第20話 一方そのころ

「”ファイア”」





 シャルロッテが魔法の詠唱を唱えると構えた木の杖の先から炎の噴流が放出される。





 ”ファイア”の呪文は炎系統の魔法で最も威力が低いが、低コストで使える割に攻撃範囲がなかなか広い。使いどころによっては上級魔法である”ファイアボール”より役に立つこともある。





 たとえば今のようにゴブリンに周囲を囲まれているときだ。





 ”ファイア”の魔法で前方のゴブリンは広い範囲で殲滅できた。当然ゴブリン側からしてもやっかいな魔法使いを放っておく道理は無いので仕留めにかかるが、それは魔法使いのパーティである相棒の剣士が許さない。





「”フォース”」





 青髪の年若い剣士・・・マルクは自身に身体強化の魔法をかけると襲い来るゴブリンにショートソードで応戦する。





 華麗とは言いがたい剣術ではあるが、それなりに場数は踏んでいるらしい。身体強化の魔法もあって、不細工ながら要領の良い動きでゴブリンを捌いていく。





「マルク! 屈んで!!」





 シャルロッテの声に反応したマルクはその場で地に伏せる。





「”エア・カッター”」





 準備を終えたシャルロッテが次なる魔法を放つ。





 鋭く研ぎ澄まされた風の刃が吹き荒れて、先ほどまでマルクと死闘を繰り広げていたゴブリンの群を惨殺する。





 魔法の効果が消えるのを確認したマルクは素早く立ち上がり、ゴブリンの返り血を拭おうともせずに周囲を見回した。





 ・・・どうやらゴブリンの残党はいないようで、それを確認してようやく肩の力を抜くマルク。





 駆け寄ってきたシャルロッテが手にしたハンカチでそっとマルクの顔を拭う。





「・・・ありがとうシャル。じゃあ先に進もうか」





 そう言ってショートソードにこびりついたゴブリンの血を拭うマルクに、シャルロッテは小さな声で反論した。





「マルク、今日はもういいんじゃない? 最近アナタ急ぎすぎよ。今日は結構長時間戦っているんだし一回ここで引き返しても・・・」





 マルクはその言葉に首を横に振る。





「急がなきゃ・・・いけないんだ。このままじゃSランクどころかBランク冒険者にだってなれやしない・・・俺は才能がないから・・・だから生き急がなきゃSランク冒険者になんてなれやしないんだ」





 悲痛な顔でそう言うマルクにシャルロッテは息を飲み、そっとその肩に手を乗せた。





「・・・そっか。悩んでいたんだねマルク。・・・だけど生き急いで死んじゃったら元も子もないじゃない? とりあえず今日は休んで・・・」





 その優しい言葉にマルクは振り返ってキッとシャルロッテを睨み付けた。





「それじゃ駄目なんだよ!!」





 それは魂の叫びだった。





 マルクは喉から血を吐かんばかりに叫び声をあげる。





「俺たちは・・・俺はハヤミにあんなひどいことをしてまで上に上り詰める事を決めたんだ! それなのに自分の身を心配して無理しない程度にしか努力をしないんじゃ、ハヤミを切り捨てた意味が無い!」





 そう、正直二人の今の実力から言って、ハヤミが大きく足手まといになるなんて事は無かった。彼は力こそ無かったがその豊富な経験で常にパーティを支えてくれたのだ。





 しかしハヤミはとても用心深い男だった。





 どんな依頼を受けるときも念入りに下準備を行い。パーティの戦闘能力や疲労度を的確に判断し無理は決してせず。少しでも危険のある場所には近寄らない。





 確かにハヤミと供に行動したら死の危険からは遠ざかるだろう。だが、その戦い方ではマルクのような凡人がSランクにまで上り詰めるなんて不可能だ。





 ハヤミが万年Dランクであることが証明するように、その戦い方では冒険者は大成しない。それは生き延びる事に焦点を当てた兵士の戦い方なのだから。





「行きたくないならシャルは帰ればいい。・・・俺は一人でも行く」





 そう言ってマルクはダンジョンの奥へと歩き出した。





「え? ちょっと、待ってマルク!」





 その背中をシャルロッテも慌てて追いかける。





(不安だわ。このままではマルクに何か良くない事が起こる・・・そんな気がする)






































