第18話Sleeping Beauty~中編~(縮地と発勁さんは何だかんだあって結婚しましたとさ)
~2日目~
前日の反省を活かし、今日……というか明日はエリザより早く起きる作戦でいくことにした。
とは言っても、今までの生活ではエリザに起こしてもらってばかりで、自分で早起きをする自信が全くない。
そういえば実家に居た頃も雪菜ちゃんに起こしてもらってた。個人的には隣に住む幼なじみに起こしてもらうシチュエーションに非常に憧れていたが、残念ながら隣に住んでいたのはギネスに挑戦していると思われるレベルの超浪人生と反対隣にたった一人で住んでいる無職のオッサンしかいなかった為、その夢が叶うことはなかった。ホラ吹き過ぎて『ピノキオおじさん』と呼ばれていたあのオッサンは元気だろうか。『僕はね鼻じゃなくて、別の部分が伸びるんだよ』って笑って言ってたけど、今考えるとヤバイこと言ってたんだなって思う。
まあオッサンのことはいい。今はどうやってエリザより早く起きるかだ。
ここで『よーし、これを機に自分で早起きする癖をつけるんだぜ~』と奮起するなら、人間としてかなり将来性が見込めるが、あいにく俺はそういった将来性とは無縁な人間だ。できるだけ他人におんぶに抱っこスタイルを維持していきたい。
というわけで、エリザ以外の誰かに起こしてもらうことにした。とは言っても身近で起こしてくれる人間なんて大家さんくらいしか浮かばないし、昨日大家さんには夜更かし作戦を手伝ってもらったばかりで流石に連続して頼むのは忍びない。
ここは誰かにモーニングコールでも頼むか……。
■■■
大学の講義が終了後、サークルの部室に行ってみた。目的はデス子先輩だ。デス子先輩なら、可愛い後輩のお願いをホイホイ聞いてくれるような気がする。
デス子先輩が着替え中だったらいいなぁ、と淡い期待を抱いて3回ノック、返事が帰ってくる前に扉に手をかけた。
「闇に飲まれよ!」
今思いついたサークルの挨拶と共に引き戸タイプの扉を開く。
珍しいことに室内は、開かれたカーテンから入ってきた外の光で満たされていた。基本的に先輩に拉致られて闇の中で目覚めるか、事前に行くことを伝えて真っ暗な室内に入るかのどちらかだから、今回のように明るい室内に入るには初めての体験だ。
室内を見渡すと普段先輩と向かい合わせで座っている赤いテーブルクロスのかかった丸テーブルの前に、先輩がポツンと一人で座っていた。テーブルの上にはいつも置いてある水晶球や蝋燭の代わりにマ○ドの包み紙が散乱していた。あと開いた状態のノートパソコン。
どうやら食事&パソコン閲覧中だったらしい。
先輩は普段と同じ黒いローブを着て、ポカンとした表情でこちらを見ている。その表情を言葉にするなら『何故、一ノ瀬後輩がここに……』といった感じだろうか。
「な、何故一ノ瀬後輩がここに……?」
ビンゴ! クイズの優勝商品はその食べかけハンバーガーでいいよ! そして副賞を頂けるならその食べかけハンバーガーを先輩の目の前でゆっくり蹂躙するようにじわじわと食べる権利を頂きたい……!
