけあって手際がいい。先ほど倒した高さ1mほど極彩色の飛べない鳥と、高さ50cmほどの赤い亀を短剣1つであっさり解体していく。吊るせだの、洗えだの、火をおこせだの、火を抑えろだの様々な注文を付けられたが、あっという間に串焼きと亀の甲羅を鍋にしたスープが完成した。プニルには生肉だ。


「ヒャハハハハ、俺様に感謝して食らうがいい。」

 出来立てで温かいのを差し引いても夕方に食べた串焼きよりもおいしかった。

 我にはよく分らぬが内臓入りや、肉をスープに通しているのが決め手らしい。

 普段は何も考えずに突進するだけなのに、料理ではナイフ一本で丁寧に作り上げており、戦闘や探索では何故出来ないのかと、おいしいのに素直に感謝しきれぬ微妙な心地となった。




 お腹も膨れて眠くなったが、ここはダンジョン。同じぐらいの時間がかかるであろう帰りのことを考えると気が重い。


「あるじよ、やる気満々の所申し訳ないがそろそろ帰らぬか?もう十分な時間探索したではないか。」

 剣を振り回していたあるじがゆっくりと目を合わせてきた。

 ここで折れてはなるものか、無言の対峙が続く。あるじ相手ではほとんど意味もないが、目も見開きじっと圧力をかける。

 よっし勝った。溜息を吐きあるじの方が先に目を逸らした。


「それでは帰るぞ。持ち帰るものは残りの亀3匹と解体した鳥の羽と余った肉でよいか?」

 魔法で体力は回復してるとは言え、何故そんなに長時間戦いたいのか分からん。我は夜は布団でぐっすり寝たいぞ。


「ところであるじよ、帰り道は覚えておるか?」

 嫌な予感がして聞きたくなかったが聞かねばならぬ。


「ヒャッハー、楽勝だ。出口なんて上に向かえば着く。」

 嫌な予感がやはり的中した。ダンジョンがそんなに単純な構造ならまたの名を迷宮と言ったりなんてしない。我も最初は覚える気が合ったが、これだけの距離潜っていると覚えきれるはずもない。よし決めた。地上に戻ったらあるじに《マッピング》パーツを高かろうと必ず買わせることを。《ワープポータル》パーツを買って出口まで直接飛べれば最高だが、流石に金が3桁以上足りないだろうから世知辛い。

 あー、迷子か。


「はー、あるじよ来た道を帰るのでしばらくは敵が出ないであろう。我のプニルに乗せてやる。後ろに乗れ。」


「ハイヨー、シルバー。イーーーーヤッホーーーーー。」

 飛び乗ったあるじが調子に乗って変な雄叫びを上げだす。

「我のプニルに変な名前を付けるでない。プニルを叩くでない。叩き落すぞ。」

 次は、剣を振りながらおそらく自作の変な歌を歌いだした。モンスターが寄って来そうであったが、もう諦めた。これを止めると次はどんな変なことを仕出かすか分からない。


 我、もうあるじの使い魔辞めたい。




 かすかな記憶として見覚えのある道を何とか辿り、ついに出口にたどり着いた。行き止まりにたどり着くこと50数回、見覚えのない道を何度も通った。

 地底湖は綺麗であったが行きは通らなかったよな。あのあほが泳ぎ出そうとしたときは渾身の力を込めて吹き飛ばした。力を籠めすぎたので殺してしまったかと思ったが、ピンピンしていた。むかつきが収まらなく、氷漬けにしてプニルの背中に括り付けた。それでも数分したら溶けて歌いだすんだからゴキブリのような生命力をしている。

 上っていると思った道が、しばらくしたら下りだし遠回りどころか通り過ぎた道に合流した時は泣きそうになった。


 あるじの我への借金が増えることなんて気にせず、マナ回収でもプニルから降りずに魔法を乱舞させた。悪いのはどう考えてもあるじだ。使い魔になってまだ2日なのに、既にあるじは死後の我への返済奉仕期間が3年となったが知ったことではない。いや日は変わってるから3日だったな。


 あー、太陽が黄色い。朝って言うよりもう昼ではないか。


 我、もうあるじの使い魔辞めたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る