第62話 暗黒騎士

「クレア様、お久しぶりでございマス!」





 クレアは突然自室に現れた道化服の男をちらりと一瞥すると、読みかけの本を閉じて立ち上がった。





「あら久しぶりね魔王ジェミニ。アナタがここに来るなんて何かあったの?」





 道化服の男・・・魔王ジェミニは大げさな動作で一礼するとここに来た理由を話し出す。





「クレア様、計画もそろそろ最終段階に入っている頃だと思うのデスが、使える駒が足りなく無いデスか? そんな事で麗しきアナタ様が苦悩するのはこの魔王ジェミニ耐えられないのデスよ」





 芝居がかったオーバーアクションの台詞。クレアはそれをスルーして顎で続きを促す。





「はいはい、それで? 何か良い死体でも持ってきたのかしら」





「おお流石はクレア様! まさに、まさにその通りでございます。今回持ってきた死体はまさに歴戦の猛者、私はその強さに恋のごとく胸が高鳴る次第でございます故」





 そして魔王ジェミニは一礼すると何も無い空間に右手を伸ばす。





 すると空間に裂け目が現れた。それの中にジェミニは無造作に手を突っ込むと中から大男の死体が姿を現す。





 亡アヴァール王国将軍フリードリヒ・パトリオット。





 死体となったその姿は全身が鍛え上げられた戦士の風格が漂っていた。





「・・・人間?」





「さようでございます。この死体はフリードリヒ・パトリオットという名の戦士・・・生前はそのランスの一突きに貫けぬ物なしとまで謡われた優秀な男でデス。先日、この男と戦った時にその強さに感動致しまして是非ともクレア様に役立てて頂きたいと思い持って参りマシた」





 クレアは床に転がる死体を見て考える。





 今まで彼女が術を施してきたのは速見を除き、全てが強力な力を持つ魔族の死体だった。





 しかし身体に魔族のパーツを埋め込んだ速見の強さを見てもわかる通り、人間に死霊術を行使するという選択肢は、クレアがその性能を好きにカスタマイズできる分、理想的な兵を作ることができるかもしれない。





 今まで考えもしなかった。しかしせっかく目の前に手頃な死体があるのだ。・・・試さないのも勿体ないだろう。





 研究者魂が刺激されたクレアはそっと舌なめずりをする。





「・・・・・・おもしろいわね。やってみようじゃない」



































 魔王ジェミニに地下室まで死体を運ばせたクレアは、死霊術の準備に取りかかる。





 死体を蘇らせる為の触媒、そして・・・。





「せっかくの実験だし・・・思い切りやりましょ」





 鼻歌でも歌い出しそうな陽気で棚に陳列された薬漬けの死体のパーツを吟味するクレア。速見に埋め込んだパーツは、身体の負担を抑える為に二つ程度に抑えたのだが・・・今度はダメ元の実験だ、遠慮などしない。





 両手一杯に瓶を持ったクレアは死体の側にそれを順番に並べてゆく。





 そして悪魔の笑みを浮かべながらどこからともなく一振りのナイフを取り出すと、クレアはその白魚のような美しい指でナイフを握り締め、フリードリヒの巨体に刃を入れていった。





 クレア・マグノリア、最後のネクロマンサーの手によってフリードリヒの死体は人から非とならざるモノへと生まれ変わる。





 棚から取り出した全てのパーツを取り付け、一仕事終えたクレアは「ふぅ」と一息ついて額の汗を拭い、その成果を見下ろす。





 継ぎ接ぎの身体・・・しかし上手くいけばその戦力は計り知れないものになるだろう。





 高鳴る胸を押さえつけ、クレアは他の者には聞き取ることすら困難な失われた言葉で死霊術の詠唱を始める。





 地面に彫り込まれた幾何学的な文様の魔方陣が詠唱に呼応するかのように輝き始め、狭い地下室は光りに満たされた。





 視界さえ阻害される激しい光りが収まると、魔方陣の上には一人の男がクレアに向かって跪き、忠誠の意を示していた。





 人を一回り巨大にしたかのようなその身を、漆黒のフルプレート鎧が覆っている。跪いたその巨体の隣には、禍々しいオーラを放つ闇色のランスと無骨な大盾が置かれている。





「・・・ふふふ、どうやら全く別の存在に生まれ変わったみたいだね。お前、名は何と言うの?」





 クレアの言葉に、漆黒の戦士はその顔を上げると重々しい腹の底に響くような重低音で名を口にした。





「我が名は暗黒騎士 ”フェアラート” この命は魔神様のために」











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