俺は後ろ手で扉を閉めつつ、口をいい感じに突っ込みやすい形に開いて驚いている先輩に近づいた。
え? 何を突っ込むかって…? そんなのあんた次第だろ。まあ、俺ならちくわを突っ込んで、その中にチーズを……いかんいかん、コレ以上は迷惑思考条例違反に引っかかる。
俺は可愛げのある後輩っぽいポーズをとった(挿絵よろ)
「来ちゃいました」
「く、来る時は事前に連絡をしてからと、あれほど……!」
一人メシの邪魔をしたからか、険のある口調で説教モードに入ろうとした先輩。だが言葉の途中でその視線がテーブル上にあるバーガーの包みに向かった。
「……っ!」
ローブから見える表情(といっても頭まですぽり被っているので、口元しか見えない)が焦りに変わった。表現するなら\やべえ/といった感じだろうか。
黒いローブから伸びる手がサッとテーブルを走り、照り焼きバーガーを掬い上げそのまま先輩の胸元からローブにインした。ローブを押し上げる膨らみが、普段の2割ましほど大きくなる。
普段見せないタイプの素早さを披露した先輩は、何事もなかったかように口角を釣り上げた。
「さて、一体何のようデスか?」
「先輩ってジャンクフードとか食べるんですね」
「はて? 何を言っているのデスか一ノ瀬後輩? 闇に生きるワタシは人間界の食物を口にすることはありません。ジャンク? フード? ……うーむ、ワタシの辞書には存在しませんね」
「さっき食べてたじゃないっすか」
先輩が回収し損ねた包み紙を指さす。空の包み紙を含めて、この場にあるハンバーガーは4つ。ちょっと食べ過ぎなんじゃないでしょうか。まあいいけど、よく食べる女の子って個人的に好きだし。もぐささんマジもぐもぐ!
俺の指摘を受け、先輩の手が残像を残しつつテーブルを走った。テーブル上にあった空の包み紙が消失した。そして先輩の胸の膨らみが更に大きく。
「いえ、食べてませんが? 闇に生きるワタシの主食は……ワイン。ヤギの頭蓋骨に汲んだワインを摂取しているのデスよ、フフフ……」
「先輩織田家の人なんすか?」
どうやらジャンクフードを食べていたことは、なかったことにして欲しいらしい。しかし無理がある……飲み会で普通に山盛りポテトフライを食べていた過去は消せない……! なかったことにしてはいけない……!
ただ先輩の設定破綻はいつものことだし、あまり突っ込んでパンピーになったら面白くないので、ここは先輩の希望通り、見なかったことにしておこう。これ『超法規的処置』ね。
さて、さっさと本題に入るか。
「で、先輩話なんですけど……」
「その前に一度この部屋を出て下さい」
「へ、何で?」
確かにお食事と趣味の邪魔をしたのは悪いけど、いきなり出てけって……。
俺と先輩の仲なんですから、そこはもうちょっと多めに見てくれても……。いや、そもそも俺と先輩の仲ってなんなんだ? サークルの先輩と後輩? 先輩曰く『同じ闇を抱いた同士』? 今更だけどどうにも色気がねーな。できれば揉んだり揉まれたりする仲に発展したいんだが……帰ったらyaho○知恵袋に方法を尋ねてみるか。
「いや先輩。ちょっと話があるだけで……」
「部屋から出て下さい」
「いや、でもすぐに……」
「いいから」
「でも」
「いいから早くして。早く。お願いだから」
「はい」
先輩の圧力が篭った言葉に押し出されるように、部屋を出た。
扉の前で待っているとまず室内の電気が消え、何かを動かすような音が聞こえた後に何か重い物が落ちる音と「キャッ」と小さな悲鳴が響き、また電気が点いた。それから3分ほど何かを動かしたり、カーテンを閉めたりする音が聞こえ、再び電気が消えた。
「では入りなさい」
部屋を出てから5分、扉から聞こえてきた厳かな声に従い部屋に入った。
部屋に入ると普段ここに来る時と同じく、真っ暗な室内に蝋燭がポツンと立ったテーブルが見えた。そしてテーブル前に座り、いつものポーズ(ゲンドウのアレ)をとる先輩。
色々ツッコミたかったが、ここで突っ込みを入れても何も解決しないということを知っていないので、スルーすることにした。
「フフフ、さあどうぞ……迷えるジプシーよ」
先輩の向かいに座り、早速要件を伝えることにした。
「明日モーニングコールしてくれません?」
「はぁ!?」
先輩がガタンと音を立てて立ち上がり、何故か室内の電気が点灯した。
「ちょ、ちょっといきなり何を言っているのデスか!? びっくりして電気が点いちゃったじゃないデスか!」
「何のシステムだよ」
先輩の感情と部室内の電気が連動してんのか? だったこの室内で先輩が一人遊び(一人遊びの意味が分からない君はそのピュアマインドを大切にしてね)してたら、電気が点いたり消えたり点いたり消えたりラジバンダリ……最後に爆発するかのように電気が光り、そして冬に吐いた熱い吐息のようにゆっくり消えていく……。最高じゃないか! そのシステム、是非我が社にも導入したい!
