第29話 敗走
アヴァール王国将軍フリードリヒ・パトリオットは、負傷した右肩を左手で押さえながら部下を率いて撤退をしていた。
数多の戦場を供に駆け抜けた自慢の兵達はその数を半数以下に減らされ、運良く生き残った兵も少なからず傷を負っている者ばかりだ。
(くそっ! 何だあの攻撃は。少なくとも事前に集めた情報であのような馬鹿げた攻撃をする魔族の情報なんて無かった・・・アレが魔王軍の秘密兵器なのか?)
勝利は目前だった。
どれだけの強敵が相手だろうが踏破する自身はあったし、実際あの光の矢が振ってくるまでは自軍が圧倒的に有利だったのだ。
フリードリヒはちらりと愛用の大盾を見た。王国の紋章が刻まれた分厚い金属の盾・・・降り注ぐ光の矢から自分の身を守ってくれたその盾の表面はボコボコに変形し、所々穴も開いているようだ。
唇をギリリと噛みしめる。
口の中に広がる血の味と痛み・・・しかし次から次へとわき起こる怒りの感情は決して静まりはしない。
(覚えていろ薄汚い魔族めが。今は引くがこの私を仕留めきれなかった事を必ず後悔させてくれる)
その瞳には反撃の強い意思が見え、彼がまだ諦めていない事を悟らせる。
幸い魔族側の追っ手も見えず、フリードリヒの一団は背後を警戒しながら無事に王国へと帰還するのだった。
これまで常に王国を勝利に導いてきた英雄、フリードリヒ・パトリオットの敗走は、アヴァール王国を大きく動揺させた。
負傷した兵達を急いで病院に運び込むと、王宮では緊急の会議が開かれる。
「・・・まさかフリードリヒ将軍が敗走するとは予想外だった」
「ええ、みんな彼の勝利を確信していましたからね」
フリードリヒの率いる軍団とそれ以外の王国の軍団、その両者の実力の差は大きい。英雄フリードリヒ自らが手塩にかけて鍛え上げた精鋭中の精鋭。その実力は世界最強とまで称されるフスティシア王国の騎士団に勝るとも劣らない。
そんな最強の軍団が敗北を喫した。
即ちそれは現状の武力で、魔族の進行に対応することが出来ない事を意味する。
「どうするのです? 今の戦力では魔族に対抗はできませんぞ」
「・・・近隣の国に救援を要請しよう。今は人類の危機、人間同士で争っている場合ではあるまいて」
「なるほど、ではドロア帝国に書状を送りましょう。かの国とは国交も深いですし、騎士長のクリサリダ・ブーパは優秀な男です」
「しかしドロア帝国はフスティシア王国と冷戦状態にあった筈・・・そんな状況で兵を貸すだろうか?」
話し合いはなかなか進まない。
「そもそもフリードリヒ将軍の報告によると、未知の魔族による広範囲攻撃で軍団は殲滅させられたとのこと・・・他国から軍団を借りてもその魔族が出張ったらまた同じ結果になるのでは?」
「それじゃあどうしようも無いじゃないか」
「落ち着いて下さい。敵の技の性質上、数で攻めても一網打尽にされる恐れがあるのです。我々に出来る事は少数精鋭で魔王城を速やかに落とすこと・・・腕の良い冒険者を雇う事を進言いたします」
「ふむ・・・魔王城へ攻め込むとなると最低でもAランクの冒険者が望ましいか・・・正直Aランク以上の冒険者をある程度の数揃えるとなると軍団を用意するより難しいな」
「それでもやるしかありません。我々にはそれしか対処策が無いのだから」
「・・・わかった腕利きの冒険者を集めるとしよう。それで、今回の魔王討伐に適した冒険者に心当たりはあるかね?」
「その事で一つ提案が・・・」
そう言って立ち上がった男は、こほんと空咳を一つすると自分の押す冒険者の名前を告げる。
「皆さんは、ショウ・カンザキという勇者を名乗る冒険者をご存じでしょうか?」
◇
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