第21話 覚醒

目の前に迫り来る”死”の体現に二人は身を震わせる。





(嫌だ・・・俺は死ねない)





 あまりの恐怖に体が上手く動かない。しかしマルクはここで死ぬわけにはいかなかった。こわばる体に鞭打ち身体強化の魔法を発動する。





 先ほどの戦闘でボロボロになった体がずきりと痛んだ。





「う、うおおおおぉ!!」





 バジリスクの恐怖を振り払い、マルクは叫声を上げて踏み込んだ。バジリスクの側面に回り込み、ショートソードで斬り付ける。





「・・・・・・え?」





 それはあまりにもあっけなく、バジリスクの硬質な鱗に弾かれてショートソードの刃は根元から折れた。





 呆然とするマルクにバジリスクは尻尾を一振り。





 巨大な尻尾の一撃がマルクを強か打ち付け、その体を勢いよく吹き飛ばした。まるで放られた石ころのように水平に飛んだマルクはダンジョンの石壁に勢いよく叩きつけられる。





「マルク!?」





 シャルロッテが駆け寄るが返事は無い。恐る恐る首筋に手を当てると弱々しいが確かに心臓は鼓動していた。





 生きている。





 でも先の衝撃で意識が無いようだ。シャルロッテは倒れたマルクを庇うようにその前に立ち、バジリスクを睨み付けた。





 バジリスクはまるでシャルロッテの恐怖を煽るかのようにゆっくりと牙をむき、じわじわとこちらに詰め寄ってくる。





 強い。 





 分かっていたことだが危険度Aランクの魔物に対してDランク冒険者の自分たちが太刀打ち出来る筈が無い。





 このままマルクを置いて逃げたなら、もしかしたらシャルロッテだけでも命が助かるかもしれない。





 だけど彼女には出来なかった、仲間を見捨てるなんて選択が。





 二人とも死んでしまうなんて結果はわかっている。





 だけど・・・





「私は、逃げない!!」





 その時、シャルロッテの中で何かが弾けた。





 力が





 魔力が体の底から次から次へと沸いてくる感覚。





 初めてのその感覚に戸惑いながら、しかしシャルロッテは悟った。





(・・・この力があれば、上位の魔法を使えるかもしれない)





 何故急にこんな力に目覚めたのかはわからない。だけど考えている余裕は無い。使える武器があるのなら迷わずに何でも使うべき状況なのだ。





 シャルロッテは湧き出る魔力を練り上げ、体内で魔法を構築する。





 使うのは炎の魔法、その最上位。





 英雄と呼ばれるような天才にしかたどり着けぬ境地。しかし、何故かシャルロッテにはそれが自分に為し得る事だと確信していた。





 複雑な魔力の変換を終え、シャルロッテは詠唱を口にする。





「”ヘル・ファイア”」





 突き出された杖の先から展開されるは炎魔法の究極。





 地獄の業火がバジリスクの巨体を覆い尽くす。





「ギュルォオオオオオ!!」





 バジリスクは苦悶の叫び声を上げ、最後の足掻きとばかりに燃える体でシャルロッテめがけて突き進む。





 しかし彼女はその行動を予想していたかのように、すでに次の魔法を展開していた。





「”メガ・ファイアボール”」





 圧縮された火球。





 質量を持った灼熱の球がバジリスクに直撃し、その体を消し炭にする。





 圧倒的な破壊力。





 しかし魔法を行使した本人は慣れない大魔法の連続使用で体力を使い切ってしまい、その場にしゃがみ込んだ。





(・・・やった・・・・私・・・・・・やったんだ)





 意識がもうろうとしてくる。





 体に力が入らない。





 シャルロッテの視界はそのままゆっくりと闇に落ちていった。







































「バジリスクが出るって噂のダンジョンはここだね?」





 ショウが尋ねると先日仲間になった聖女カテリーナがこくりと頷いた。





「ええ、ギルドで情報を確認しましたので間違いありません。バジリスクは危険な魔物です。きっとショウ様の力が必要でしょう」





 そう言ってニッコリ微笑むカテリーナとは違い、燃えるような赤毛が特徴的な女騎士アンネは不満そうな顔をしていた。





「しかし危険とはいえバジリスクは所詮危険度Aランク程度の魔物・・・世界の命運を背負う勇者様が相手する必要があるのでしょうか?」





 勇者には勇者の仕事がある。アンネ的にはこんな所で油を売ってないで速く魔神に関する情報を収集したいのだろう。





「ハハ、アンネらしいね。でも俺はそうは思わない。確かに魔神を倒して世界の危機を救うのが俺の使命だ。・・・だけどそれは目の前の脅威を放っておく理由にはならないよ。このダンジョンは街近くにある。もしバジリスクが外に出てきたら一大事だからね。だからここでバジリスクを叩くのも俺の仕事だと思うんだ」





 ショウだってそれが理想論だとはわかっている。





 でも自分が勇者である以上、理想を目指さなくてはならないと感じているのだ。他の誰でも無く、勇者である自分だけはきれい事を言い続けたいのだ。





「・・・そうですか。そこまで考えているのでしたら私は止めません。最大限の助力をしますので出来るだけ早く終わらせましょう」





 アンネの言葉に、ショウは笑顔で頷いた。


























「邪魔だ」





 アンネの鋭い剣撃が襲い来るゴブリン達を細切れにする。その体捌きは見事の一言でゴブリンの返り血一滴すら浴びていない。





「しかしそんなに大した魔物も出てこないね。バジリスクのいるダンジョンとは思えないや・・・」





 ショウの言葉に隣で待機していたカテリーナが説明する。





「それもそのはずです。このダンジョンは元々弱い魔物しか生息していませんでした。最近外から来たバジリスクの番いが卵を育てるためにこのダンジョンを根城にしたようですね」「番い? つまりバジリスクは二匹いるわけだね」





