第30話 ついに・・・

転移魔術で魔王城からヤマト国にあるクレアの住処に戻ったクレアと速見。クレアは自宅に戻ったとたん「うーん」と両手を一杯に上げて伸びをするとベッドの上に倒れ込んだ。





「あー、やっぱり自宅が一番落ち着くなー魔王城は何だか空気が悪いんだよなー」





 そう言ってごろごろとベッドの上で転げるクレアに魔神としての威厳なんて無かった。





「・・・少し意外だな。アンタにもそういう感情があるのか」





 速見は素直に自分の気持ちを口に出す。





 短い時間ではあるが、彼の見てきたクレアの姿は世界を滅ぼす魔神にふさわしい残虐で冷酷なソレであったのだから。





「当たり前だろ? そもそも私は自分の命に危機が迫ったら全力で逃げ出すチキン女だし、数百年もの長い間こんな辺境の地で禁術の研究をしていた引きこもりだよ? そもそも他人と話すだけでストレスマッハだっての」





「・・・俺という他人がまだ側に居るわけだが?」





 速見の言葉をクレアは鼻で笑った。





「お前は他人じゃ無い。お前に死霊術をかける時ついでに心臓にアタシの細胞を埋め込んだからね、他の僕より結びつきが強いんだ。言わばアタシの分身みたいなもんさ」





「・・・他の奴には細胞を埋め込んで無いのか? 何故だ?」





「そりゃあ元のスペックが高いからさ。元々魔王をやっている奴なんて化け物揃い、下手にアタシの細胞なんて埋め込んだら、ステータスが下がってしまう危険があるの。その点お前は元が弱いから細胞を埋め込んでも強化されこそすれ、ステータスが下がるなんて事は起こりえないのさ」





 「しかし驚いた」とクレアはベッドの上で両肘をついて手のひらで顎を支える。





「お前スペックはやたら低いくせに、射撃の腕はかなりのモンだね。正直ここまで使えるようになるとは思わなかった・・・あの魔法武器との相性もすこぶる良いみたいだしね」





 クレアは驚いていた。





 死霊術を行使する際、その対象の肉体的スペックをある程度知ることが出来る。





 速見の肉体的強度は今まで蘇らせてきた強者に比べるとゴミ同然。だから今回はあくまで実験的な意味合いが強かったのだが・・・実際、蘇った速見の強さはクレアの想像を超えていた。





 魔王の眼を持っているとはいえ、慣れない武器で長距離の射撃に一発で成功する技量。そして魔弓”無銘”の能力を最大まで引き出したあの広範囲攻撃・・・。





 クレアはそっと舌なめずりをする。





 良い拾い物をした。椅子に腰掛けてタバコを取り出す速見をニヤリと見つめるのであった。





「そういえば、アンタは術で蘇らせた奴の動向は把握できてるのか? さっき助けに言った魔王の場所もタイミングがばっちりだったが」





 タバコを吹かしながら尋ねる速見にクレアは何でも無いことのように答える。





「いや、基本的にその方針は各地の魔王にゆだねているし、いちいちその戦況を把握している訳じゃ無い。あれはお前が目覚める前に、たまたま遠見の水晶で各地の様子を見ていたのさ。別にピンチになった奴を常に助けに行くなんてことはしない。あれはお前の性能をテストする為にちょうど良かっただけだよ。・・・仮に魔王が死んでも代わりはいくらでも作れるしね」





 冷酷な事を言うクレアに速見は無言で目の前の女の警戒度を上げた。





 そうだ、どう見えようとこの女は魔神。





 人類の敵なのだから。





「まあ、死なないに超したことは無いさ。いちいち死体をあさるのも面倒だしね」





 そして「働きたくなーい」とかほざきながらベッドで転がるクレアを呆れたように見つめる速見。





 ・・・そんなにやる気が無いなら何故人間へ攻撃を始めたのだろうか。












































「喜べ下僕! 腹が減ったのでこの魔神さま自ら料理を振る舞ってやる」





 ふふんとドヤ顔をしたクレアが、ピンクのエプロンを身につけてふんぞり返っている。





 速見はそんな姿を、口をあんぐり開けて見ていた。





「・・・アンタ料理なんて出来るのか?」





「出来るともさ! こちらとら1000年以上も生きてるんだ。覚えられる技能はあらかた覚えたし、アタシに出来ない事なんてあんまり無いんだよ。まあ、お腹をすかせて待っているといい、とびっきり上手い飯を食わせてやろう」





