魔法少女物に野郎は不要って誰が言ったんだ

@zazamiss

case1 一ノ瀬舞の場合

目が覚めたら、そこは薄暗い倉庫だった。


「……は?あっ!?なんだここ……いって!?」


咄嗟に動こうとして、手足に鈍い痛み。

そしてジャラジャラと鳴る金属音。

鎖で縛られていると理解するのに時間を要した。


「なん…どういう事だ…?酒も飲んでねえぞ。」


記憶を辿る。

朝普通に起きて…会社に行って…普通に仕事して…昼飯に社員食堂でカレー頼んだら福神漬けが入ってなくて地味に凹んで……残業して…終電で帰って…マンションが見えて…見えて…見えて…終わり。


あれ?家に帰った記憶がない。


それからどうしてこんな暗く湿った倉庫で縛られて転がされているんだ。誘拐?拉致?こんなどこにでもいる会社員を?借金もした覚えないしヤのつく人と関わりを持った事もないぞ。


「あっ起きた。アズミー。お兄さん起きたよ

ー。」


そして俺の混乱は最高潮。

聞こえてきたのは完全に少女の声だった。

身じろぎながらやっと顔を上げると、そこにはどう見積もっても中学生以下の少女。

前髪をがっつり下ろしてるせいで目から上が見えない黒髪で、まるで魔法使いのようなこれまた黒いローブを羽織った少女だった。


「お、グッモーニンお兄さん。気分はどう?鎖きつい?でも緩めないけどねーハハハハハ!」


そしてアズミと呼ばれ笑いながら歩み寄ってきた少女。こちらは高校生程度だろうか。真っ赤な髪が薄暗い倉庫でも存在感を主張する。

こちらも同様にローブを羽織っているが、そこから何故か鎖を垂らしている。手足や胴から何本も垂らした鈍い色で光る鎖が、彼女が歩くたびにジャラジャラと鳴いていた。


「んー?催眠効きすぎた?自分誰だか分かる?ちょっとは加減してあげなよミーン。相手はトーシロで抵抗法も知らないんだから。廃人にでもなったら困るぞい。」


「ジャパンの住宅街で拉致るんだったら即効性が第一だし。そこまで考慮してられない。それに廃人化したところで目的は果たせるし問題ない。」


ミーンと呼ばれた黒髪少女はそう言って座り込み、スマホをいじり始めた。

…あれ?


「あの…そのスマホ俺のなんですけど?」

「知ってる。」


いや…まぁパスかかってる筈だし問題ない

「はい突破。」

はぁあん!?

8桁パスだぞそんな簡単に破れるか!


だがしかし少女がくるりと回した画面には、

見慣れたアニメ壁紙(武装姫アルミリス2期キービジュアル)が。


「お兄さんいい歳してオタク趣味かー。彼女とか…いないんだね。」

「はぁー!?いますぅー!ちょっと次元が離れてる遠距離恋愛なだけですゥー!」

「その距離はどうあがいても縮まらないと思う」

「アハハハ!別にいいんじゃない?ウチのガッコでも結構いたよジャパニメーション狂い。せこせこバイトしながらなんかグッズ集めてたなー」


鎖少女が頭上から覗き込んでくる。

快活な声で笑いながら、俺のスマホをメカクレ少女から受け取る。


「うーんどれどれー?あれ?お兄さんLINEないじゃん!?マジ!?」

「えっ…まぁ…入れるタイミング無かったし…」

「えぇー…今どきLINE無しで生きてる人っているんだぁ…クロマニョンじゃん…」


原始人って言いたいのか…?

というかなぜ俺はスマホを見られて女の子に別角度から同時に引かれてるんだ…


いや!というか!

なんだこの状況は!?

ようやく頭が回り始めたぞなんだこの…何!?


薄暗い倉庫で!鎖で縛られて!コスプレ少女2人!


なるほど分からん!!


「あのー!君たち誰ですかね!?俺なんかしました!?てかこれほどいてくれない!?」


「私は『スケアクロウ』の魔術師。ミーン・バリス。」

「そして私は臥龍アズミ。よろしく!ちなみに鎖は解かないぜ!」


そう言ってアズミはビシッとポージングした。

ミーンはそのまま座り込んでいる。


魔術師…えぇ…魔術師ィ?

やっべー…この子達少々お話が通じないタイプでは?

下手に刺激すると不味そうだな…

ここは話を合わせつつ情報を探ってみるか…


「そ、そうなんだ…魔術師かー。魔法少女なら多少心得はあるんだけどなー。」

「あんな肉体派と一緒にして欲しくない。魔術師は理路整然で知性派なの。アズミは例外だけど」

「急に刺してくるのやめな?まぁ自覚あるけど。さてお兄さん。いや、一ノ瀬翔いちのせかける。なんで縛られてるか、分かる?」


アズミは変わらず笑顔で俺に聞いた。

だが、何故だろう。急に気温が下がった気がした。

笑顔の質が変わった。


「い、いや…分かんないかな…そもそも初対面でしょ俺たち…」


「ふふふ、そうだね。でもね、私たちはよく知ってるんだ。あなたじゃなくて…」


アズミはそう言って携帯の画面を俺に見せる。

そこに写っているのは、俺の連絡先一覧。

数少ない連絡先の一番上、そこを彼女は指差した。

『妹』。


「一ノ瀬舞。IMO所属の魔法少女。青い流星。あのクソガキに用があるのよ。」


…何を言っている?

