第15話 : 新曲


 人は、何かと出会うことで『チャンスを掴む存在』であると私は思う。例えば、今まで無名だった人物が、何かに取り上げられた瞬間、それまでの評価が逆転する事があるように。

 一方で無責任に『努力は報われる』と教える指導者がいるが、努力し続けてもチャンスが来ない人物は、特筆した才能が無い限りどんなに頑張っても、本人が望む名声は手に入らない。


「本当に、私で良いんですか?」

『どうしても、貴女にこの曲を歌って欲しいんです』


 なぜ、このような事を考えているかと言えば、結果論とはいえ、私がそういう体験をしたからに他ならない。最近になってよく送られてくる『冷』宛のメールを見ていたら、題名が『お願いします。僕の作った曲を歌って下さい』から始まるメッセージを開いてから、ひとつの出来事が始まった。


『初めて冷さんの歌声を聞いた時、まるで雷が落ちたように、この曲が思い浮かんだんです! お願いします。どうか、この曲を歌って下さい!』


 割愛した部分もあるが、まるでラブレターかと思うほど、私の歌声に対する想いが書かれたメールだった。それだけなら、きっと普段の自分は無視していたと思うが、添付されていた曲を聴いた瞬間に、私も『冷に歌わせたい』と熱烈に思ってしまった。それほどまでに、素晴らしい曲だった。


 話は変わるが、インターネットで活動するアーティストというのは、総じてフットワークが軽い傾向がある。簡単ではないが、昔と比べて楽器がなくても、パソコン上でプログラムするように音楽を作る技術が発達し、誰もが特別な設備がなくとも高度な作曲を行えるようになった。

 また、合成音声により男女関係なく、ボーカルを付ける技術が発達した事も、ひとつの文化として定着するきっかけになったと私は思う。


「良いですよ。ただし、録音した音声を渡しますから、動画は貴方が作って、投稿して下さい。私は編集もできませんので」

『っ! はい! お願いします!』


 私はメールを返し、相手に連絡先を伝え電話で話している。ちなみに、相手の活動している動画サイトのアカウントを教えてもらったので、普段どんな曲を作っているのかは把握していた。

 趣味が合うようで、童話をもとにしたゴシック調の曲を作っている。少し雰囲気が暗いのと、盛り上がりに欠ける曲が多いのもあるのか、三桁も再生されていない曲が多い印象だったが、私は好みだった。


『歌詞は、アレンジしても良いです』


 もらった曲のテーマは、童話『不思議の国のアリス』なのか、白いウサギを少女が追いかけるところから始まっている。楽しさと切なさが同居する曲調に、喜びと恐怖が交じり合っていて、独特のメロディーが聞く者の感情を煽っていく。

 怖いのに楽しい、切ないのに面白い。


「四日後までに、音声とか動画を用意します」

『わかりました』


 それからは、私は曲を聴きながら、同時に踊りも付けたいと考えていた。衣装は何となく最近、気分で赤をアクセントにした派手なゴスロリを買っていたので、それを着て撮影した。

 壁に、カメラから向かって『グリーンバック』と呼ばれるように、緑の布を貼り付け、編集ソフトで消しやすい工夫をする。


 最近は特に、自分なりに『どう動けば可愛く見えるか』を理解してきた。動きが激しくない時は、曲線を描くように丸みを意識するようになった。

 切なさを表現するときは、胸の前で軽く手を握ったり、表情も、悲しげに目を伏せる事ができるようになったと思う。


「――」


 歌を録音したデータ、歌いながら録画した動画、背景をグリーンにして歌いながら録画した動画の、三つを最終的に用意した。


「冷、最近すごく楽しそうだね」

「そうかな?」


 シルフはその様子を、なんとも言えない表情で眺めている。変身前の私を知っているからなのか、それとも『歌って踊りたい』という部分が不思議なのか、その真意はわからない。

 私の根幹はやはり『リアルタイムに、冷を見てほしい』という部分が強いが『動画で見る冷』というのも、先日つくよみPさんの動画を見ていて、良いなと思った。編集が出来ないのと、専門の人を雇うにしても『匿名のまま、信頼できる人に依頼する』ことが難しいので、今はまだ考えられなかったが。


 メールで動画や音声のデータを送り、電話でその旨も連絡する。

 ちなみに、相手のユーザ名は読みにくいのだが『朱闇月あかやみつき』という名前を使っていた。


「冷ですけど、データ送りました」

『確認しました!』


 そこからは、早かった。二日後に、私にプレビューが送られてきた。公開のタイミングに合わせて、私も自分の持つSNSアカウントで、宣伝の意味を込めて動画のアドレスを呟いたりもする。

 嬉しいことに、最近は『冷の偽物』の存在が認知されはじめて、ついにSNS限定ではあるものの、アカウントが『なりすまし』を理由に凍結されていた。動画サイトの方は、未だに運営からのアクションは無かったりするのだが。


「……」


 人のえんに恵まれないと、どんなに素晴らしいものでも、日に当たらない。今回は私もそうだし、朱闇月さんもそう。

 公開された朱闇月さんの動画は素晴らしかった。SNSでは拡散され、動画もたくさん再生されていた。朱闇月さんは無名に近かったとは思えないほど、動画サイトでの登録者が増えていた。


 別にこれは、私の恩恵ではない。私には、あんな曲は作れないし、動画の編集技術もない。歌ったことが無関係では無いかもしれないが、朱闇月さんがいなければ、そもそも完成すらしていない。

 私の歌声が、誰かが躍進するきっかけになったとしたら、それは光栄なことだと思うが、同時に何か違うと思った。


「やわらかい……」


 布団の中でシルフを抱きしめながら、横になって携帯で動画を再生する。シルフが抜け出そうともぞもぞするが、苦しくない程度に捕まえていると、諦めたように体重を私に預けてくる。


「おやすみ」

「……おやすみ」


 眠気を感じつつ、私は心の中で、改めてシルフに感謝する。私の一番の幸運は、やはりシルフに出会えたことだと、実感する一週間だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る