第61話 道化

「あア、素晴らしきかな無双の軍勢! 完璧な規律の取れたその動きはまさに芸術! いやいや良い物を見せて頂きまシタ」





 芝居がかった台詞を、その場で一人クルクルと回りながら大声で叫ぶ道化が一人。ど派手な色をした道化服に身を包み、顔には白と黒でペイントされた質素な仮面をつけている。





「人間も指導者次第でこうも強くなれるのデスね。私感動致しまシタ。・・・それで将軍殿、もう勝負はついていると思いマスが・・・まだ続けマスか?」





 道化と相対するはアヴァール王国将軍、フリードリヒ・パトリオット。アヴァール王国最強の男は、しかしその立派な装備はボロボロに破損しており、身体の至る所に焼け焦げた跡が見られた。





 まさに満身創痍といった様子のフリードリヒだが、その瞳の闘志はまだ燃えており、右手のランスをぎゅっと握り締めた。





「・・・・・・まさか魔王本人が前線に出て攻めてくるとは思わなかった。部下はほぼ全滅状態になってしまったが、それはお前の軍勢も同じ事! 頭領同士の一騎打ちだ。ここでお前を打てば全てが終わる!」





 アヴァール王国は魔王の軍勢に奇襲を受けた。





 しかし前回の魔王カプリコーンとの戦いで魔王の脅威を学んだフリードリヒは、すでに対魔王分の備えをしており、攻め込んできた軍勢を返り討ちにすることができたのだ。





 ・・・ただ唯一誤算があったとすれば、攻め込んできた魔王軍の中に魔王本人がいたという事だろう。





 普通魔王は、その絶対強者としてのプライドから自ら動く事をしない。





 侵略は部下に任せて居城でどっしりと構えているというのが魔王の常だった。





 油断していた。





 別に魔王自身が攻め込んでこない保証なんてどこにも無かったのだ。





 魔王の軍勢を討ち滅ぼしたフリードリヒの軍勢だが、後から来た魔王一人の手でその軍勢は打ち破られた。





 個で軍を超える力。





 残ったのはフリードリヒ・パトリオットと魔王の二人だけだ。





「一騎打ち! 一騎打ちデスか! 良いデスねえ騎士っぽくて! 私何故か胸がドキドキと高鳴ってまいりマシた・・・ハッ、まさかこの感情は恋!?」





 ふざけた言動でクルクルと回り出す魔王に、しかしフリードリヒは一切の油断もせず大盾とランスを構えた。





 何せこの男一人に自慢の軍が全滅させられたのだ。





 ぴりぴりとした張り詰めるような緊張感の中、先に動いたのはフリードリヒだった。





「おぉおおお!!」





 大盾をがっしりと構えて突進をする。何があっても対応できるように右手に握りしめたランスをグッと身体に引きつけた。





 一方の魔王はその攻撃を避ける様子も見せず、無骨な大盾の突進をまともにその身で受ける形となる。





「フホホホッ!! これは痛いデスね!」





 メキメキという骨の軋む音とともに魔王は吹き飛ばされた。正直、こんな直線的な攻撃は回避か受け止められると予想して次の手を考えていたフリードリヒには予想外の結果となったが、チャンスな事には変わりない。





 追撃。





 右手のランスを構えて吹き飛ばされた魔王を追う。





 突き出されたランスの一撃。





 それは無限にも等しい日々の反復練習により究極にまで高められた技術の結晶。鋭きその一撃に貫けぬモノ無しとまで言われる突きの秘奥。





 ランスの先端が魔王の腹部を抉り、そのままその細身の身体を貫通した。





「うぉおお!!」





 気合いと供に貫いた魔王を地面に叩きつける。





 ランスを引き抜き、その身体に馬乗りになると左手の大盾を振りかぶって顔面に向けて思い切り叩きつけた。





 肉の潰れる湿った音が鳴り響く。





 普通ならここで勝負ありだろう。しかし相手は魔王、この程度で終わるはずが無い。フリードリヒは再び右手のランスをグッと身体に引きつけ・・・。





「これが愛デスね将軍?」





 ぞっとするような声と供に背中に突き立てられる魔王の右腕。





 そのまま地に倒れたフリードリヒから引き抜かれたその右手には彼の心臓が握られていた。





「おオ、おれは力強い! 素晴らしきかな将軍殿の心臓!」





 何がおかしいのかケタケタと笑いながらフリードリヒの心臓をかかげ、その場でクルクルと回り出す魔王。





 突然その回転をピタリと止め、何かを思いついたかのようにフリードリヒの死体を見下ろした。





「・・・これほどの実力者の死体、ただ処理するのは勿体ないデスね」





 そういって空いた左手でフリードリヒの巨体をひょいと持ち上げる。





 細身の身体のどこにそんな力があるのかは分からないが、死体を持ち上げるその姿に重さを感じている様子は見られなかった。





 魔王はそのままスキップでもしそうな陽気さで歩を進めると、いつの間にかその姿は消えていた。





 後には崩壊したアヴァール王国の残骸だけが無残な姿をさらしているのだった。











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