四章

第71話 王の座する都

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 王都スルカッシュは、スルカッシュ王国の中心であるから王都である。ならばその王都の中心部はどこか?

 

 「このオレのいる場所が中心、座る椅子が王座だ」

 

 益体も無いことを自問自答した男は、己の幼い行動に耐え切れず失笑を漏らす。

 

 「また唐突に訳のわからぬ独り言を……、どうされましたか、王よ?」

 「何でもないから黙って仕事してろ」

 「……はぁ」

 

 それ程広くはない王の執務室にある机は三つ。一つには部屋の主である王が肘掛けに寄りかかって座っている。

 

 残りの内の片方は今は空席で、最後の一つが王の相談役の席、意味の無いことを呟く王にも律義に反応する真面目な老人アカイブ・ゼンの定位置だった。

 

 白髪の老人アカイブは溜め息を吐いた後も、王から言われた通りに仕事へと戻る。王の元へ届けられる書状に目を通し、必要な事のみを直接伝えるのが彼の仕事だ。

 

 「そういえばなぁ……」

 「何でしょう?」

 

 いよいよ欠伸まで混じりだした王の言葉に、やはりアカイブは反応を返す。彼生来の気質によるのはもちろんではあるものの、それだけではなかった。

 

 「ヒカゲの報告聞いたぞ? ほら、ホルンとかいう田舎村の話だよ」

 「……むぅ」

 

 やはり来た、とアカイブは仕える王の行動を予見した事に、内心でささやかな満足を感じる。五十を過ぎても軟派な若者のような言動が抜けないこの王は、考え事をする際に口からはどうでもいい言葉が漏れることがある。今回は“それ”ではないかと感じてアカイブは身構えていたために返事が早かったのであった。

 

 しかしそれはそれとしてアカイブの示す反応は唸り声であった。王の話す内容を既に自身も承知しており、そしてその上で良い助言は持ち合わせていないという態度だ。

 

 「あの“銀鐘”まで動いてるとなるとさすがに無視はできんて……」

 

 相談役として不甲斐ないアカイブの態度を咎めるでもなく、王は心底面倒そうな顔をして言葉を続けた。

 

 「……では、続けてヒカゲに対処を命じますか?」

 

 ヒカゲは王直属の工作部隊の名で、その名は広く知られるものの詳細は王に近しいものしか知らない、情報収集と秘密工作の精鋭部隊だった。

 

 ヒカゲが動けば対象は人知れず消え去る、あるいは“偶然の”事故で衆目の中でその人生を終える。そう確信しているからこそ、アカイブは無視できないなら工作部隊を動かすのか、といっそ気楽に問い返した。

 

 しかしそれに対する王の反応はアカイブの予想と違った。普段は人の生き死にすら軽薄で面倒そうな表情をしたまま計算する王が、明確に苦渋の顔を示していた。

 

 その目の鋭さは王本来のもので、常に傍らに控えるアカイブですら長く見ていないものだった。

 

 「嫌な、予感がするんよなぁ……。ロクを動かして、もう少し探りを入れる」

 「ロク隊長を……!? ……、承知しました、王の御心のままに」

 

 ヒカゲの隊長であり、アカイブがこの世で一番恐ろしいと思う人物の名前がでたために、驚愕を飲み込むのに老獪な相談役でもしばらくの時間を要した。しかし結局のところ、この数十年相談役としての己の不甲斐なさを恥じ続けるアカイブは、その原因たる王には従うのみなのであった。

 

 表面上の軽薄さで、内なる底知れない聡明さを覆い隠すスルカッシュの現王にして賢王、その名をレイギーア・スルカッシュ・ソウロンという艶のある黒髪を綺麗に梳かした壮年の男は、にやけ顔の中にあっても見るものを震え上がらせる冷徹な瞳で、辺境の農村がある方角を見据えていた。

 

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