平凡君とお姫様

@matsuridamatsuri

第1話 平凡君とライバル

「今日このあと食事でもどうですか今日このあと食事でもどうですか今日このあと食事でもどうですか。よし! 行ける!」

 今日こそ、今日こそ三葉さんをデートに誘うんだ!

 ここはとあるイベント会社の企画部。このイベント会社に勤める俺、東雲伊吹は今、人生最大と言っても過言ではあるかないかくらいの挑戦をしようとしている。

 同じ企画部の女性社員三葉理沙さんをデートに誘う!

 今まで何度途中で諦めたことか。今日は逃げないぞ。

 絶対に三葉さんとデートするんだ。

「今日このあと食事でもどうですか。自然に自然に。よし」

 セリフの確認と練習をしながら廊下を歩く。今日は運良く俺と三葉の二人だけが残業をしていたから、企画部に邪魔はいない。

「三葉さん今日このあと食事でもどうですか三葉さん今日このあと食事でもどうですか三葉さん今日このあと食事でもどうですか三葉さん今日このあと……わっ!」

 突然誰かにぶつかる。俺としたことが、セリフの練習に夢中で前を見ていなかったなんて。

 今ぶつかった人が三葉さんだったら最悪だ。

「す、すみません」

 とりあえず謝ってその場を離れようとする。

「ちょっと待って。あなた今理沙をデートに誘おうとしている?」

 ん? 誰だ?

 三葉さん、ではなさそうだな。

 振り返って後ろを見た瞬間ピンときた。

 星宮七海。会社中のアイドル状態の女性社員。そして……

 三葉さんの親友、らしい。二人はいつも一緒にいる。部署が違うのに一緒に出社してくるし、お昼だっていつも二人で食べている。二人は高校時代からの付き合いらしく、バスケットボール部で出会ったとか。

 前に三葉さんが企画部の飲み会で話していた。とてつもなく可愛かった。

「理沙をデートに誘おうとしているか聞いているんだけど」

 これはもしや、親友が邪魔してくるタイプのパターンなのでは?

 でも、ここで逃げたら男が廃る。

「そうですよ。二人で食事でもどうですかって誘おうとしてますよ。それが何か?」

 全然そんなつもりはないのに、すごく上から目線になってしまった。

「やめなさい。あなたが誰だかよく知らないけど、あなたみたいな平凡中の平凡君が理沙が相手にするとは思えないわ。それに、あなたみたいなのと理沙が付き合うなんてことになったらあなたを徹底的に邪魔したくなる。だって、あんなに可愛い理沙にあなたは不釣り合いだもの」

 うう、初対面から厳しい物言い。

「そこまで星宮さんに言われる筋合いないです。俺なんか男として見てもらえるかもわからないけど、無理だってわかっていても、やっぱり三葉さんが好きです」

 言ったあとで思っても遅いが、自分でもかなり恥ずかしいことを言ったと思う。

 今三葉さんと付き合っているわけでもないのにこんなことを言うなんて、ただのイタいやつじゃないか。

「堂々と言ったところで何か変わるわけでもないわ。今すぐ諦めなさい。あなたみたいな男、私が許さないわ」

 なんなんだ本当に。

「なんでそこまでするんですか?」

「私が理沙の親友だからに決まっているじゃない」

「普通親友ならお互いの幸せを願うものじゃないんですか?」

「理沙の幸せのために、あなたみたいな男は邪魔よ」

「どうしてそこまで三葉さんの周りから男を排除しようとするんですか? もしかして、三葉さんが恋愛的に好きとか」

 みるみるうちに星宮の顔が赤くなる。

「そ、そんなわけないでしょう!」

 おやおや、これは案外図星なのでは?

 からかってやろう。

「そうやって隠そうとしなくていいですから」

「隠そうとなんてしてないわよ!」

 先ほどのような余裕は全くない。

 取り乱して、必死で否定している。

 これはいじりがいがありそうだ。

「別に俺はそういうのバカにするなんてことしませんよ。誰かに広めるのも、もちろんしません」

「だからそんなんじゃないってば!」

「じゃあどんなんですか?」

 沈黙。

 返答に困ったのだろう。

 これはもう勝ったも同然だ。

 あとは自白を待つだけ。

「……そうよ」

 うおおー、自白取ったー!

 ん? ちょっと待て。

「それって、星宮さんが俺のライバルってこと!?」

「そういうことになるわね」

 嘘だろ。

 俺のライバルは女子? しかも三葉さんの親友で姫川イベンツのアイドル?

 勝ち目があるのかないのかわからない。

 でも……

「たとえライバルが星宮さんでも俺は負けません。絶対に、諦めませんから」

 とかかっこいいこと言ってみる俺。

 って自分でかっこいいって言っちゃう絶賛うぬぼれ中の東雲伊吹君。

 に不意討ちの天使降臨。

「あれ? 東雲君と七海?」

 声のする方を振り返ると、三葉さんがいた。

「珍しいね。七海が男の人と仲良くするなんて」

 今の発言は、俺のことが男の人、として見てもらえているって受け取っていいのかな。

「別に仲良くしてなんてないわ」

「とぼけないで。それより東雲君ももう仕事あがる?」

 東雲君「も」ってことは三葉さんはもうあがるってことだな。

「うん。もうそろそろあがろうかなって」

「ちょうどよかった。これから飲みに行かない?」

 これはデートのお誘いと考えていいですか?

「もちろん! 俺は大歓迎だよ」

「ちょっと理沙。どういうつもりよ? こいつと二人で行く気?」

 お、三葉さん大好き星宮さんが嫉妬中。

 にしてもこいつって。さっき会ったばかりの相手に対してこいつって。

「はいはい。七海だけのけ者にするわけないでしょう。三人で行くよ」

 俺の期待一気に砕け散ったな。

 まあわかっていましたよ。三葉さんが俺のことをデートに誘ってくれるなんて奇跡が起こるわけないってことくらい。

 でも、三人で行くと厄介なことがある。

 三葉さんと俺がもし万が一いい感じの雰囲気になった場合、星宮さんが三葉さんと俺を引きはなそうとして気まずい空気になるのでは?

 そんな事態は絶対に避けたい。

 でもせっかく誘ってもらったのに以外わけにはいかない。

 気まずい空気を作らないよう精進に精進を重ねるしかないようだ。

「それなら、企画部のみんなでいつも行くところでいいかな。きっと星宮さんも気に入るよ」

 気まずい空気を作らない大作戦第一段階。

 行く店は自分の馴染みのある店、かつ星宮さんはあまり行ったことがないと思われる店。

 まず店に入って「ここってどんな店?」的なことを星宮さんが三葉さんに訊く。そして三葉さんが答える。この時三葉さんが俺に「東雲君もそう思うよね?」みたいなことを尋ねてくるから、三人がほどよく会話できるという作戦なのだ。

「私は東雲君に賛成。七海はどうする? 二対一だけど」

「わかったわよ。三人で行くのね」

 星宮さんが折れたこの瞬間から、もう既に始まっている。

 気まずい雰囲気を作らないための作戦が。

 そして、星宮さんと俺との三葉さんをかけた戦が。

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