可愛い後輩のお願いに、顔を赤くしてもじもじと可愛い反応をする先輩。
「も、モーニングコールなんて……そ、そんな彼女じゃないんだから……」
先輩の中ではモーニングコールをするイコール彼氏彼女の事情という式が構築されているらしい。
取り敢えずモーニングコールをして欲しい事情……といっても本当のこと『同棲している可愛い幽霊にゃんの寝顔を見たいにゃん!』を言っちまうと、先輩のUMA大好き魂に火を着けて最終的に大火傷しちまいそうなので、誤魔化すことにした。
事前に考えていた『愛用の目覚まし時計が壊れて、起きられそうにないので助けてほしい』といった旨のことを伝える。
「お願いします!」
「いきなりそんなことを言われても……そもそもワタシもあまり朝が……」
渋る先輩。そりゃいきなりこんなことを言われて二つ返事で了承する人なんていないだろう。俺だって後輩の女の子が同じようなこと言ってきたら『コールだけでいいのかい、プリティガール?』と直に起こす方向へ誘導尋問するだろう。
これも想定していた。ここでこう行く。
「先輩しか頼める相手がいないんです!」
「……そ、そうなの?」
「はい。俺こんなこと頼める友達なんていないし……先輩しか、先輩しか……いねーんですよ」
哀愁の表情を浮かべ、先輩心をこちょこちょくすぐる様にか弱い声で呟く。最後の方、ちょっとニナチャーンみたいな口調になったけど、問題ないだろう。
俺は知っている! 先輩はマミさんばりに先輩風をビュービュー吹かしたがるタイプだということを……! 可愛い後輩にお願い事をされると、喜んじゃう人だということ……!
「へ、へー……そうなんだー」
口元にニヤつきから、満更でもない様子が伺える。クリティカルヒット! 先輩のハートをキャッチ!
ま、親父はもっと上手くキャッチするな、キャッチする時罪悪感を感じないからね。
実際、先輩を騙しているような気がして、チクチクと罪悪感を感じていた。
だが、この罪悪感を乗り越えなければ、エリザの寝顔は見られない!
「そっかー……うん、いいよ。あ、いや……げふんげふん――いいデスよ、フフフ。我ら同じ『闇』を抱く者同士、それくらいの頼み容易いデス」
どうやら上手く行ったようだ。これで先輩からのモーニングコールを取り付けることができた。
これでミッションコンプリート!
目標を達成した俺は、先輩の膝に置かれているノートパソコンに興味がいった。
先輩がどういうサイトを見ているか……俺、気になります!
「先輩ってパソコン持ってたんですね。どんなサイトとか見てるんですか?」
作戦が上手くいった俺は、勢いに乗っていた。普段は他人のインターネッツ事情なんてパーソナルな領域に踏み込もうとしないのだが、高揚感がそれを麻痺させていた。
「……んー」
先輩はチラリと膝元を見た。その口元に浮かぶのは……逡巡か。
これはやってしまったかもしれない。人には入ってほしくない領域があって、その領域を侵犯することで人間関係は簡単に壊れる。そういう経験があった。学習能力のない、俺。
俺は慌てて「やっぱり何でも……」ないです、と発言をなかったことにしようとした。
だが、その前に先輩の口が、先ほどの迷いを吹き流すように、穏やかな笑みを浮かべた。
「ふむ……そろそろ一ノ瀬後輩に教えてもいいかもしれませんね」
先輩は奥義を伝授するトーンで重々しく言葉を発した。
どうやら、先輩のパーソナル・スペースに踏み込むことができたらしい。胸を撫で下ろす。今のは危なかった。今まで築き上げた仲に罅を入れる行為だ。軽率過ぎた。
だが、まあ結果的には先輩の新しい一面を知ることができそうだ。
さて、先輩の口からどんな言葉が出るのか。