いやマジで何言ってんだこの子。

舞が?魔法少女?

ゲームの話か?


「い、いや何言ってんだ?舞は昔から病院から出られないような体で…」


「はぁ?あんな暴走特急が病弱ゥ?そっちこそ何言ってんの?」

「いや、確かに昔はそうだったらしいよ。IMOのスカウト前は普通に病気で死にかけてたって。」

「はー…あれが昔は入院患者ねぇ。人体って凄いね。ではそろそろポチッと」


アズミはそのまま携帯の画面を押し、通話をかけ始める。誰に?…この流れならアホでも分かる。


「お、おい!何考えてんだ!止めろ!」


「嫌でーす。安心しなよ、お兄さんを人質にしたのはあくまでアレを引っ張り出すため。私はタイマンがしたいだけなんでね。」


『もしもし?こんな遅くにどうしたの?』


まもなく聞こえてくる声。

穏やかな声。間違いなく舞の声だ。


「グッドイブニーング『青い流星』(ブルースター)。元気してる?」


『誰。』


底冷えするような声が電話越しに響く。

舞にこんな声が出せたのか。

いつも病院で窓を眺めながら咳き込んでいたあの妹が。


「おっと電話じゃあ分からない?私だよ。スケアクロウのチェイン・ウィッチ。鎖の臥龍こと臥龍アズミだよクソガキィ。」


『兄さんはどこ。』


「安心しなよ無傷さ。今はね。声聞かせてやろうか?ほい。」


アズミが俺の耳元に携帯を寄せる。


「舞?聞こえるか?」


『兄さん!大丈夫?怪我は?』


「い、いや大丈夫だ。鎖で縛られてるけど怪我はしてない。平気だ。」


『そう…よかった…』


安堵の声。間違いなく舞だ。


「それで…この子達お前が魔法少女とか言ってるんだけど…」


『……っ。それは…』


息を呑む。

なんだその反応は。

心当たりがあるのか?

お前は昔から病室に篭りっきりの女の子だった筈だろう…!?


「ゲームの話か?今そういうの流行ってるんだろ?そうだろ?」


自分の声が上擦るのが分かる。

どう考えても荒唐無稽、現実的にあり得ないはずなのに。

俺の頭が信じ始めている。


「はいはいその辺でよろしいですか〜?じゃあ今から場所言うから一人で来なよ。」


確かに最近舞の見舞いに行く頻度は減っていた。

仕事が忙しいと言うのも勿論ある。

だが最近の舞はとても楽しそうだったからだ。

同年代の友人も出来たと聞いた。おそらく同じ病院の子だろう。

舞の世界が広がって行くのは喜ばしい事で、だから俺は過干渉を控えていた。


『……そこに居るんですね。兄さんも、あなたも。』


だが、いくらなんでも広がりすぎだ……!

そんな冷たい声を出すような子じゃなかっただろうお前は…!


「じゃあさっさと来な。モタモタしてるとどうなっても知らないよん。」


そう言って電話を切るアズミ。

にこやかに笑いながら俺のスマホをクルクルと指で回す。


「さーて何分でくるかなーっと。」


「本当に一人で来るの?流石にIMOが出張ってくると不味いと思うけど。」


ミーンが怪訝そうに尋ねる。


「いいやあのガキは一人で来る。確かに組織に連絡されてじっくりと包囲されたらヤバイっちゃあヤバイ。だがあいつはそうしない。」


「その根拠は?」


ミーンは更に問いかけるが、その直後に。

轟音が轟いた。


「なっ……!?」


地面が震える。

すわ地震かと身構えるが、衝撃は一度きり。

そして大量の埃が舞って喉に直撃し、咽せる。

何かが倉庫の天井を破って落ちて来たようだ。


「ハハハ!根拠は単純。そういう賢い方法は大人がする事であって、魔法少女はガキだからだ。」


アズミの声が聞こえる。

歓喜の声。

獲物を前にした獣の雄叫び。


「なぁそうだろォ!?一ノ瀬舞さんよォ!!」


天井の穴から月明かりが、スポットライトのように降り注ぐ。

その中心に、いた。


「……舞、なのか……?」


姿はまるで違う。

薄い栗色だったはずの長い髪は今や鮮やかな青色へ。

病院用の白い服は、やたらぴっちりとしたボディスーツに。

そして、病室で静かに笑っていた顔は。

強い意志に満ちた戦士の顔に。


「よお久しぶり。会いたかったぜ青の流星。」

「私は会いたくなかったよ臥龍さん。」


俺の妹が、魔法少女だった。

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