第13話 大商人からの頼み事
連れてこられたのは、大通りからは少し離れた小さな雑貨屋の奥だった。表の店内も気難しそうな男性店員が一人しかいなかったし、執務室らしきこの部屋も広くはない。とはいえ設置されている小ぶりな執務机や、今俺達が座っている応接スペースのソファやテーブルには安っぽさは全く感じない。というかむしろこの如何にもアンティーク感のある家具類はお高いのではないだろうか。
「まずは何よりお礼を言わせてちょうだい。娘を助けてくれて、本当にありがとうございました」
向かいのソファに座ったミリルが深々と頭を下げる。俺からするとたまたま通りかかって助けただけだったけど、その話を後から聞かされた親からすれば肝の冷える話だろう。
「そもそもどうして、あんな野盗が出るような場所を大商会のご令嬢が護衛一人で通っていたんだ?」
いまさらだけどふと疑問に感じたので、聞いてみる。すると、ミリルの眉間に深くしわが寄った。
「あの子、セシルは頭は良いのだけど見ての通りに気が弱くて交渉事は苦手なのよ。うちの事業は長女のトーリアが継ぐ予定だけど、だからといってセシルにもフラヴィア家の人間としていっぱしの商人になってもらわないと困るわ。そのための修行として王都学院を卒業したばかりのあの子に小さな取引を一つ任せたのだけど……、雇った護衛にだまされて帰り道で襲われたようね。あなた達もだけど、タラスさんがいなかったらと考えると本当にぞっとするわ」
「商人に向いていないなら、好きに生きさせればよいじゃろう?」
少し押しつけがましくも聞こえたミリルの言い分に、シンが口を開いた。ただ疑問に感じただけか、自由ということに関して思う所があるのかはその表情からは読み取れない。
「そうね……、普通はそうでしょう。けれど我がフラヴィア家は大商会の代表を務める家なの。本人の意思に関係なく周りはそう扱うし、明確な弱みがあれば際限なく付け込まれるわ」
ミリルの瞳は揺らぎが無く、断固とした意志の強さを感じた。それは信念とか誇りであると同時に、痛みの記憶故なのかもしれない。
「もしセシルのことを気にかけてくれるのなら、あの子本人から何かを依頼されたときには力になっていただけるとうれしいわ。もちろん、提示された報酬に見合う範囲でね」
少し目線の険を緩めたミリルが場を仕切りなおす様に、声を明るくする。後半に付け足した内容がいかにも生粋の商人という感じではあるけど。まあ、力にはなって欲しいけど、甘やかしてはくれるな、という事なのかな。
「とはいえ、まずは私の力になってもらえないかしら?」
お礼を言うだけならあの場でも良かっただろうから、これがここまで連れてこられた理由だろうか。
「内容によるかな」
「そうね、依頼内容そのものは難しくないわ。商会で所有している遺跡発掘現場から貴重な品が発見されたから、それを受け取ってトトロンまで持ち帰って欲しいのよ」
「貴重品を狙う輩を追い払う程度の武力ならあるじゃろぅ、大商会と聞いとるが?」
シンからの返しに、それが問題だというようにミリルは手を組んで息を吐いた。
「そう、商会お抱えの傭兵部隊があるわ。けれどここから話すことが本題なのよ」
不穏な話になってきたな。
「フラヴィア商会としてはいくつか遺跡を調べて過去の遺物から有用なものを得ているのだけど、最近になって遺物の輸送中に襲撃される事件が起きているのよ。傭兵の被害も大きいし、なにより襲撃された際には確実に遺物を持ち去られているわ」
それで大勢の野盗を容易く消し去った俺達を、実力者と見込んで頼んでいるわけか。
「それは俺達だけでってことか? それとも護衛の護衛としてついて行くとか?」
「あなた達は信用できると判断しているし、二人だけでお願いするわ。生き残りの証言から襲撃者は少数精鋭だったらしいの、数を用意しても被害が増えるだけね」
ふむ……、断ろうかな。ただただ面倒そうに感じる。
「なあシン、ここは……、どうした?」
見るとシンは何か感じたように目を細めていた。神秘的な銀の瞳がその透明度を増しているようにも見える。
「ヤミよ、この話受けるぞ」
「……?」
シンの発言は根拠どころか理由すら説明していないけど、完全に決定したうえで言っているようだった。
俺の方としても断るのは強い理由があったわけではなくて、面倒そうな話を受ける理由がなかったことが理由だった。だからその理由がシンの中にあるのであれば、受けるということで異論はない。
「わかった、そうしようか」
軽い調子で同意した俺に、シンは少し嬉しそうな表情でこちらを向き、口元を改めて引き締めてから頷いた。
「……? 感謝するわ。それじゃあ詳しい内容を――」
明らかに俺が断ろうとしたところからあっさり意見を変えるやり取りに、ミリルは怪訝な顔をした。しかし気を取り直したのか、そこには触れずに具体的な説明を始めたのだった。
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