「今まで言っていませんでしたが、ワタシは最初からこちら側――『闇』側の存在ではありませんでした」
先輩は恥じるように言った。
「アレは高校2年生の夏デス。その頃のワタシは自らの『闇』に気づくこと無く、その他大勢の普通の人間と同じように退屈な日々を過ごしていました。ええ、それはもう退屈な、まるで眠っているような日々でした」
遠い目で語る先輩。
JKの先輩かぁ……普通にJKしてたって言われても信じられんなぁ……。
「他の人間と同じように大学受験を控えていたワタシですが、常に胸の内に違和感を抱えていました『何かが違う』と。デスがその何かが何なのか分かるはずもなく、ただ漫然と流されるまま、自分から動くこともなく過ごしていました。ひたすら受け身で、他の人間と同じような行動をとり、同じようなつまらない話を繰り返して、安心している自分がいました。実に愚かなことデス。そしてそのまま、退屈で当たり前なその他大勢が踏み均した盤石なレールの上を、世界に囚われた傀儡のように歩いて行く……その筈でした。それを見つけるまでは」
先輩は熱の入った口調で、カタカタとキーボードを叩いた。
「この――『黒ノ軌跡』を!」
ババーンと効果音を付けるならそんな感じで、ノートパソコンをこちらに向ける先輩。
パソコンの画面には、大きな文字で先輩が先ほど言った『黒ノ軌跡』という文字がデカデカと表示されていた。
その下に5行ほどの文章、更に下がって話数とサブタイトルらしき物が見えた。
どうやらこのサイトは小説投稿サイトで、表示されているのは誰かしらが投稿した小説のページらしい。
タイトルから香ばしい……背中が痒くなっちまう痛々しいオーラを感じる。
「小説ですか?」
「ええ、このサイトは『小説家になってやろう』という小説投稿サイトで……まあそこはいいデス。本題はこの『黒ノ軌跡』デス!」
どれだけ思い入れがあるのか、先輩は珍しく上ずった口調で続けた。
「ワタシは偶然この『黒ノ軌跡』を見つけ、暇つぶしにと読み始めました。最初はただの暇つぶしと思っていたのデスが、読んでいく内にどんどん引き込まれ、気がつけば自らの胸の奥に何かが現れたのを感じました。いえ、現れたのではなく本来あったものに気づいた、と言うべきデスか。それは『闇』デス。ワタシの胸の奥深く、根源とも呼べる場所にそれは根付いていました。そしてワタシはそれを自覚すると同時に目を覚ましたのデス。今まで見えていた世界から霧が晴れるような感覚。この世には嘘と欺瞞が満ちており、それらを見通す真実の眼が開き、闇の奥に潜む失われた者達の声を聞く耳を手に入れました。そう、ワタシは真実の自分を手に入れたのデス! それからのワタシについては、このサイトに投稿している『闇を見通すモノ~覚醒~』に詳しく書かれているので、どうぞよろしくデス」
「さり気なく自分の作品をアピールしましたね」
要するに先輩が邪気眼に目覚めた原因ってことだろ。多分超純水培養の汚れないピュアJKだった先輩にとって、この小説が刺激的過ぎたってことか。人間何が原因で目覚めるか分からんね。
まあ、分からんでもない。ひよこじゃないけど、最初に見たもの、経験したものってびっくりするほど印象に残るもんな。俺だって初めて読んだチャ○ピオンでイカちゃん見て以来、あまりの可愛さに日常生活でイカ食えなくなったもん。
さーて、先輩を悪い子にしちゃった痛い小説の中身はどんなもんかね。
最終更新が……昨日か。先輩が高校生の時にプロローグが投稿されて、月1話のペースで現在まで更新してるわけね。結構長いシリーズだな。
まずはあらすじか。どれどれ。