 カテリーナは無言で頷いた。





 しかし二匹とはやっかいだ。単体でさえ高ランクの魔物、二匹同時に出くわしてしまったなら攻略難度がかなり上がるだろう。





「二匹でも問題ないですよ勇者様」





 ゴブリンを斬り終えたアンネが戻ってきた。その手には刃を銀でコーティングした対魔族用の名剣がきらりと光る。聖剣では無いにしても名匠の鍛え上げたその一品は見事な切れ味と耐久性を誇る。





「初戦はAランクの魔物。二匹なら私と勇者様がそれぞれ一匹づつ担当すればいいだけの話です。早く先に進みましょう」





 そう言ってずかずかと先に進むアンネを見てショウは苦笑する。





 彼女はいつも単純に物事を語る。それが彼女の短所であり、同時に素敵なところでもあるのだとショウは感じた。





 しばらくダンジョンを進んでいると、何かが地面を這いずるような湿った音が聞こえる。 三人は目配せをして素早くフォーメーションを組み直した。





 前線右にショウ。左にアンネ。そして後衛にカテリーナ。





 カテリーナは回復の術を使うことができるが戦闘には不向きだ。つまり実質的に戦えるのはショウとアンネの二人ということになる。





「みんな気をつけて! 来るよ」





 ショウの言葉と供にそれは現れた。





 バジリスク。





 危険度Aランクを誇る巨大な蛇の魔物。





 やっかいなのはその大きさに見合わぬ動きの素早さと強力な毒だ。





 その姿が見えた瞬間二人は動いていた。





 申し合わせたかのように左右に分断し、バジリスクの目をくらませる。左側面に回り込んだアンネが剣を一線すると硬質の鱗があっさりと切り裂かれ、傷口から紫色の鮮血が吹き出した。





 バジリスクの体液には強力な毒が含まれる。





 その吹き出した血に当たらぬようにいったん距離を取るアンネ。それを逃すまいとバジリスクはアンネに牙をむくが、反対に回り込んだショウによってその動きは阻まれた。





「こっちだよバジリスク」





 そう言ってバジリスクの胴を聖剣で斬り付けるショウ。





 バジリスクは右と左、ショウとアンネの両方から攻撃を受け苛立たしげにその巨大な尻尾を振るった。





 狭いダンジョン内で振るわれた巨大な尻尾。





 逃げ場は無く、ショウは覚悟を決めてその尻尾を迎撃することに決めた。





「煌めけ”暁の剣”」





 聖剣の真名を解放。





 その輝く刀身で巨大なバジリスクの尻尾を両断する。





 切断面から吹き出る毒の鮮血をショウは全身にかぶり・・・しかし彼は止まらなかった。そのままバジリスクの頭上に跳躍すると落下の勢いを乗せて聖剣を頭蓋に突き立てる。





 脳を破壊されたバジリスクは最後の悲鳴を上げて倒れると、びくびくと体を痙攣させてやがて生き絶えるのだった。





「勇者様! バジリスクの体液には毒が・・・」





 返り血で全身を真紫色に染めたショウを見てオロオロとするアンネ。その体を押しのけ、後方で控えていた聖女カテリーナがショウに駆け寄った。





「今治療します。しばしお待ちを」





 カテリーナはチェーンでつなげていつも首から下げている銀のタリスマンを左手で握りしめ、神聖術の触媒として使われるソレに向かって文言を唱える。





「”我 主ノ 従順ナ 僕ナリ ソノ尊キ 力 ニテ 一切ノ 汚レヲ 払イ給エ”」





 そしてタリスマンを毒に犯されたショウの額に押し当てる。





「”キュア”」





 押し当てられたタリスマンを中心として柔らかな白光が発生する。それはショウの全身を包み込み、毒の一切を浄化した。





「・・・体が楽になったよ。ありがとうカテリーナ。これが神聖術か・・・初めて見たけど凄いね」





 カテリーナはポッと頬を赤らめて「どういたしまして」と小さな声で答えた。





「よかった。神聖術ってのは毒も直せるんだな」





 どうやら神聖術で毒が癒やせる事を知らなかったらしいアンネが感心したような声を上げた。





 むろん彼女のポーチには市販の解毒ポーションが入っているのだがバジリスクの強力な毒には効果が薄い。こうもあっさりと解毒してみせたという事は、聖女と呼ばれていたカテリーナの実力は伊達ではないという事だろう。





「うーん。でも思ったよりずっとやっかいな相手だったな。動きそのものは対処可能なんだけど、血液も毒っていうのが面倒くさい。俺とアンネは剣での攻撃手段しか持ってないから必然的に返り血を浴びちゃうしね」





 そう、それがバジリスクのやっかいなところだ。





 凄腕の魔術師がパーティに居れば遠距離攻撃で毒などお構いなしに相手が出来るのだが。





「まあ文句を言っていても始まりません。幸いカテリーナが毒の治療を行えますし、さっさともう一匹を始末してしまいましょう」





 アンネの言葉に頷くと三人はまたダンジョンの奥へ向かって歩き出した。





 少し入り組んだ細い道をしばらく歩いていると、不意に開けた場所に出る。先頭を歩いていたアンネが息を飲んだ。





「・・・これは?」





 立ち止まるアンネの横に並んだショウが目にしたのは、全身が黒焦げになっているバジリスクの死体とその横に重なるようにして倒れている若い二人の冒険者の姿だった。














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