契約の儀

 コンっという音のした方を向くと、金髪の女が飲み干されたコップに酒を注いでいるところだった。こいつ勝手に飲んでやがる。まー俺様が侍らすのに相応しい見た目の使い魔だから許してやろう。しっかしこいつは何で目を閉じたままなんだ?キモイ眼をしているとかないだろうな?


 酒瓶を引き寄せ、ラッパ飲みするかと迷うも、水の入ったコップがあるじゃねーか。なんだよ金髪娘よ酒ではなくこっちを飲めよ。

 桶に水をどぼっと返し、酒をなみなみと注ぐとこぼれそうになって急いで吸う。

「カーッ、染み渡る。うめー。」


「我への捧げものはこの安物の酒だけかえ?」

 飲み干したのかお代わりを要求してくる。しっかし口の悪い女だな。まー今は気分がいいから許してやるよと、コップに注いでやる。


「いや、酒ではなく、お主の「あー分かった分かった。最後までいわなくてもいい。そりゃ気になるか。」

 きっちり締め切っていて匂わないはずだが、俺様のカレーに気づくとはこいつ大した鼻をしている。犬と名付けてやってもいい。この匂いに気づいたなら酒どころでないわな。

 台所からカレーの鍋を持ってくると、やはり鍋に視線が釘付けだ。いまだに目は閉じたままだが。だが犬よ待ての時間だ。米も持って来なければ完成しない。

 米とカレーをよそい一気にかっ食らう。やはり俺様は天才だな。カレー作りだってうまい。


 お代わりをよそっていると、

「冷えよ」

 との声が聞こえた。あいつ自分の酒だけ冷やしてやがる。ずるい。無言でコップを差し出すとこっちの酒も冷やしてくれた。なかなか使える下僕だ。評価を上げてやる。


「カーッ、しっかしあれだな。酒はうまいがカレーには合わんな。」


「この酒がうまいというのには同意しかねるが、合わないというのには同意するな。」

 こいつは口を開けば文句ばかり、素直に楽しめないのか。


「よっし、水だ。冷してくれ。酒はカレーの後にするか。あとうまくないのならお前は飲むな。」


「まずいとは言っておらんし飲むぞ。そもそも酒は我への捧げものだろ。あとこれだけでは捧げものが足りぬぞ。我はお主の目玉でももらおうと言おうとしていたのだが、カレーを持ってくるとはな。」

 こいつ何言ってるんだ?俺様のカレーより目玉が欲しいとかあほか?


「ずっと目を閉じてると思ったが、目ん玉欲しがるとかお前目ん玉ないのか?それなら気持ち悪いからずっと閉じててくれ。」


 金髪娘は少しむすっとして瞼を開いた。青、緑、赤と瞳の色が移り変わるのは奇妙だが、少し圧を感じるだけで見た目は他におかしい所はなかった。


「なんだちゃんと目ん玉あるじゃねーか。それなのにカレーより目ん玉欲しがるとか変人か?どう考えても俺様のうまいカレーの方がいいだろ。」

 思わずちゃぶ台を叩いた。


「確かにカレーはおいしいが足りぬぞ。お主は《セフィロトの樹》が解放されてないにも関わらず魔力が高い。だからこそ我との門が開いたのだろうが、魂や肉体の強度は旧人類と大して変わらぬ。そして頼みの魔力も我の力には耐えきれん。制約で底上げせねば最低限の分体維持しかできぬぞ。」


 ごちゃごちゃと難しいことを言われたが、聞いているとカレーが冷める。先送りにして踏み倒すか。

「俺様は若いし、天才だからすぐに成長するだろ。出世払いにしろ。」


「若いとは言っても……む、細かい条件をいくつか付け加えれば何とかなりそうだ。」

 その後色々喋っていたがハイハイと聞き流し、カレーを食べ続けた。


「と言う契約でどうだ?ってまた水を冷やせと言うのか。少しは食べるのを止めて真面目に聞け。」

 おうおう分かった分かった。

「おい、ふざけるな。我のカレーがあと1皿分しか残ってないじゃないか。契約中は我に美味しいものを食べさせるという項目を追加する。」

 そう言いながらこちらの手が届かない所に鍋と酒を確保された。


「我が食べてる間に、お主は我のこちらでの名を考えよ。」

 よっしゃー俺様のネーミングセンスに任せとけと思ったが、この金髪娘が何者なのか知らないじゃねーか。見た目は目を閉じてる16-7歳の女だが、人ではないと俺様の第六感がビンビンきてる。


「そういえば言ってなかったの。色々な血が混じっているが故細かい種族ではなくただ魔人と名乗ろう。《辺獄リンボ》の魔人だ。」


 色々混じっている。思っていた通りキャンキャン吠える犬が混じっていてもおかしくない。だが連れている使い魔に犬と名付けると、俺様が周りに侮られるかもしれない。さっすがリュウ様と言われるような名前にしなくてはな。


「よし、カトリーヌと名付けよう。俺様の名はリュウだ。」


 お互い右手を取り合った。

「よろしく頼むぞリュウよ。ここに契約はなされた。」


「ところでこれから我はお主をどう呼べばいい?」

 ふむ、呼び名か。

「ご主人様でも、リュウ様でもどっちでもいいぞ」


「ならばあるじと呼ぼう。」

 満面の笑みで出した提案が否定された。向こうが好きに呼ぶならこちらも好きに呼ぶか。

「それなら俺様はかとりんと呼ぼう。」

 略し方がおかしいだのださいだのキャンキャン騒いでいたがそんなこと知ったこっちゃない。犬と略さなかった俺様の心の広さを褒めて欲しいものだ。


 酒を奪い返しカトリーヌにも注いでやると静かになった。

 そうしてまた飲み始めたわけだが、食いすぎて腹がはち切れそうだが、酒の肴がないと口寂しいな。うーん。


「火鳥の尾羽よ 撫でよ」

 カトリーヌが皿を振って生肉を投げたかと思うと一瞬で焼き上げた。いいタイミングだ。


「俺にも寄こせ。」

 1人で食べるつもりだったのか少し顔を歪めたが、

「風よ 切り運べ」

 半分飛ばしてきたのでしっかりと口でキャッチ。焼き加減はいいが、味付けがないとダメだなともぐもぐしてると盛った塩が目に入った。使い魔召喚って俺様並みの天才だな。肉に塩とちゃんと酒の肴が揃ってるじゃん。




 何を喋ったか覚えてないようなどうでもいい話をしているうちに、いつの間にか酒はすべて飲み干していた。寝るか。


「あるじよ、ベッドは我が貰うぞ。」

 は?何を言ってるんだベッドは俺様のものだしお前も俺様のものだ。一緒に寝るぞとベッドに連れ込みながら服を脱ごうとした瞬間、顎に衝撃が走り意識を失った。

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