『十ノ瀬竜也は一見どこにでもいる中学生だ。だが、その正体は夜を駆け、闇に潜む『魔態』を屠る――執行者(ホフルモノ)だった。かつて所属していた退魔の組織『身食らう蛇』から抜けた彼は、自身が憧れていた平凡な日常を謳歌していた。だが、彼の持つ『因子』は魔を引き寄せる。平凡な日常を守る為、彼は呪われし力を行使する。――これは彼の残した軌跡。ここに記されているのは、彼が残した軌跡の欠片――黒ノ軌跡』
「……」
「どうデスか一ノ瀬後輩? あなたも闇に生きる者なら、何か感じたのでは?」
「え、ええ……感じましたよ」
俺の答えに先輩が『本当ですか!? やはり一ノ瀬後輩は運命の……』とか嬉しそうに言っているが、それどころじゃなかった。
俺は感じていた、恐ろしい悪寒を。露出した心臓にナイフを突き付けられるような、恐ろしい感覚。
あらすじを読んだ瞬間、背筋に汗が溢れお尻の辺りまでびしょびしょになった。
何も痛々しいあらすじを読んで鳥肌が立ったとか、そういうわけじゃない。これくらいの小説はいくらでもあるし、まだまだ『濃さ』は低い。世の中にはもっと凄い、業の深い小説がある。
だったら、何故こんなにも怖気を感じるのか。
この小説が――俺が中学生の頃に書いた小説にそっくりだからだ。
これにつきる。タイトルを見ても気付かなかったが、あらすじを読んだ瞬間気づいてしまった。
俺が昔書いた小説をあらすじってるし、何より主人公の名前も一緒だ。
「……偶然という可能性も」
たまたま内容が被って、たまたま主人公の名前が一緒なだけかもしれない。
可能性に縋るような気持ちで、1話を開いてみた。
完全にメイドイン中学生の俺だった。
「ひぃぃぃぃ!」
恐ろしさの余りに椅子から転げ落ちてしまう。突然の俺の奇行に、突っ込み役である筈の先輩は『やはりこの出会いは運命……同じ闇を持つもの同士の運命』とかニヤニヤした笑みを浮かべながら絶対運命黙示録厨になっていたので、反応はなかった。
しかしマズイ。マズイっつーか、吐きそう。
押入れの中に閉まったはずの黒歴史が、どうしてよりにもよってワールドワイドなウェブに流出しちゃってんの? 押入れから世界って……田舎から出てきた女の子が一躍ハリウッドスターなシンデレラストーリーじゃねーんだから。
あれか。人の黒歴史を集めてばら撒く、鼠小僧的な義賊でもいんのか?
いや、ネズミはちゅーちゅー鳴くじゃん。で、黒歴史ってのは大体中学生の頃に作られるから……その……ちゅう繋がりで……言ってみただけ、です。
待て待て真面目に考えよう。よくネットで芸能人のプライベート写真とか個人情報がウイルスで流出してるってのはよく聞くけど、物理的に保管してる物がネットに流出するなんてありえるか? ウイルスってそこまで進化してるわけ? そんなもん人的に力が加わらない限り――
「あ」
思い当たる節はあった。あってしまった。
携帯を取り出し、妹……雪菜ちゃんに『兄ちゃまの部屋、押入れの中にある段ボール箱、開けたら呪うと書いた張り紙』とだけ打ち、送信。20秒で帰ってきた。
『開けましたが……何か?』
ウチの妹がウイルスだッた件について。
あ、あの妹……開けやがった! パンドラの箱を開けちまいやがった!
妹が行った、いともたやすく行われるえげつない行為に戦慄する。わざわざそれっぽく呪いの札まで作って封印してたのに、どうして開けちゃうかなぁ……。呪われたい年頃なのか?
だが箱自体は中学の教科書が詰まってて、本命の小説はダンボールに作った偽底の下に隠していたはず……! 仮に偽底に気づいても正しい手順を踏まないと、仕掛けが発動して小説が消滅するはず……!
『なにやら箱の底に稚拙なトラップが仕掛けられていましたが、2秒で解除できました』
3ヶ月かけて作ったトラップを2秒で解除されちゃった……。
くそ、どうして処分しておかなかったんだ俺!
