第61話 ホルンでの日常
「ホゥホキィ」
「機嫌良いな」
楽し気に鳴きながらとことこ付いてくるフックに、こちらも思わず笑顔となる。
「あれ以降はのんびりと過ごせて気楽だのぅ」
シンが眩しそうに目を細めていい天気の空を見ながら呟いている。魔獣オオカミをタラスが退治してからは俺達が働く様なことは起こってないから、実際のんびりと過ごせていた。
セシルは経理を中心に雑務全般を担当してくれているから、忙しいとはいわないまでもそれなりに動いている。そもそもフラヴィア商会の方も、名目上は辞めてこっちに移籍しているものの、小規模行商部門とやらの外部顧問という形で事実上の兼任状態らしい。引継ぎにもう少し時間がかかりそうとのことだった。
そして伸び盛りのタラスは自分を鍛えるのが楽しくて仕方ないらしく、時間を見つけては村近辺の野山を駆け回っているから、朝晩にしか姿を見ていない。
というか、野盗や危険な獣がでないのも、タラスが修行と称して狩りつくしているのではないかと、実は疑っている。さすがに魔獣とかだと報告を優先してくれると信じているけど……。
そして今村内を歩いている俺達は、散歩という訳では無く一応用事があってのことだった。まぁ、オオカミ討伐の報酬として普段使い用の木製食器をたくさんくれるという話だったので、村の職人がいる所へ受け取りに行くというお使いなのだけど。
「おや、ヤミさんにシンさん、この間はどうもありがとうございました」
「ホキ!」
「おっと、あの時はフック君が知らせてくれたそうですね。ありがとう」
声を掛けてきた農具を担いだ三十代くらいの男性が、フックとも親しくやりとりをしている。俺の知らない間にフックは俺よりもよほど村人達と仲良くなっているようだから、ちょっと複雑だ。この男性も確かオオカミの声を聞いてムジンと一緒に報告にきてくれた人だけど、それ以外に話したのは今が初めてのはずだ。
「まぁそれが仕事だからな。今もその報酬をもらいにいくところだし、えぇっと……」
「あ、名乗っていませんでしたね。僕はシュット、この村の教会で司祭をしています」
「おん? 司祭……?」
名前が分からず口ごもると、朗らかに自己紹介をしてくれた。けどシンが反応したのと同じ部分に俺も思わず反応して微妙な顔をしてしまう。
「はは、見えませんよね。僕もこの村にきて十年以上経ちますから、すっかりこっちに馴染んでますよ」
言いながらシュットが掲げた農具は、確かに程よく古びていて、服装も周りを行き交う村人たちと大差がない。
まぁ服装でいうなら、俺達もこの村に居ついてからはここで手に入る服を着るようになったから、こちらも同じなのだけど。とにかくシュットは例の白と薄黄色を組み合わせた司祭服を着てはいなかった。
さらにいうと、俺とシンが反応したのは服装が農民にしかみえないという理由ではなくて、太陽教会関係者ということそのものなのだけど、それは言わないでおこう。
「普段から農作業を?」
「ええ、この村に来た当初は布教活動ばかりして疎まれていたものですが」
照れたような笑いを浮かべてシュットはそんなことを言った。農業で生活しているこの村だから、太陽に感謝していない村人はいないだろう。けど、だからといってその感謝を表すためにあれをしろこれをしろと言われれば、まぁ嫌がられるだろうな。
歩きながら話していると、ちょうど差し掛かった建物は、ほぼ他の集落内の民家と同じ作りながら申し訳程度に小さく太陽教会のシンボルがついていることに気付いた。ホルンに教会ってあったんだな。
シュットはそのままその建物の入り口に近づいていくから、今は農作業をひと段落して帰るところだったらしい。
「その言い方だと、今は違うということのようだのぅ」
シンが言うと、シュットは開いた扉の中を示す様にしながら先ほどの照れ笑いを苦笑いへと変化させる。
「僕を送り込んだ王都の教会もその後一切干渉も援助もしてきませんし、この村では太陽だけではなく雨も土も信仰されていますから」
シュットが見せてくれた建物の中は、まるきり農家そのもので、教会としての機能は一切放棄しているようだった。信仰を冗談のネタにするくらいだから、シュット自身がすでに布教を疎んだ当時の村人と同じホルンの人間になっているということなのだろう。
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