第57話 問題は起こるに際して時と場合を選ばない

 「ホキ?」

 

 扉の隣の高い位置に設えられた小型の出入り口から入ってきたばかりのフックが、驚いているタラスを見て首を傾げる。まぁさっきの大声も入る前に聞こえていただろうし、なんだろうとは思うよな。

 

 「大丈夫だ。それよりどうした?」

 

 見回りと兼ねて村の周りを飛び回る空中散歩も楽しんでいるらしいフックは、普段はもっと遅い時間まで帰ってこない。

 

 「ホッホキィ」

 「何かいたのか?」

 「ホッキ」

 

 確認すると体ごと頷いたフックが、続けて町の西側にあたる方向を翼で指している。そっちに何かいたのか。

 

 この様子だとおそらくはただの獣じゃなくて魔獣がでたようだ。フックなら魔獣でも野盗でも対処できる実力があるのはわかっているけど、こういう時はよほど差し迫っていない限り報告に戻るように言いつけている。

 

 というのも、やはり万が一というのはありえるから、というのがひとつ。もうひとつの理由として、殆どの問題を発生直後にフックが軽々と対処し続けてしまうと、村人達から作物や日用品をもらいつつ拠点を構えて過ごしている俺達としてはなんとなく肩身が狭くなりそうだからだ。

 

 そんなこと気にするのもどうなんだろうとは思いつつ、いくら俺でもご近所付き合いは関係が良好な方がいいに決まっている。

 

 「と、鳥と会話している……!?」

 「いや意図を読み取ってるだけだって。まぁこいつはこっちの言葉を理解しているからこそ、やり取りが成り立つんだけどな」

 

 そういえば初対面か。

 

 「それとこのフクロウは俺の使い魔で、フック・ビー・ロウという名前だ。気軽にフックと呼んでやってくれ」

 「ホウ!」

 「ふ、フックさんですか、よろしくお願いします」

 

 大仰な名前に気圧されたのかタラスはぺこぺこしていて、フックは胸を反らして偉そうだ。なぜかさん付けだし。

 

 「それより、お仕事ですか?」

 

 冷静に状況をみていたセシルが確認をしてくる。そうだった、親睦を深めている場合でもないな。

 

 「おん? 魔獣のようだのぅ」

 「やっぱりか、じゃあ行こう」

 

 一瞬だけ目線を上げて気配を探っていたらしいシンが、さっきフックが指した方向をちらと見てからいった。俺にはうまく感知できていないけど、シンがいるというからには、いるのだろう。

 

 「フック、他に何か問題ないかを警戒してくれるか?」

 「ホッキ!」

 

 ひと鳴きして俺の指示を請け負ってくれたフックが、先ほど入ってきたばかりの出入り口から飛び出していく。

 

 「すぐ行くんですか?」

 「ああ、こういうのはこっちで勝手に対処してる」

 

 タラスが確認してきたのは、この村の人間に相談しなくていいのかということだろう。既に村まで敵が来ているのならともかく、普通は村の責任者と相談して簡単にでも依頼としてまとめてから傭兵は出撃する、らしい。

 

 けどこの村はある程度人口と面積は大きいとはいえ、まぁドのつく田舎だ。村長と村の有力者達、それとセシルの間で取り決めを緩く交わされていて、村の問題になりそうな獣とか野盗とかは俺達で勝手に日々対処する。代わりに村からは現物で色々とくれるし、もし村人と揉めたりして俺達の存在がここで疎まれたりしても、村長達がなんとかとりなしてくれることになっていた。

 

 まぁ細かくはあえて決めないけど、お互いの利になるように行動して共生していこうという感じの決め事だ。

 

 「どちらにしてもこの村にはさして金銭的価値のあるものはありませんから。ないものを搾り取って恨まれるより、あるものを適度に頂いて信頼される方が後の利になります」

 「は、はは……、そうですね」

 

 澄まし顔で合理的な事をいうセシルを見て、タラスがたじたじになっている。まだ“この”セシルには慣れない様子だ。

 

 ここでダラダラしている訳にもいかないな。とりあえずシンが感知した魔獣のところへ向かうか。

 

 「あ……」

 

 扉を開けようとしたところで、こちらへ近づいてくる気配があったことに気付く。当然魔獣ではなくて、これは村長のムジンだな。

 

 「おお、ヤミ殿!」

 

 そのまま扉を開けると、こちらに気付いたムジンがそう言いながら駆け寄ってきた。息を切らせて焦っているところを見ると、村の方でも魔獣に気付いたのか。

 

 「魔獣のことならこっちでも気付いてるよ」

 「魔獣!? 村の西側で農作業をしておった者が、オオカミの遠吠えを微かに聞いたと……、それでお呼びしに来たのですが」

 

 駆け寄ってきたとき以上に焦らせてしまった。なるほど、普通は鳴き声だけで魔獣とは分からないだろうし、分かるくらい近づいたのなら無事に報告に戻れないよな。

 

 狼狽えるムジンが後ろへ目線をやると、後ろからついてきていた三十代くらいの男性が口を開く。

 

 「ぼ、僕が聞きました。周囲の人達は良く分からないと言っていたのですが、あれは確かにオオカミの遠吠えで……。それも、群れの複数で応じ合う様なものではなくて、一吠え聞こえただけだったのが、妙に不安で……」

 

 普通の獣のオオカミなら群れでいるはずだから、確かに妙だ。もし魔獣化すれば強大になると同時に、大抵の場合は群れの仲間でも襲う程に凶暴化するらしいから、この人が遠吠えを聞いたオオカミというのがシンが感知した魔獣で間違いなさそうだ。

 

 「とにかく向かうから、ムジンは村の人を一応家の中に」

 「は、はいっ!」

 

 警戒の指示をすると、ムジンは報告してくれた男性を連れて走っていく。

 

 こちらはこちらでやれることに取り掛からないとな。

 

 「セシル、留守番頼んだ」

 「はい」

 「シン、それからタラス、行こう」

 「うむ」

 

 留守を任せるセシルに声を掛けつつ、戦える二人にも出発を促すと、シンはゆったりとした余裕のある動きで答えたものの、タラスはきょとんとした表情で動きを止める。

 

 そして俺の言った言葉を理解したのか、一瞬驚いたように目を開いたあと、嬉しそうに口元をほころばせる。

 

 「はいっ! 行きましょう!」

 

 タラスはトトロンで一緒に戦った時も十分に強かったし、唯一の欠点も克服したと自分で言っていたのに、戦力外扱いされないかと不安がっていたようだ。この世界の常識は俺やシンよりあるという意味でも頼りにしてるのに。

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