「うぉおぉぉぉ!!」





 叫声を上げ ”アーマー”と ”フォース”の魔法の重ねがけで強化した体でマルクは突き進む。





 目前には片手曲剣シミターを構えたリザードマン(二足歩行のトカゲ人間)が三匹。マルクの倍はある巨体に殺意を漲らせシミターを振り上げる。





「”ウォーターアロー”」





 マルクの背後からシャルロッテが攻撃魔法で援護をする。





 放たれた二本の水の矢がリザードマン二匹を牽制。残った一匹のリザードマンとマルクの一騎打ちをお膳立てする。





 斜め上から振り下ろされるシミターの刃。マルクの左肩を狙ったその攻撃を、しかしマルクは回避をしない。





 そのまま左肩にシミターの刃が吸い込まれ、マルクの革鎧ごとその身を切り裂いた。





 傷口から血が吹き出るがマルクはまるで問題にせず、攻撃後の隙だらけになったリザードマンの喉元にショートソードを突き立てた。





 突き立てたショートソードから手を離し、そのまま後方に転げるマルク。





 右方向に居た別のリザードマンが体勢を立て直したようで、殺意を込めた視線でマルクを睨み付けた。





 ちらりと横を確認すると、もう一匹のリザードマンはシャルロッテが応戦しているようだ。ならば心置きなく戦える。





 どくどくと先の傷口から血が流れている。どうやらあまり時間はかけられそうにない。 





 マルクはベルトから一本のナイフを取り出して逆手に構えた。左手に装着している小盾を前に突き出し、じりじりと間合いを計る。





 先に動いたのはリザードマン。





 その巨体に見合わぬ素早さで間合いを詰めるとシミターで横凪に斬り付けた。





 マルクは冷静に盾で斬撃を受け流す。そのまま体を反転させて逆手に持ったナイフをリザードマンの右脇腹に突き立てた。





 痛みに悶絶するリザードマンをよそに、マルクは突き刺したナイフの柄を踏み台にしてリザードマンの体を駆け上がり、その頭に飛びつく。





 そして小盾を右手に持ち替えると、その金属の盾で思い切りリザードマンの頭を打ち付けた。





 魔法で強化された身体能力は、丈夫なリザードマンの頭蓋を容易に粉砕する。倒れたリザードマンを追い打ちとばかりに馬乗りになり盾を振りかぶる。





 断続的に硬い物で湿った肉を打つ音が響く。





 戦闘を終えたシャルロッテがそっとマルクの側に近寄った。





「・・・マルク?」





 振り返ったその顔にはおよそ感情というものが感じられない。まるで人形のような無表情をリザードマンの返り血が赤く染めている。





「・・・ああシャルか。そっちはもう終わったの?」





 そう言って何ごとも無いかのように立ち上がるマルク。右手の小盾はリザードマンの脳漿でどろりと濡れていた。





「・・・ええ終わったわ。これからどうするの?」





 シャルロッテは怖かった。もしかしたらこんな死闘の後だというのにマルクが先に進もうとするかもしれないのだ。





「・・・流石にちょっと休もうか。傷も浅くないし装備も点検しなくちゃ」





 マルクの言葉で彼の全身を染めている赤が返り血だけでは無い事に気がつく。





「!? すごい傷! そこで横になってマルク。傷を見るから・・・」





 心配をするシャルロッテの言葉を、しかしマルクはまるで聞いていないかのように奥に倒れているリザードマンの死体からショートソードを抜き取った。





「平気さ。アーマーの魔法で体を硬質化しているから内蔵までは届いていないよ。でもちょっと血が出すぎたみたいだ・・・ポーションを飲んでここで少し休むよ」





 まるで独り言だ。





 マルクは一見シャルロッテと会話をしているようでいてその実まったく会話が出来ていない。休憩にしてもシャルロッテに同意を求めるでなく自分で勝手に決めて休憩のタイミングを決めてしまっている。





(・・・変わったわねマルク)





 ハヤミと三人でパーティを組んでいる時はそんな事はしなかった。





 少しおっちょこちょいだけどすごく優しい男の子だったのに・・・。





 でもシャルロッテはマルクを見捨てる事はできなかった。彼女はポーチから治癒のポーションを取り出してマルクに渡す。





 マルクはお礼も言わずソレを飲み干し、その場に座り込んだ。





 シャルロッテも一緒に休もうとしたその時、地の底から響くような咆哮がダンジョンの奥から聞こえてきた。





「何事だ!?」





 マルクが飛び起きてダンジョンの奥を睨み付ける。





 音はだんだんと大きくなり、その声の主がこちらに近づいていることを知らしめる。





「ギュルォオオオォ!!!」





 それは闇から姿を現した。





 つやつやと光る緑色の鱗。





 全身をぬるりとした体液が伝い、その細長い体はしなやかに動く。





 ギョロリと見開かれた爬虫類の瞳は黄色く濁っており、大きく開かれた巨大なアギトには鋭い牙がのぞき見えた。





「・・・バ、バジリスクだって」





 力なくマルクが呟く。





 ”バジリスク”





 ギルドの指定したこの蛇型魔物の危険度はAランク。





 絶対的な死の予感が二人を襲うのだった。









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