『兄さんが高校生になった夏休み、掃除中に見つけ、兄さんが書いた小説を発見しました。そして将来の目標に『小説家』を抱いていた兄さんの為に、こっそりネットに投稿しておきました。素人の皆様の酷評を受けて叶わない夢は早々に放り出して堅実な職業を目標にして欲しいという妹の切なる想いからでしたが……余計なお世話でしたか?』
確かにそういう夢を抱いてた時期もあったけどさぁ……。何でよりによって中学生の時に書いた小説とかアップロードしちゃうかなぁ。余計過ぎて怒る気にもなれん。
『感想がいくつか集まった辺りで兄さんに見せ、現実を直視してもらおうと思っていたのですが……どうも兄さんの書いた小説は流行から外れていたのか、純粋に面白くなかったのか……1話につき1つしか感想が付きませんでした。それも毎回同じ人です。名前は……「闇の住人」でしたか』
その闇の住人とやら、恐らくだが俺の目の前にいる。
『他の人の感想がつくように時間を空けて、月に1回更新していたのですけど……結局先日の更新まで他の人の感想が付くことはありませんでした。それにしても毎月欠かさず感想を付けてくれたこの人も、相当な変わり者ですね』
目の前にいるんだけど、変わり者については否定できない。
『昨日の更新でストックが尽きましたので、兄さんには新しい話の執筆をお願いします』
中学一ノ瀬先生は体調不良の為、永久にお休みを頂いております! つーか無理に決まってんだろうが。
今の俺が続きを書いたら、主人公以外全員女の子にして相手の服を芸術的に破った方が勝ちってルールに変更したバトルラブコメになるっつーの。それでもいいなら書きますけどね。
しかしパンドラの箱を開けたことで、恐ろしい真実が解き明かされてしまった……。
先輩がこんな感じになってるのって、もしかして俺のせい? 俺が残した黒歴史が先輩の人生(レール)捻じ曲げちゃった感じ? ノーマルJKからノーマルJDになる予定が、ワープ進化を遂げて闇を抱える美少女大学生になっちゃった?
いや、そんな人の人生変えちゃったみたいな重い真実突き付けられても、俺どうすりゃいいんだよ……。 大学生なのに中学生の娘が2人もできちゃったくらい重い……。DADDYFA○Eの新刊はいつ出るんですかね。
俺が頭を抱えていると、運命厨から抜けだした先輩が首を傾げた。
「どうしたのデス一ノ瀬後輩? 何か悩み事でも?」
「いえ、実は一人の少女の人生を大きく捻じ曲げてしまったかもしれない、ということに気づいてしまって」
「はて? よく分かりませんが……その少女は後悔しているのデスか?」
話題の中心が自分であることなんて露知らず、そんなことを言う先輩。
後悔……しているようには見えないか。まあ、楽しそうにやってるし……端から見ればバリバリ人生謳歌してる。
「楽しそうにはしてますけど……」
「だったらいいのでは? そもそも人生というものはそんな簡単には変えられませんよ。一ノ瀬後輩がその人の人生を変えてしまったと思っていても、案外アナタが何をしなくてもその少女はその人生を歩んでいたのかもしれませんよ」
「そ、そういうものですか」
「ええ、そういうものデス。おっと、今の言葉は『闇』を抱く同士としてではなく、あくまで人生の先輩として聞いて下さいね」
1つしか変わらないのに、隙あらば先輩風を吹かせてくる先輩。
取り敢えず色々なお詫びと責任をとる意味で、頑張って『黒ノ軌跡』の続きを書こうと思った。
その後、先輩と他愛もない雑談に耽り、最後にもう一度モーニングコールの約束を取り付けてから、帰宅した。
家に帰り、夕食を食べると早めに寝る旨をエリザに伝える。
モーニングコールは取り付けたが、少しでも早く起きる可能性を高めておいた方がいい。
「ま、まだ6時だよ? そ、それに今日のお話は……?」
「今日は休み」
ぶーぶーと頬を膨らませるエリザに「明日は今日の分多く話すから」と宥め「多くって、辰巳くんいつも途中で寝ちゃうから意味ないよ……」と不満顔を浮かべる彼女に背を向け、眠ることにした。
睡魔はあっという間にやってきた。
■■■