 そう言って張り切ったクレアは、台所に立つと調理を始めた。





 後ろからその姿を見る分にはどうやら手慣れているようで、危なげなく作業を進めている。何やら上機嫌に鼻歌まで歌っているようだ。





「・・・はあ、つかみきれんなどうも」





 クレアは・・・彼女は魔神。人類の敵だ。





 今は言いなりになっている速見だが、隙あらばその寝首をかくつもりでいる。・・・いるのだが、今の鼻歌交じりに料理するクレアを見ているとどうもやる気がそがれるのだ。





 彼女が人類の敵だという事実すら、何かの間違いではないのかと疑ってしまう。





(まあ、その効果を狙ってやっているのだとしたら大したものだがな)





 とりあえず今はどうしようもないのだ。大人しく料理の完成を待つとしよう。





























「お待たせ、準備ができたよ」





 どうやら少しうとうとしていたらしい。





 速見はクレアの声で眼を覚ますと、最初に感じたのは鼻孔をくすぐる料理の旨そうな香り・・・どうやら彼女が口だけの料理下手だという最悪の落ちは避けられそうで、その香りを嗅いで腹がぐうと鳴った。





「すまんな、少し寝ていたようだ」





 変な体勢で寝ていた為、こわばった首筋の筋肉を揉みほぐす。





 先に席についていたクレアの正面の席に座り、テーブルに並べられた料理を見て速見は驚愕した。





「!?・・・これは・・・・・・・米!?」





 ああ、懐かしきは祖国の主食。





 米





 つやつやに炊きあがったその魔性の穀物が、お椀に盛られ速見を誘惑する。おかずには見たことの無い魚の塩焼きと野菜炒め、そして赤色をしたスープ・・・。





 我慢が出来なくなった速見はクレアの存在を忘れて「いただきます」と早口でいうとフォークを使って米に似た何かを口に運ぶ。





(・・・ああ、旨い)





 忘れていたこの味。





 口の中に広がる米の風味。速見は遠い故郷の地に思いを馳せながらおかずの焼き魚を口に入れた。





 ほどよい塩気と少し焦げた魚の香ばしい風味が食欲を増進させ、たまらず米をかっこむ。ふっくら炊きあがった米と魚のハーモニー。この世界に来てから20年・・・久しぶりに味わうその食事は、まさしく天にも昇るような旨さだった。





「・・・かつてこの辺境の地に一人の英雄が現れた」





 速見が夢中になって米にがっつくなか、クレアは静かに語り出した。





「その男はどこからともなく突然現れると、当時この地を支配していた”鬼”の首領を討伐、生き残った鬼をとある山に追い込み、この地に平和をもたらしたのさ。その英雄の名前にちなんでこの辺境の地は”ヤマト国”と名付けられた。・・・噂ではお前が今食ってるその穀物もその英雄様が持ち込んだ物らしいよ」





 最初は米に夢中だった速見もいつしかクレアの話に真剣に聞き入っていた。





 どこからか現れた英雄。





 ヤマトという名前。





 そしてその人物が持ち込んだ穀物・・・米





 それらから導き出される答えは・・・。





「もしかしたらその古の英雄はお前の同郷かもね速見」





 心を読んだかのようにクレアは笑う。





「世界の境なんてあってないようなものさ。亀裂に巻き込まれて世界を超える者もいるだろう。それはたいてい無害な事故で誰にも知られること無く終わる・・・それが本当に事故だったらねぇ」





 意味深にそう呟いて、クレアは水差しから自分のグラスに水を注いで一気に飲み干した。





「・・・お前、今噂の勇者様についてどこまで知ってる?」















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