第37話 : ある魔王の、私的記録(裏話)


― 手記:魔王アーデルバイド・メーティス (私的記録)―



 全てを絶滅させたとしたら、結果的に何が残るのだろう? 人間に限らず、世界の全てを殺し尽くしたら、その罪はどれ程のものなのか。私には想像が出来ない。


 未来で生まれるはずだった、数十億か、それ以上か、人間以外を含めたら星の数ほどの生命を殺した罪は、誰が断罪し、償えると言えるのか。

 人類どころか、植物も、空も、大地も、全てが死滅した世界を作り出すほどの行いは、死後にどんな秤で、罪を計量できるのだろうか。


 結論から言えば、終末を迎えた世界において、罪は存在しないだろう。

 それを裁く『世界』が崩壊した後には、過去に積み上げた栄光や功績、文明、そして倫理や人権なんて、意味を無くすのだ。


 今となっては、滅亡した世界について、考える必要はない。私たちは過去ではなく、未来に責任を持たなくてはならないのだから。

 最後の力を振り絞って、私たちの故郷となる世界を維持しているのは、ひとえに『ダンジョン』という魔王の力と、神の力を宿した勇者の所持する『聖剣』の力を合わせて、かろうじて文明を保っている。


 勇者が率いる人間と、魔族や魔物を率いる魔王の陣営は、協力しなければ生き残る事が出来ない。故郷である私たちの『世界』は、半分が全てが凍り付く極寒の荒野か、もう半分は岩すらも燃やす灼熱の大地と化してしまった。

 それ以外にも、太陽の光は、緑を育てる暖かい存在から、生き物の身体を傷つける、恵みとは程遠い存在となり、空気すら、人間と魔族にとって、猛毒となる成分に変化した。


 人間も魔族も、豊かな『大地』と『太陽の恵み』が無ければ、生き続ける事が出来ないと、私たちは初めて、気付かされた。


 世界の各地で、ダンジョンを使った籠城ろうじょうを始めた当初は、これで安息の地を確保できたと、みんなが思っていた。

 だが、ダンジョン内部で消費していく『魔力』は、それまで大地に根付く草木や土壌、冒険にやってきた人間や、自然発生した魔物が外部から迷い込むことで、存在を維持していた。

 それが、大地が枯れてしまった事で、長期間の維持ができなくなってしまった。今は『魔力』の一部を、勇者の『聖剣』から供給し続ける事で、存在を保ているにすぎない。


 それでも、永久に続く焚火たきびが無いように、勇者の剣ですら、実は魔物を討伐したり、生き物を殺す事で、その生命力を魔力に変換してきて、存在を保っていたのだ。

 つまり、どんなに力を貯めていた『聖剣』であっても、いつかは消耗し、尽きてしまう資源となってしまったのだ。

 何もかも、気付いた時には、手遅れだった。


 では、何もせずに、傍観していたかと言えば、そうではない。

 私たちは『異世界への扉』を開いたのだ。


 指導者の立場にあった勇者と魔王は、これで解決できると喜んだ。しかし、世界を超えるという現象が、誰にでも可能である方法では無かった。

 まず、一定の力がなければ、世界を超える事が出来なかった。それも、勇者と魔王クラスの力を持つ者でなければ、世界の狭間はざまを認識する事が出来ず『異世界の扉』に触れる事すら不可能だった。


 色々と実験した結果、世界の狭間に『魔界』を作れば、一定時間、勇者と魔王以外でも世界を超える事が可能になる事が判明した。

 実験では、小規模で短時間の、代償が少なくて済む簡易的な『魔界』を用いたが、それでも力の消費が激しく、大人数を移動させる為には、勇者の命を代償に発動しなくてはならなかった。

 

 異世界へ通じる扉は、人間が存在する『世界』へと扉を繋げるが、私たちの誰も、その仕組みは分かっていない。

 伝承には、勇者が『神』から授かった魔法であるとされているが、少なくとも、同じ規模の魔法を、私たちの文明レベルでは、作り出す事は不可能だった。


 それはともかく。

 そうして繋がった異世界で、いざ『魔界』を作り出した時、唐突に邪魔が入ったのだ。

 敵となったのは、その世界で『魔法少女』と呼ばれる、まるで勇者や魔王のような力を持った戦士たち。それも、武力としては、何名かの勇者と魔王が力を合わせて、やっと拮抗するほどだった。



 ――私たちは結果として、その世界を滅ぼした。

 世界を滅ぼした事への罪は感じるが、そんなのは、全て終わってから考えるべき事なのだ。それに、仲間を失った恨みがある。そのせいで、魔界を作るための『材料』が、減ってしまったのだ。

 今は戦友である勇者を『材料』であると、割り切れていない者も存在するが、私からすれば、既に全身が血に染まった我々に、綺麗事を口にする資格や、余裕なんてないのだ。


 なぜなら戦力の補給が無い時点で、今のような籠城戦略が、いつまでも続くはずがなく、戦い続けるほど苦しくなっていくから。

 今は、勇者や魔王がこちらで力を回復し、戻って『ダンジョン』を維持する力に回しているが、日を追うごとにダンジョンが縮小していると報告が回ってきている。


 戦闘力が高い者は、二度目の『異世界』移動の際に、一緒に渡ってしまった『魔法少女』因子の討伐に乗り出しているが、こちらの最大戦力が魔法少女の世界に封印されている。

 最初は、順調に討伐が進んでいた。それは、この世界の仕組みをいち早く理解し、魔王による誘惑と洗脳により現地の協力者を得て、魔法少女の発見ロジックを見出したから。


 しかし、最近ではそれも、上手く機能していない。

 時間が無いという状況、不満を持った勢力による、過激な作戦の実行や、明らかに異常な戦力を有した『魔法少女』の登場。


 私たちは、どうすれば良いのだろうか。

 そもそも、魔法少女と敵対する事自体が、間違った選択だったと考えてしまう。

 今からでも、別の道を模索すべきなのだろうか。

 私には、分からない。

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