第38話 : 神産みの剣 (1)


 片桐かたぎり 理名は、誰もいない廃墟みたいな街を、数名の護衛と共に歩いていた。靴が地面とこすれる音だけが聞こえ、野鳥の鳴き声すらも聞こえず、まるで色褪いろあせたような景色を進んでいると、苦しくなるような錯覚を感じてしまう。


(寒い……)


 夏なのに、背筋が凍るような寒さを、感じていた。それはきっと、理名が腰に下げる『剣』が原因だと思えた。視界に入るだけで、気味の悪さを感じ、近くに存在するだけで、瘴気しょうきと表現するような、おぞまましい気配で気分が悪くなる。

 言い伝えでは『神殺しの剣』と呼ばれていて、持ち主の技量に関わらず、神を殺す意志さえあれば、扱う事が出来るとされている。


「止まって下さい。誰か来ます。人数は十六人で、弓や剣で武装した集団がいます」


 二十分ほど歩るいていると、唐突に護衛の人物へ無線が入る。空には無人偵察機が飛んでおり、赤外線温度センサーで潜んでいる人間を調査し、高度から撮影した航空写真で、遠くにある作戦司令本部が情報の分析をし、現場に伝える仕組みが出来ている。

 それ以外にも、この場所を封鎖する為に派遣されている自衛隊の部隊が、今回の作戦に合わせて、電子戦(レーダーや通信支援)の準備をしてくれている。囲むように六ヶ所に、通信の中継設備やレーダー設備が用意されている。


 こちらが止まると、数人がこちらに姿を現す。



 ――だが、その姿を見た瞬間に、異変が起こる。


『天上ノ境界ガ消エタ時ヨリ』

 

 理名は、身体が動かせなくなる。心は恐怖で塗りつぶされ、緊張で腕や足に力が入る。


「どうしました?」


 異変を感じた護衛の一人が、理名に声をかけるが、本人には届いていなかった。


『未ダ足リナイ』


 理名にだけ聞こえる声。神を殺す剣が、黒い波動を出し始めていた。周囲には『死』の気配が漏れ始める。


(なに……これ)


「贄ヲ」


 理名の腕が、腰に下げた『剣』の柄を握る。口が勝手に動き、勝手に言葉を紡ぎ出す。

 目の前に現れた人物の『命』が欲しいと、剣が望んでいるのが分かる。


(駄目……身体が……思い通りに動かないっ!)



 神を殺す為の剣。

 それは何故、神を殺し続けるのか?


 昔話をすると、それは『神を産む剣』と呼ばれた神器だった。一万年ほど前、神を産み続けた『剣』は、その力を失くしてしまった。それでも、剣が産まれたのは、あくまで神を作るという目的の為だった。


 その『剣』は、意志を持っていた。だから考えた。

 考えた末に、剣は人間に所有される事にした。当時、神が多く産まれた故に、神同士が争い、そして大地が荒廃してしまった。人知を超えた力が衝突した結果、海は割れ、大地は干上がり、雷が絶え間なく降り注いだ。これでは、人間は生きていけない。


 剣は、神を殺す事で、力を取り戻そうと考えた。

 しかし、最近になり、想定外の事態が発生していた。

 時間と共に、地球において『神聖な場所』が無くなり、神が産まれるのに必要な『けがれ』が、一か所に集中する事がなくなった。

 そもそも『穢れ』とは、生物が死ぬ間際に発生する不浄な力。人類が地上で覇権を握る頃には、火葬や土葬という文化が定着し、生物が死に『穢れ』が生まれても、人間の手ではらわれるようになってしまった。土地が不浄でなければ、神は生まれない。

 神聖とは、不浄が無ければ発生しない性質であり、光によって影が生まれるように、闇がなければ光も、意味を持たないように。


(……穢レガ、満チテイル?)


