第73話 体制が整ってくる(不穏な気配付き)
ナラシチから、半分ほど住宅地化が済んだと報告を受けた日から一週間で、なんと野営地だったところは完全に住宅地化していた。
俺もざっと見ただけではあるけど、ガルスでも多く見られた木造のしっかりした家が普通に立ち並んでいて驚いた。
「少し早めにナラシチさん達を動かしたい予定が出来てしまいましたので、外からも人を手配して一気に進めてしまいました」
「そ、そうか」
拠点の広間で報告をしてくれていたセシルの言葉に、思わずどもって返してしまった。仕事のできる人ってなんか威圧感あるよね。
「大きな戦でもあるのかのぅ?」
セシルの言った予定が気になったのか、シンが疑問を口にすると、セシルではなくてナラシチが反応する。
「いえ、そんな大変な話ではないでやすよ。元々ガルスに居た時から受けていた各地の依頼が滞っていたものでやすから、セシルさんと相談してさばけるうちにまとめてさばいてしまおうということになりやした」
「そういう仕事も持ってこれたんだな。ガルスには後釜になる傭兵団とか入ってないのか?」
定期収入の種を持ち出せばあの領主は文句をいいそうだし、単純に困るから手放さないようにしそうだ。
「そりゃ代わりは据えたようでやすけどね、客の側がこれまでガルスに依頼していたのか俺っち達に依頼していたのかって問題でやすから」
信頼はしっかり勝ち得ていたから問題にならない、ということか。国内屈指の傭兵団という触れ込みは伊達ではないんだな。
「この辺りの細かい仕事はこれまで通り俺達とタラスで回せるから、それ以外は受けるかどうかの判断も含めてナラシチとセシルに任せるよ」
丸投げ、ではあるけどこれに関しては素人の俺が傭兵団の長として経験豊富なナラシチと、商人の家系で英才教育を受けたセシルに何をいえる訳もなかった。
「それでですね」
報告は終わりかと思ったところで、セシルが仕切りなおしてきた。別に深刻そうな雰囲気ではなく、むしろ楽しそうというか口角がやや上がっている。
「私達深淵邪神教団の本格稼働ということで、まだ形式上ですが組織を整えました」
「おん? 組織は教団じゃろぅ?」
「はい、その通りですが、その内部の事です」
俺もシンも何となく教団は教団として、俺達の下に集まった連中くらいにしか考えてなかった。というか、もっと正直にいうと何も考えてなかった。
「それで、どうしたんだ?」
「まずは私が取りまとめます経理や交渉を担当する部門、これを教団事務部、通称“ペンの持ち手”としました。元“銀鐘”の中からもある程度の人数を割いてもらいまして、今の規模であっても問題なく組織運営できる体制にはなっています」
なるほど裏方全般を担当する部門か。セシルがそれを統括するのも当然だし、フラヴィア商会にも当然顔が利く訳だから、必要な物の調達とかでも頼りになりそうだ。
役割はわかったけど、それより……。
「通称?」
「あった方が良いかと思いまして、所属する人員の意見を聞きつつ決めました。もちろんヤミ様の意向であればいつでも変更しますので」
「いや別に異論はないけどな」
「格好いいし問題などないじゃろぅ」
有名な傭兵には二つ名がついていることが多いようだし、この国の人は何というかこういうセンスなのかな。少なくともシンには受けているようだけど、俺としては少しくすぐったい。とはいえさすがにこの空気でそれは言い出せない。
というかセシルは俺の事様呼びだったっけ? いや……、もういちいちそこで引っかかるのは止そうか。邪神として崇められるのを受け入れたのは俺の方だしな……。
「それで俺っちは武力の担当部門を取りまとめやす。教団警備部、通称は“剣の振るい手”でこれはまぁ要するに元“銀鐘”でやすね」
“ペンの持ち手”に“剣の振るい手”か、経理は事務部の方なわけだから、やっぱりペンは剣より強いのだろうなぁ。いや組織内の派閥争いを生みそうなことは口に出さないでおこう。
「タラスはそこに入るのかの?」
シンが気になったことを聞いたようだけど、確かに形式上とはいえそうするのかな?
「いえ、タラスさんは教団執行部、“深淵の口”の所属です。これはシン様を頂点にした部門で、我々の崇める邪神ヤミ様の言葉を伝えると同時に、構成員の状況をヤミ様へ届ける伝達役でもあります」
「大仰というか、何というか……」
「わたしは“深淵の口”か、あはっ……、悪くない……、いや良いのぅ」
大仰というか、中学二年生の黒歴史的というか、まぁシンはお気に召したようだし、野暮はいうまいよ……。
「教団とする以上はこういった大仰さは必要ですから。実際のところ執行部はヤミ様達で主にこの村周辺での傭兵仕事を自由にして頂くための名義上の部門となります」
まぁ好きにさせてくれるけど、体面上の組織構造には組み込んでおくぞ、と。別に気恥ずかしいというだけで、嫌な訳では全くないから反対するつもりはない。
それにしても、アッシュ商会の復讐で襲撃を受けてから数週間、俺がのんびりと過ごしていた間に気付けば完全に邪神様として崇められる状況が完成しているな。
「まぁ俺はそれでいいけど……、今更だけど皆はいいのか? 邪神を崇めるとか」
ふと気になって聞いてみると、セシルとナラシチは顔を見合わせてきょとんとする。そんな「何言ってるのこの人?」って顔を二人してしなくても……。
「今更でやすねぇ……、俺っち達はそもそも邪神というよりガルスの英雄に惚れ込んでここまで押しかけて来た立場でやすし、むしろ受け入れてもらえて感謝してやす」
ああそうか、元“銀鐘”達はガルス領主とケンカ別れして来たのだった。
「私はしたいことを好きにやっているだけですし、トトロンで太陽教会にはひどい目に遭わされたので、あの人達がヤミ様を否定するようならむしろ全力で邪神崇拝します」
あ、根に持っていたんだ。……て、それはそうか、シンが気付かなかったらあの誘拐事件では犯人にされて裁かれていた可能性もあったし。
「あぁけどよく思っていない勢力はいるようでやすよ」
「何の話だ?」
そこで急にナラシチが何かに思い至ったようだった。
「警備部の巡回警備で、何度か不審な人物の目撃報告がありやす。この村を偵察しているようでやして、うちのベテランでも捕らえられないってことは野盗みたいな素人ではないでやすね」
「ガルス領主が腕のたつ傭兵を雇って探らせているのかな?」
「それが可能性としては高いですが、太陽教会や場合によっては国王の差し金かもしれません」
セシルの指摘で気付いたけど、国に目を付けられている可能性もあるのか。組織としては実質国内屈指の傭兵団の名義が変わっただけだしなぁ、それは気になるか。
「確かに、近頃不快な気配は感じておったのぅ。掴みどころがない上に、敵意ではなかったものじゃから捨て置いておったが」
シンも不穏な気配は感じていたのか、だとすると警戒度合いは上げておかないとな。俺の方は相当明確な敵意や害意じゃないと気付けないから、ここはシンと警備部頼りになりそうだ。
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