第14話 : 希望


 音楽にも『ゴシック』があるのを知っているだろうか。

 あまり一般的ではないので、音楽関係のまとめ記事を見ても乗ってない事も多いが、例えば『ゴシック・ロック』とか『ゴシック・パンク』なんてジャンルがある。

 私がゴシック系の中で好きな曲は、ある意味で劇場型と表現するような、物語や童話をモチーフにした楽曲が好きだったりする。歌っていて、切なさを感じることがあったり、一連の中に起承転結が盛り込まれているから、読書に近い面白さがある。


「この曲、歌おうかな?」


 私は今、カラオケに来ている。さすがに往来でコスプレなんて出来ないので、ゴシック系の衣装を着ながら歌うなんて事はしない。

 同性からの視線、異性からの視線にも、それなりに慣れてきた気がする。外を出歩くと、私の姿が目立つのは今更だと思うので、良い意味で『可愛いから』だとポジティブに考えることにする。


「あんまり、人前だと歌えないんだよね」


 ここ数年、職場の同僚や友人を含めてもカラオケに行った記憶がない。だから、ほとんど『ヒトカラ(一人カラオケ)』だけど、誰かと一緒にカラオケに行って、歌いにくい曲というのは存在する。泣ける曲とか、良い曲だけど場を盛り上げるのに向かない曲もそれに含まれる。


「――」


 最近は、ヒトカラ専門店があったり、お店側にもヒトカラに対する理解が広がってきた気がする。場合によっては割高になるお店もあるが、きちんとプランとして設定されていれば、来店を断られることも無い。一人で来ることに対して、店員からの冷たい視線をここ数年は感じなくなった。


(この曲、もう忘れられてるのかな……悲しい……)


 案内された部屋にあったカラオケ機器には、オンラインで一定期間に何人が曲を歌ったのか、表示されるようになっていた。今歌っているのは、十年前に映画の主題歌に選ばれて、世間で注目された曲だったりする。ゴシック系の曲は、大衆受けするジャンルではないのか、あまり映画などに起用される事は少ない。ゲームや、戦記系のアニメだと起用される事は多いが。

 他にも、アニメやドラマの主題歌に選ばれた曲、ジャンルを問わず歌っているが、どれも五年や十年を経過した曲は歌っている人が少なかった。

 もちろん、世間で大人気になった曲は例外のように、今でもカラオケランキングの上位にいることはある。それでも、寂しいと感じてしまう。


(こういう曲、配信で歌えたら良いのに……)


 音楽は芸術であるが、現代ではたくさんのアーティストがいて、流行に近い扱いになっていると思う。深く、特定のグループを愛する人もいれば、映画やドラマの主題歌に選ばれたから、今はこの曲を聴いている、という人が多いように思う。それ自体は悪いことではないが、忘れさられる曲が多くなる。


(この曲は、私が好きだったゲームの主題歌かな)


 日本における音楽は、著作権を管理している団体が厳しく、忘れ去られる曲であっても、人前で歌うことが厳しく制限される。

 一応、動画サイトや配信サイトでも、運営会社が管理団体と提携している場合には、ガイドラインに沿った使い方をすれば歌うことは可能になる。しかし、音楽に関して素人が、ガイドラインをきっちり守ることは難しいし、何より音源を用意することが最も難しい。

 一部の人は黙認されていると、ガイドラインを守らない人もいるが、有名になったり話題になった時に、著作権に関して裁判になるケースもある。


「頼んだら、誰か作ってくれないかな……」


 一部の界隈では、厳しさが増すにつれて、利用に関して制限をつけない楽曲や、著作権フリーといった形で楽曲を提供するアーティストも現れてきた。私が配信で使うのは、こちらがメインになる。クオリティは、それこそ売り物になるレベルの楽曲も多い。ここで知名度を上げる人もいるが、どうしてもアーティストとして直接の収入にならない分、提供する側の負担が大きく、そういった活動は広がりそうにない。


「声劇でもやろうか?」


 ふと思いついたことを口にしてみたが、私の『声』を誰かに聞いてもらうのに、良いかもしれないと思った。歌うことは楽しいし、踊ることも楽しい。だけど、活動範囲を広げるのに、行き詰まりを感じているのも本当だった。

 まだ、未発表のコンテンツだし、動画サイトでアカウントを作り、それに上げるのも良い。私の偽物が何かしてきても、これなら対抗できるかもしれない。最初から想定していれば、手の打ちようはある。


(これから、どうしようか)


 そういえば、SNSのフォロワーが、五万人を超えていた。

 昨日、驚いたことにメッセージの中に、どこかの企業が「商品を紹介して欲しい」という『仕事』のオファーが含まれていた。受けるつもりが無いので丁重にお断りしたが、つくよみPさんの動画に出演したのをきっかけに、配信のコラボや動画に出演して欲しいというメッセージも増えた。


「何か、忙しい気がする」


 今の仕事は辞める事が決まったとはいえ、まだ普通に仕事をしている。休みや帰宅後、ライブ配信の準備をして、実際に配信する以外にも、SNSを確認したり、諸々の雑用が増えてきた気がする。魔法少女の体力がなければ、素の私なら根を上げていると思う。


 動画や配信を『本業』にする人の気持ちも分かる。一般的には「楽して稼いでる」と思われがちな業界ではあるが、やっていることは芸能人に近い。個人でやる場合には更に、一人で自分をプロデュースして、編集を雇う場合もあるが、自分でコンテンツを作成して、仕事の取捨選択を行う。これは、とても一人で完結できる仕事量ではない。

 だからこそクリエイター事務所があり、仲介手数料は取られるが、法務を含めたマネジメント作業の大半を引き受けてくれる存在は必要になる。今の私には、難しい問題ではあるのだが。


「――」


 せめて歌っている間くらい、そんな事は考えないようにする。

 私はやはり、この『声』が好き。自分で聞いていて、これ以上に嬉しいことはない。

 前に、シルフが気になることを言っていた。魔法少女の声には、微かにだけど『希望を与える』効果があると。心から絶望している人に、もう一度立ち上がる活力が戻るように。

 一応、既に希望を持っている人には、効果が無いとも言っていたが。


(私は今、最高に幸せだと思う)


 私は自分の人生に半分絶望していた。もし私の『声』に希望を与える力があるとしたら、最も恩恵を受けてるのは、私自身だろう。明日を楽しみにする気持ち、感情を表現する喜び、今まで感じた事がないほど日々が充実している。

 だから、私は今日も生きていられる。

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