 人間の娘、力なき神に連なる血を持ち、強い意志を失くした人形のような者。剣は、それを器に定める。


「神ノ欠片」


 所有者の前に現れた、神の力を宿した『剣』を操る者たち。


「捧ゲヨ」


 どれか一つを取り込む事で、今まで集めた分と合わせ、この世界に『創世神』を産み落とせる『力』が手に入る。自分の役目を終わらせる為に、剣は全ての力を使って、最後になりそうな『神産み』を行う。



 人間の少女が、諸刃の剣を抜き放つ。


「あっ……」


 生温なまぬるい液体が、周囲を赤く染めていく。勇者と呼ばれた人物が一人、命を散らす。


「何かが……入ってくる……嫌…………嫌だ……嗚呼、あああああ――」


 かんなぎの悲鳴。儀式の始まり。

 神が産声をげるかのように、強い神霊をその身に宿す役割を持つ者、一般的な呼び方をするなら、巫女みことでも呼べる存在の代わりに、少女に神を降ろさせる。


 喉が壊れるほどの断末魔を、理名はあげていた。精神が千切れるかのような、刃物でも鈍器でもない、純粋な『痛み』を感じて。

 苦痛と共に、神の力が身に付く。そういう儀式。

 既に理名は、痛みで意識を失っていた。


「精神ノ浄化」


 少女の身体が、勝手に言葉を紡ぐ。

 発狂すると、少女が持つ『剣』が意識を復元する。気を失っても『剣』が正気に戻してしまう。


「――――」


 既に、叫びですらない獣の雄たけびに聞こえる悲鳴。

 そして、周囲に炎が産まれる。肌が焼け、更なる苦しみが少女を襲う。


「――――……」


 気を失うと、強制的に覚まされる。生きているのか不思議な状態で、それでも少女は『正常』な精神を強制される。


「……待って、何をするの? そんなの、無理だよ、嫌、あ……」


 苦痛の末に、未来予知の力が、少女に宿る。

 力と同化を始めた少女は、その『剣』が次に何をするのか、未来が見えてしまう。


「っ――――」


 喉が壊れるほど、振動させる。死よりも恐ろしい現象が、これから起きると分かっているから。


 ――肉体が腐り始める。

 そして『産まれ』始める。魂と肉体の穢れをみそぐ為に。炭化した肌が、ぱりぱりとうごめき、そこからむしが――


「…………」


 言葉は出て来ない。精神が崩壊する。心が、これ以上の刺激を閉じようとする。

 だが、次の瞬間には、正気を取り戻す。当然、記憶を失う事も許されない。


「も、やめ……」


 呂律が回らなくなる。目を閉じようとしても、まぶたが消えたように閉じる事が許されない。事実、瞼だけが焼け落ちていた。

 焼ける音、瑞々みずみずしい音、何かがうごめく音。

 聞こえる度に、少女は苦痛を感じ、見えてしまった衝撃で心が砕け、また再生される。


「地獄だ……」


 かろうじて、修羅場を何度も経験している勇者が呟く。

 周囲でそれを見ていた者は、ほぼ全員が動けなくなっていた。その場で気分が悪くなり、嘔吐する者もいた。勇者や魔王と呼ばれる者たち、そして日本人が数名。

 彼らには本来、別の目的があった。

 勇者や魔王と呼ばれる異世界の者たちは、邪魔者の介入が無い内に、異世界へ繋がる『扉』を作ろうとしていた。

 もう一方は、超常現象の調査と、衛星写真で撮影された、元凶と思われる者たちとの接触。同時に、対抗できそうな戦力の護送と、彼らとの交渉、場合によっては殲滅するという任務。


「たす……けて……」


 少女だった塊が、救いを求めてうめきを上げる。それが切っ掛けであるかのように、少女の周囲には輝きが生まれる――。


「なに? この状況?」


 ――輝きの中から、人影が出てくる。

 そこには、杖を持ち、肩にはウサギを乗せた『少女』が現れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る