翌朝、俺は自分を呼びかける声に起こされた。
「おっはよー、辰巳くん! 今日は雨だよー、ジメジメしてやーな感じだけど――元気だしてこっ」
ジメジメした空気を吹き飛ばすような笑顔を浮かべるエリザだった。
どうやらエリザより早く起きる作戦は失敗したらしい。
「おはようエリザ。今何時?」
「8時だよー」
台所へ向かってトテトテ歩きながら返してくる。
おかしい……先輩には6時頃のモーニングコールをお願いしていたはず。
携帯を見てみるが、着信記録は残っていない。
エリザが食事の準備をしている間に、電話をかけてみることにした。
電話口から着信音が流れ続け、そろそろ留守電に切り替わる……というところで、相手に繋がった。
『ふぁい……わたしですけどぉ』
「名乗って下さいよ。パーソナルデータをもうちょっと公開してくださいよ」
誰か分かんねーよ。ていうか、舌足らず過ぎて聞き取りにくい。とてもじゃないが先輩の声とは思えない。
『えっとぉ……ハンバーガーとか好きでぇ……コーラも大好きですぅ。でも一番好きなのはぁ……にへへぇ――ないしょっ』
「あのすんません。これ先輩の携帯で合ってますよね? どっかの幼女と繋がってたりしませんよね!?」
それはそれで非常に使い道はあるが、今は先輩の携帯だ。番号間違って教えられたのか? いや、でも前にかけた時は繋がったし……。
「先輩! 昨日の約束の件なんですけど」
『きょうは早くおきて……いちのせ君に……モーニング……モーニングコーヒーをかける』
「なんすか先輩? 俺のこと嫌いなんですか?」
俺の名前を呼んでるし、どうやら先輩の携帯で合ってるらしい。だがどうにも様子がおかしい。
怪しい黒魔術のやりすぎでスパイラルマタイしちまったか……?
『モーニングスターで……たたく。できるだけこっせつしやすいぶいを……たたく、ぶいはかいを、する』
「それ報酬どころか賠償請求しますけど……」
うーん困ったぞ。全然話が繋がらん。
相変わらず続く先輩のパラッパラッパーなトークに頭を抱えていると、電話の向こうからノックらしき音とドアを開ける音が聞こえた。そして近づいてくる足音。
『もうっ、お姉ちゃん! いい加減に起きなさいっ!』
『あぁ……美咲ちゃんらしきひとだぁ……』
『らしくないよ! そのものだよっ! 昨日早く寝ないから起きれないんでしょっ? よく分かんないけど、遅くまで電話の文章考えてて! 結局起きれてないじゃん! モーニングコールするから早く起こしてねってあたしに投げっぱで! 時間になって起こしたけど起きなかったじゃん! あとで絶対ぐちぐち言う癖に!』
『よくわかんないけどごめんね。お姉ちゃん……ほら、闇だから……あさほんとダメなの。闇にいきる闇にんげんだから、日の光はほんと、ダメなの。はやくにんげんになりたい……』
『やみやみやみうるさいっつーの! いいからっ、布団から出なさいっ!』
『お布団とっちゃやだぁー』
『いーいーかーら! 出てきて……って、あれっ!? お姉ちゃん……だ、誰かと電話してるの?』
『わからん。あはは』
『いやいや笑ってる場合じゃないから。え、誰にかけてんの? ちょ、ちょっとやめてよ、知り合い? いや、知り合いでも困るし、知らない人でももっと困る……』
『いちのせくん』
『誰だよ! あ、いや、お姉ちゃんの話題によく出る人か……ん? いや、アカンでしょ! 待って待って色々待って。ちょっと取り敢えず……電話没収』
『アイフォン返してぇー』
『アンドロイドでしょ。……ごほんっ。えっと……あの……も、もしもし?』
完全に蚊帳の外だった俺だが、ここでようやく話に入れた。
何だか本当によく分からんが、電話向こうのやりとりを聞く限り、今先輩の携帯を持っているのは先輩の妹らしい。
そういえば、妹がいるって話はちらほら聞いていた。
取り敢えず待たしてもアレなので、対応する。
「もしもし。えっと……一ノ瀬ですけど。先輩の……」
『は、はいっ、妹です!』
「……っ」
電話口から聞こえた元気な声に、耳がキーンとなった。
『み、美咲です! 高校2年生です! 空手を少々嗜んでいます! 趣味はランニングです! 好きな食べ物はハンバーガーです!』
