第140話 ロイ・グラベル











「・・・駄目だな。まるで駄目だ」





 暗い穴蔵の中、ドロドロとした紫色の何かを煮詰めている鍋の中身をかき混ぜながら男は大きなため息をついた。





 男の名はロイ・グラベル。外れモノの魔法使いだ。





 人里離れた寂しい山奥で、一人ひっそりと魔法の研究を行っている。





 人が嫌いだった。





 ロイは物心ついた時から、人と人の営みというものが煩わしくてしょうがなかったのだ。しかし幸か不幸か、彼には本人が好む好まぬに関わらず人を先導するカリスマのようなモノが生来備わっていたらしく、人嫌いの彼の下にはいつもたくさんの人が集まっていた。





 そして彼は人が嫌いだという自分の本心を、嘘のメッキで覆い隠して長い時を過ごした。自分の心が少しづつ削られているのを知りながら、それでも偽りの笑顔で人と接してきたのだ。





 そんな彼の人生に転機が訪れたのは17才の時、通っていた学園にたまたま視察に来ていた大魔法使い、”不老”のセシリア・ガーネットとの出会いだった。





 セシリア・ガーネットは長年に渡り ”不死”の魔法について研究を続けている女魔法使いで、その研究の副産物として生まれた若い外見を維持する魔法をかけている。





 その研究の年月を鑑みればその歳はどう若く見積もっても50才を超えているのだが、その見た目は12~13才ほどの女児にしか見えない。





 いつまでも ”不死”に至れぬという自嘲も込めて自ら ”不老”を名乗っているらしい。そんな人物が学園にて魔法の研究についての短い講義を行ったのだ。





 その言葉がロイの人生を大いに狂わせる魔性の言葉となる。























『やあ、まだ自分のケツも満足に拭けないクソジャリども。アタシは ”不老”のセシリア・ガーネット。こんなナリをしているが軽くお前達の倍以上は生きている婆さ』








 セシリア・ガーネットは壇上に上がると、シニカルな笑みを浮かべてそう言った。可憐な少女の見た目にそぐわぬ台詞に、講義を聴いていた生徒達がざわざわとざわめく。








『貴様らはまだ何者でも無い。つまりは今から何者にもなれる可能性を持っているという事だ』








 彼女はそう言うとぐるりと周囲を見回してから言葉を続けた。








『この中に将来アタシと同じ魔術の道を志す者も現れるかもしれない。もしかしたらソイツがアタシが為し得なかった ”不死” の魔法を完成させる事だってあるだろう』








『そんな希望に満ちた未来の魔法使い達に忠告をしておく』








『魔法使いとは・・・即ち ”紛い物” の研究に人生を捧げる馬鹿の総称なのさ』








『そもそも ”魔法” とは森の民・・・エルフと呼ばれる種族が扱う精霊術を模倣して作られた技術だ。精霊を見ることも出来ない汚れた存在である人が、それでも術を扱わんと必至に知恵を絞って作り上げた ”紛い物”・・・それが魔法』








『魔法なんてそもそも前提から間違っている技術だ。精霊の見えぬ人に、精霊術の秘奥が究められる筈も無く』








『魔法を極めたとしても一生森の民には追いつけないだろう』








『最初から敗者である事が運命づけられた呪われた技術』








『それが魔法だよ』











 それだけ言い終わると ”不老”のセシリア・ガーネットは呆然としている学生達をおいてサッサと降壇してしまった。





 魔法使いに憧れていた奴等が何て婆だと彼女を罵っているのを遠目で見ながら、ロイは自らの内に点った小さな情熱の存在に気がついた。





(・・・何故だ? 何故あんな救いの無い講演を聴いて私はこんなにも滾っている?)





 わからない





 何も、わからない。





 しかし悩んでいる内に体は勝手に動き出し、帰ろうとしている大魔法使いの小さな背中を必至に追いかけていた。





「あのっ・・・すいません!」





 ロイの声にセシリアはゆっくりと振り返る。





「私をアナタの弟子にして下さいませんか!?」

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