第26話 新たなる生

「・・・使ったのか。死霊術を・・・俺に?」





 理解できない。





 否


 理解したくない。





 驚愕の表情を浮かべる速見を見て、クレアは愉快そうに大声を上げて笑った。





「ハハハッ! いい顔するわねお前。そうよ死にかけの人間に使ったらどうなるか好奇心が抑えきれなかったの。結果は上々、ほうらお前は以前よりも強くなって蘇ったわ!」





「・・・つまり今の俺はゾンビか?」





「いやね、まだ生きてる時にヤッたんだからゾンビとは呼ばないわよ。まあすでにお前は人間では無いのだけれど」





 人間ではない。





 その言葉にクラクラとしながら、速見は必死に冷静さを保つ。





(落ち着くんだ。ショックを受けるのは後回し、まずはこの女の目的を知らなくては)





「・・・それで、アンタのつまらん好奇心は満足したか? できれば俺はもう帰りたいんだが」





「何言ってるの? 返すわけないじゃない。そもそもお前とアタシは死霊魔術の儀式によって主従の絆で結ばれている。アタシの許可無しに離れられると思わない事ね」





 ネクロマンサーは蘇らせた死者を自由に使役する事ができる。生者にその術を行使してもその原則は変わらないという事だろう。





「まあまあ、そう暗い顔しないでよ。あのままだったらお前は確実に死んでたし、命拾ったぶん儲けモンでしょ? 別に人間止めたくらいたいしたことじゃないって。むしろ魔族の体って人間よりよっぽど元気なんだから」





 励ましだかなんだか分からない言葉を抜かすクレアに、速見は特大のため息をついた。





 まああの場所で死んでしまうよりはマシだったと考えよう。ある意味では彼女は命の恩人とも言える。




 現状を打開するすべが無い以上落ち込むだけ無駄なのだ。





「・・・オーケイ。色々言いたいことはあるがとりあえず現状は理解した。一応命を救ってくれた事には礼を言っておく。ありがとよ。それで、俺に何かやらせる事でもあるのかいご主人様?」





「ふふ、素直でよろしい。まずはお前の名前を教えて」





「速見だ。速見純一」





 速見の名前を聞いたクレアはふむふむと頷いた。





「ハヤミジュンイチね。変な名前。もしかしてこの世界の人間じゃ無い?」





 何気なく放たれたその一言に速見は驚愕する。しかしそんなリアクションには興味ないとばかりにクレアは立ち上がると速見に手招きをした。





「おいでハヤミ。ちょっと性能をテストしましょうか」






































 クレアに連れられてハヤミは部屋を出た。





 そのまま彼女について行くと、どうやら地下室へ向かうようで鉄製の扉を開けて階段を下ってゆく。





「着いたわ。ハヤミ、聞きたいのだけれどあなたの戦闘スタイルは何?」





 たどり着いた地下室は一言で表すと異様だった。





 鉄製の地下室の四方の壁には巨大な棚が並べられ、そこにはホルマリン漬けにされた人間の体のパーツが綺麗に整頓されて並んでいる。





 いや、普通の人間のソレでは無いのかもしれない。





 吐き気を我慢してよく観察すると、鱗の生えた腕や透き通った透明な心臓など、尋常ではないパーツが多々見られる。





「凄いだろ? 歴代の英雄達の中には他の凡人とは構造の異なる体のパーツを持っている奴も多い。足が異常に発達していたり皮膚に鱗を持っていたりね。それをここに収集しているのさ・・・まあ見とれるのはその辺にしてさっきの質問に答えなよ」





 速見は無理矢理視線を壁の棚から引き離してクレアに向き直る。





 ずっと見ていると気が狂ってしまいそうだ。





「あ、ああ。戦闘スタイルだったな? 俺は狙撃手だ。基本的には敵と距離を取って戦う」





 速見の言葉を聞いてクレアは何か考え込むと、不意に壁の棚に近寄り陳列されている瓶の一つを取り出してこちらに戻ってきた。





「見てごらん。これはかつて千里眼のサジタリウスと呼ばれた魔王の右目だよ」





 瓶に満たされた保存液に浮かぶ右目は明らかに人のソレでは無く、ルビーのように紅く透き通っていた。生物的な生臭さなど感じられず、むしろ宝石のように輝いており綺麗だとすら思える。





「さてと、それじゃあとりあえず ”動くなよハヤミ”」





 クレアのその言葉を聞いた瞬間、速見はまるで金縛りにあったかのように身動きが取れなくなった。




 指先一本どころか瞬きすらできない。





 これが儀式による主従の絆だというのか? 





「いいこだ。さて、右目だな」





 ニヤリとその美しい唇が歪な弧を描く。





 すっと伸ばされた白い指先が速見の右目の方へ伸びてゆき・・・。





「!?!!!!?」





 速見は声にならぬ叫び声を上げた。





 高らかに笑うクレアの手のひらの上には、血にまみれた速見の右目が握られている。





 クレアはえぐり取った右目を保存液の満たされた瓶に入れ、蓋を閉める。





「くくっ、痛いか速見? でもその痛みは幻想だ。痛いわけが無いだろう? だってアタシがお前をそんな風に作り替えたんだから。お前の脳がまだ自分が人間じゃ無いことを認めていないだけさ」





 そう言いながら何気ない動作で先ほどの魔王の瞳を取り出した。





 煌々と紅く輝くその瞳を、空洞になった速見の眼窩に適当にねじ込む。





 速見は無造作に突っ込まれた異物の痛みにまたもだえた。この痛みが幻想だなんて信じられない。第一こんな風に違う生物の目をねじ込んだところで、見えるはずが・・・。





 いつの間にか体が動くようになっている。





 一言この女に罵声を浴びせてやろうと睨み付け・・・違和感に気がついた。





 見えているのだ。





 先ほどねじ込まれた右目の視力が回復している。それどころか左目に映る世界より右目に映る映像の方がより鮮明に映っているほどだ。





「上手くいったようだね。その瞳の能力は ”千里眼”。狙撃手のお前とは相性がいいだろうさ」





 千里眼。





 速見はなんとも言えない表情で右目を押さえると、はっと気がついたように質問した。





「・・・俺の武器は拾ってくれているのか?」





「いや、アタシがそんな面倒な事するはずが無いだろう? 武器くらいくれてやるさ。前に持っていたものよりも上等なやつをな」





 あのライフルはこの世界では手に入らない一品なのだが・・・まあ諦めるとしよう。それこそ命を拾っただけ幸運なのだから。





「それから、俺が転がってた場所で狼の子供を見なかったか?」





「さあ? 特に見なかったけどお前のペットか?」





 太郎・・・。



 無事だったと信じたい。今の速見に確かめるすべはないが。





「いや、見なかったならいい」





「ふーん。まあいいならいいけど。それじゃ、その瞳とお前の体の性能テストを始めようか」





 そういえば性能テストという名目で連れ出されたのだった。





「了解。で? 俺は何をすればいいんですかねご主人様?」





 その質問にクレアはまた意地の悪い笑みを浮かべる。





 ・・・・・・嫌な予感がする。





「とりあえず。今にも負けそうになってる魔王の援軍に行こうか」














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