第230話 黒塗りの弓


 魔王サジタリウスとの死闘の後、魔王討伐の報告をしにいったウィリアムと別れた速見達、彼らは再び森の他の集落へとやってきていた。


 速見とノアが、案内された小屋で休んでいると、里長と話していたミルが小屋にやってきた。見ると、彼の手には何か細長い包みが握られている。


「ハヤミ殿、これを受け取っていただけませんか?」


 包みを解き、ミルが差し出したのは一本の弓だった。


 見たところ、何の変哲も無い弓に見える。


 速見が里に返上した ”アウストラリス” のように鉄で作られているでも無く、かつての相棒 ”無銘” のように強力な魔力が込められている訳でも無さそうだった。


 木製のその弓は漆黒の塗料が塗り込まれており、窓から差し込む自然光を受けて、つややかに光っていた。


 手に取ると、その弓が上等なものであることに気がつく。


 丁寧に手入れがされた弓はよくしなり、速見の手にもよく馴染むようだった。


 しかし、何故ミルはこの弓を持ってきたのだろうか?


 チラリと彼を確認すると、その視線に気がついたミルはニコリと上品に微笑んだ。


「それは、魔王サジタリウスが持っていた弓です……残念ながら、どんな力が込められているのかはわかりませんが、きっと私たちが持っているより、彼女の力を受け継いだアナタが持っていた方が良いでしょう」


「……そうか、これはアイツの弓か」


 手元に視線を降ろす。


 漆黒に塗られた木製の弓。


 見たところ、色が黒い事以外は特別な様子は見受けられない。


 しかし、それが魔王サジタリウスの持ち物だというのなら、確かに速見が持っていた方が良いのだろう。


 ズキリと、左目の傷が疼いた。


 あの日

 魔王サジタリウスの一矢を左目に受けたあの瞬間。


 確かに彼女の能力は速見に受け継がれた。


 一瞬ではあったが、ありとあらゆる情報が、速見の左目を通して脳みそに直接叩き込まれたのを、今も覚えている。



 しかし、今速見の左目は堅く閉ざしている。


 巨大な力は、扱うにもそれなりの修練がいる。


 力を得たばかりの速見には、左目を開くことすら困難だった。


(まあ、この弓の能力に関しては問題無いだろう……この左目は全てを知る力。うまく扱えるようになれば、この弓に関しても知ることが出来るはずだ)


 正直、この力を使って何をすれば良いのかはわからない。


 魔神が復活するのは今から1000年後。


 魔族ならば生きていられるが、そもそも純粋な魔族ではない速見が、どれだけの寿命があるのかすらわからない。


 だが、焦る事はないだろう。



 まだ時間は1000年ほどあるのだ。


 今は傷を癒やすことが先。


 それからの事は、後で考えれば良い。


「ありがとう。これは貰っておく」


 ミルに頭を下げる速見。


 その手の中では、漆黒の弓がしっかりと握り混まれていた。



◇ 

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