第6話転校生
「ねえねえ、今日転校生来るんだって!」
「そうなの? 女の子がいいなあ」
ライブの次の日、学校に行った俺の耳にこんな会話が聞こえてきた。転校生か。金持ちかな、金持ちだな。どれぐらいかは知らないけど。
チャイムが鳴る。教室の扉が開いた。
「今日は転校生がいるぞー」
周囲がざわつく。先生に続けて入ってきたその転校生はふわふわの巻き毛の黒髪を揺らしにっこりと優しそうな笑顔を俺たちに向けた。その顔を見て俺と俺の少し前の方に座っていた芽里が大きく目を見開く。
お前は。
「ごきげんよう。わたくしの名前は
高円寺初姫。高円寺製薬会社という国内最大級の製薬会社の、社長令嬢である。
俺と芽里の母親が経営するセイカという国内最大級のおもちゃ・アイドルファングッズ等のメーカーが日本で一番金持ち、つまり紗夜花家と蒼井家が日本で一番の大金持ちなわけだがうちの親は実名の苗字を公開していない。公開しているのかもしれないが、ほとんどの人は知らない。そして子どもがいることも非公開である。だから俺たち四人の存在はトップシークレットなのだ。だが向こうが俺たちのことを知らないだけで俺たちは初姫を知っている。なんだかめんどくさそう――というかまあ社長令嬢なんてほとんどめんどくさいのだが、まあとりあえず関わらないほうがいい人物だ。まあ俺たちは絶対に近寄らないつもりだがクラスメイト達はそんな事を知っているはずもなく……
「ねえ、あの子凄いおしとやかだね」
「可愛い」
そして男子も、
「うわ、美人じゃん」
「高円寺って高円寺製薬のことだよな?」
飛び切りの営業スマイルにみんないともたやすく騙されている。俺も確かに美人だとは思う。だけどやっぱり雪と芽里の方が可愛いし……
朝の会が終わり、1時間目までの休憩時間に入る。みんなが芽里のところに集まって行ったからだろうか。それは分からないが、俺の隣の隣の空いていた席に座っていた初姫がおもむろに立ち上がった。
「初めまして。お名前は何とおっしゃるのですか?」
芽里の周囲にいた女子たちが少しだけむっとした表情で初姫のほうを向く。本当に本当に小さな声で、不愛想に芽里は答えた。
「紗夜花……透……」
実際にはこれは緊張しすぎているだけである。
「まあ、透様とおっしゃるのですね。わたくしのことはぜひ初姫と呼んでくださいませ」
初姫、残念だが芽里は絶対にめちゃくちゃ仲いいやつ以外呼び捨てなんかしないぞ。
「ああ……初姫嬢……」
案の定芽里は初姫を呼び捨てにしなかった。それを聞いた初姫は少し不満そうな顔になったがすぐに笑顔を取り繕った。
「よければあとで校内を案内していただけませんこと?」
流石にこれは女子たちが黙ってないだろ。とびっきりの愛想笑いを見せながら一人の女子が初姫に声をかける。
「高円寺さん、透様はあまりそういうことはなさらないよ。孤高の存在だから良いの」
お前らそんなこと思ってたのか……芽里はそんなんじゃないけどな。
女子たちと初姫が静かに睨み合っている。この状況で突然、芽里のすぐそばの廊下に面した窓が開いた。
「透、次の授業は……」
授業が終わるごとにこの教室に顔を出す雫月。いつも通りやって来た彼は、初姫を見て声を失っていた。まあそれはそうだよな。
「ごきげんよう。透様のお兄様ですか? 転校生の高円寺初姫と申します」
「あ、えっと……まあそうだね……よろしく……」
歯切れ悪そうに返事をする雫月。そんな彼に初姫はさらに詰め寄った。
「お名前は何とおっしゃるのですか?」
「紗夜花……雫月……」
「雫月様とおっしゃるのね。素敵なお名前!」
芽里と雫月に何としても近づこうとする初姫にとうとう女子たちが声を上げる。
「高円寺さん、二人は私たちみんなのアイドルなの。距離感は適度に保ってくれる?」
すると初姫はおもむろにポケットから何かを取り出した。
「案内してくださるというのなら報酬はこれだけ差し上げますわ。皆さんにも一人これだけ差し上げますわよ?」
一万円札が三枚。ひらひらとみんなの目の前で揺らす。
お前なあ。百歩譲ってほかのクラスメイトはそれで釣れるけど芽里は無理だぞ。だって高円寺製薬って日本の金持ちトップ20位のうち、確か13位だろ? 金じゃどう頑張っても釣れないよ。
「……断る、金なんてどうでもいい……」
消え入りそうな声で芽里が言った。そこでチャイムが鳴ったので、初姫は仕方なく席に戻る。だが席が近いからか彼女の独り言が聞こえてきた。
「紗夜花透。私は社長令嬢なのよ。私と結婚すれば次期社長にしてあげるのに……そうね、あなただってすぐに私のこと好きになってくれるわよね」
芽里だってなろうと思えば次期社長だし社長令嬢だからそこで釣っても無理だけどね。
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