「あ、はい。一ノ瀬辰巳です。大学1回生で、趣味はアニ……いや映画鑑賞です。好きな食べ物は鯖の味噌煮です」
『そうですかっ』
「う、うん」
『……』
「……」
沈黙を表す「シーン」という音が響いた(気がした)
気まずい。顔を見てない分、相手の表情が分からないので更に辛い。
『――あ、あのお姉ちゃん料理得意なんですよ!』
「え、あ、うん」
『鯖の味噌煮も! ……あ、ごめんなさい。今のナシで。料理は期待しないであげて下さい。で、でもっ! えっと、あのウンチクっていうんですか!? トリビアみたいなのいっぱい知ってて……す、凄くはく、はく……そう博識なんですっ!』
困ったぞ。会ったことないタイプの人間で、対応方法が全くわからない。つーか会っても居ない。どうすんのコレ。どうすんのこの感じ。
『それに凄く優しいんです! あたしが小学生の頃――』
「うん。で、そのお姉ちゃんに代わってもらったりは……」
『……そ、それは、ちょっと……あの、今アレなので……』
「アレ」
『は、はいアレで……ちょっと厳しくて……。は、初めてできた男友達の人をヒかせるのは、妹的にもナシかなーと。で、ですので! 3分! いえ、10分でいいので時間を下さい! 何とか! 何とかしますから! お、お願いですからさっきの姉を姉と思わず、できれば忘れてあげて下さい!』
「わ、分かった。うん、待つわ」
『あ、ありがとうございます! ……お姉ちゃんの友達になるくらいだから、覚悟してたけど普通にいい人っぽくてよかったぁー』
多分小声で言ったんだろうけど、丸聞こえだからな妹ちゃん。
そして10分……を超えて20分後、俺の携帯がなった。
表示されていた名前は『先輩』。画面をスライドして、耳に当てる。
『フフフ……おはようございます、一ノ瀬後輩。約束通り、モーニングコールを進呈デス。感謝の言葉は不要デスよ……これくらい闇の力を持ってすれば容易いので』
「色々ナメてますよね?」
俺は生まれて初めて、先輩への言葉から敬意を取っ払った。
『おやおや、どうしました一ノ瀬後輩? 朝から機嫌が悪いようデスね。悪いものでも食べましたか?』
「いいもん食べましたよ」
先輩が再起動する間にな。
「先輩、頼んでおいてなんですけど、モーニングコールが2時間ほど遅れてるんですけど」
『……おや、そうでしたか。申し訳ありません、どうも最近、人間だった頃とくらべて時間の感覚が曖昧で……』
「……」
『お、怒ってる?』
「いや、怒ってませんよ」
『そ、そうデスか。ん? なんデスか美咲ちゃん? それを読む? はぁ……えっと、今度の日曜、ワタシの家で、食事でも、どうですか――い、一ノ瀬後輩? ちょ、ちょっと失礼しますね』
そう言うと床に携帯を置いたのか、電話口から布を擦るようなノイズが聞こえた。
そして聞こえる姉妹同士がじゃれ合う声。
『何で勝手にこういうことしちゃうの!?』
『お姉ちゃんが変なことばっか言うからフォローしてあげたんでしょ!? あんなん普通の人ドン引きだよ!? むしろあたしがドン引きしたわ!』
『一ノ瀬君は普通じゃないからいいの! あ、いや、一ノ瀬後輩は普通じゃないからいいんデス!』
『何で言い変えてんの? え、もしかして大学でそういうキャラ作ってんの!? ちょ、ちょっと信じられない……!』
『いや、その……こっちの方が闇のアレで……普段はほら、一般人に紛れ込む為のフェイクで……』
『家でも外でも普通じゃん! そんな喋り方初めて聞いたよ!』
そんなやりとりを聞いていると、いやぁ姉妹って本当にいいもんですねぇと自分の心が穏やかになっていることに気づいた。
作戦は失敗したが、先輩の新たな一面が見れたことでよしとしよう。
しかし明日こそは……明日こそは作戦を成功させてみせる……!
俺は頼りになる親友の姿を脳裏に浮かべ、姉妹の仲良さ気な声をバックミュージックにしつつ食事をとるのだった。
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