第33話 : 衣装の置き場所に困り始める


「せめて、私がもう一人いれば……」


 私は仕事を辞めてから、暇なはずなのに、やる事が増えていた。正確には、自分でやる事を増やしてしまっていた。

 私の配信アカウントに登録しているメールや、SNSでのメッセージが、一日にたくさん来るようになり、全てを確認している訳ではないが、応援メッセージだけでなく、他の配信者や動画投稿者からのコラボ依頼、企業からの仕事の案内や、自分を編集として雇って欲しいという者まで、全て見切れていないので、今のところは全て断っている。

 平日、仕事をしている時は、半分くらい無視していたが、配信以外でやる事が無くなり、メッセージの確認を始めたら、数が多くて忙しくなってしまった。

 最初は、私でも知っているような有名人から、気軽なメッセージが届いているのに返信したら、親切心なのか打算なのか、同業者や他のクリエイターを紹介されたりで、他人とのチャットや電話でのやり取りが増えてしまった。


(もう、全部無視しようか?)


 膝にシルフを乗せながら、私は二人で食べていたクッキーに手を伸ばすが、いつの間にか最後の一枚になっていて、仕方ないのでシルフに食べさせる。

 クッキーを食べるシルフは、見た目通りの小動物感が増していて微笑ほほえましいが、クッキーの食べかすが私の服についているので、苦笑いに変わる。

 後で掃除する手間を考えつつ、今はパソコンと睨めっこする。


(服、どこに仕舞おう……)


 暇なようで忙しい毎日で、もう一つ困った事がある。それは、衣装を収納するスペースが無くなってきたことだ。配信で得られるお金は、全て配信の為に使っていて、パソコンやカメラなどの機材や、新しい衣装を購入するのに使っている。あるいは、税金の事も考えて一部は貯蓄に回している。

 生活水準は、上がっていない。というより、魔法少女の姿でいる限り、今の環境で不快に思うことはほとんどなかった。


(もう少し、広い賃貸に引っ越すか……? でも、入居審査とか、こんな状態で通るのかな……)


 収入的には、問題ない程度はある。だが、職業が配信者とか動画投稿者というのは、問題がある気がする。

 こんな事なら、もっと想定して、事前に準備しておくべきだったか。今更な悩みではあるが、別に後悔している訳じゃない。

 撮影に使えるなら、レンタルオフィスなども一瞬考えたが、むしろ審査的な意味で難易度が跳ね上がるだろう。目的を聞かれても、素直に答えたからといって、理解されるとも思えない。

 やはり、同業者が多く所属するような、マネジメント事務所に所属するべきなのか。そうすれば、融通が利きやすい事もあるだろう。しかし、この姿で身元を明かせない事が、最大の障害となってしまう。


(倉庫かトランクルームでも借りようか……)


 レンタル倉庫なども考えたが、どんな選択にせよ、今度は保証人が必要になるだろう。


「一度、実家に行かないと駄目か……」


 私は特に、両親と関係が悪い訳じゃない。頼めば、トランクルームや賃貸の保証人になってくれるとは思う。両親は共に五十代だが、まだ仕事をしているので、基本的には大丈夫だと思える。

 だが、可能なのと、頼むのに躊躇してしまうのは、また別の問題である。


「魔法で、何とかできないかな? 服の置き場とか、広くて何もない空間を作ったりとか」

「出来るよ」

「え、本当に?」

「もっと、僕を頼ってよ!」


 シルフは胸を張って、何となく誇らし気な顔をしている。その姿が可愛くて、膝の上から、掬いあげる。


「あ……」


 思わず抱き上げようとしたが、クッキーの食べかすが床に散らばる。仕方ないので、ティッシュでシルフの口元を綺麗にしてから、自らの衣服や床の掃除を始める。


(色々と、ままならないな……)


 イメージとしては、配信者や動画で生計を立ててる人は、好きな事で生きている印象はあるが、様々な制約を受ける部分もあると感じた。それはきっと、先人たちが作り上げた職業としてのイメージが原因なのだろう。華やかに生きているようでも、光が当たれば影もできる。


(まあ、いいか)


 そんな些細な事は別にして、魔法で解決できる事があるなら、試してみるのは悪い事ではなかった。


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