第6話 : 出掛ける準備


 クレジットカードで買い物をした時、私はメールで通知が来るように設定している。

 ピコン、ピコン。軽快な電子音と共に、私は少しだけ後悔している事があった。


「買いすぎた……」


 衝動で、自分の身長よりも大きな鏡を買ってしまった。割れにくい加工が施されたもの、お値段は三万円。もっと安いものもあったが、デザインで決めてしまった。

 そして、それだけではなく、可愛いお財布が七千円、茶色のローファー(革靴)が五千円、レディースジャケットが五千円、黒のスカートが三千円、バッグが三千円、他に買ったものも合わせて合計は七万円を超えていた。

 やばい、クレジットの請求額がやばい。

 


「……何か、間違ってる気がする」


 翌日、大量に荷物が届く。置き場に困るほど、開封後のダンボールが積み重なっているのだが、それとは別に、盛大な違和感を感じていた。

 例えば、ジャケットに革靴、それは普段着に必要なものだろうか。嫌な予感がしつつ、私は週末に着ていく予定の服を試しに着てみた。



「私は仕事に行くのかな……?」


 服装が変わるだけで、見た目の年齢がいくつか上がった気がした。しかし、誰が見てもショッピングに行く者の格好ではないだろう。黒すぎて、むしろ礼服と言われても納得してしまいそうになる。

 例えば、ワンピースや、冬なのでニットの服なども選択肢に無かった訳ではない。この格好だと、足元が涼しすぎる気もする。

 だが、既に購入して袖を通してしまっているので、返品することもできない。


「どうしよう……」


 仕方ないので、買い物に行くお店のグレードを上げようかと迷い始める。ブランドショップなら、この格好でも違和感は少ないのではないだろうか? そんな、危険な考えが浮かぶが、ブランド品の相場なんて知らない。いきなり飛び込んで良い世界ではないと、思い留まる。


 ならもっと、カジュアルな服を買いなおすか? 一瞬だけ迷ったが、女性服を合わせるセンスが壊滅的なことに変わりなく、これ以上の冒険はしたくなかった。

 仕方ないので、この格好で行こうと覚悟を決める。


「はぁ……」


 着飾ることは難しい。季節や、場面に合わせて服を選ぶのが、こんなに難しいとは知らなかった。


 ふと、男性としての自分を振り返ってみても、休日はチェックの服とジーンズを着て、ただ外出するくらいしか考えていなかった。今まで、仕事以外で女性との接点は少なかったが、もっと身だしなみに気を使っていれば、結果は変わっていたのかもしれない。そんな反省点も思い浮かんできた。


 新しく購入した服を脱ぎ、下着姿のまま鏡を見る。そこには、自分自身が写っている。

 スタイルも良く、笑顔を作ればとても魅力的だった。今まで、ナルシズムを理解できなかったが、美しさは人を狂わせる。その対象が、自分自身であっても不変なのだと、今なら共感できる。



 外出する前に、一通り買ったもののチェックを済ませ、懲りずに通販サイトを開いてしまう。

 仕事ばかりで、今まで貯金してきたお金はあるが、ここ数日のペースで出費が続くと、いずれ生活が行き詰る可能性がある。

 マウスを持つ手を止めて、深呼吸してブラウザを閉じる。なんとか思いとどまることができた。


「冷、ちょっと魔法の練習するから、魔法少女の格好に戻って?」

「……今?」


 魔法少女の姿は、とても派手な造りをしている。コスプレ衣装も派手な見た目をしているが、ひとつだけ大きく違うところがある。

 ――脱ぎにくく、着ずらい。


 そう、魔法少女の衣装はとても着るのが面倒臭い。いつも、変身してから脱いで、コスプレ衣装やラフな格好で時間を過ごしているが、一日に何度も変身することは避けていた。理由は単純に、脱ぐのがとても面倒くさくて、変身を解けば勝手に再装着されるから、一度脱げば済むように過ごしていたのだ。


「別に、変身を解いて、また変身すればいいだけじゃん」

「また脱ぐのが面倒なんだよね……」


 私は心のなかで、変身を解くことを念じる。

 変身するときも、そして変身を解くときも、掛け声などは特に必要ない。



 今日は何度も、衣服を着替えたり脱いだりしている気がする。最初は気恥ずかしさがあったが、何度も繰り返している内に、そんな気分も消え去っていた。

 部屋の隅に脱いであった魔法少女の衣装が、変身を解除すると共に消えて、再度の変身で着た状態で再構築される。


 手袋やブーツは、表面に触れると硬い手ごたえがするのに、着ている時はそれを感じることはない。不思議な素材で作られている。


「簡単な魔法とかは大丈夫なんだけど、魔法少女の『戦闘衣装』は、魔法を使う時に少しだけ手助けしてくれる。特に転移とか、難しい魔法を使う時は、その衣装で練習した方がいい」

「分かった」


 今日は木曜日で、週末まであと一日ある。私は何度か部屋の中を、小刻みに瞬間移動しながら、魔法の使い方を練習していた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る