あ、現金でお支払いですか? お札? ならば死ね!!!

ちびまるフォイ

殺人樹の暴走

それは朝のニュースにはあまりにショッキングな映像だった。


『うあああ!! 助けてっ……ぎゃああーー!』


動画サイトの配信者が大木の枝に抱き込まれ、

樹の幹でメキメキと体が砕かれる音声が録音されていた。


『現在、樹が凶暴化して人間を襲う事例が相次いで報告されています。

 市民のみなさんはけして樹に近づかないでください!』


ニュース速報は政府からの正式避難勧告よりも早かった。


「あなた、もう仕事にいくの?」

「ああ、殺人樹事件でお役所は大忙しだからな」


「パパ。今週はお休み取れる? サッカーできる?」


「……ごめんな、ちょっと難しいかもしれない。

 パパはこれからみんなを安全にするためにお話しにいかなくちゃなんだ」


「あなた気をつけてね、樹にだけは近づかないで」


道の横に並ぶ街路樹にはKEEPOUTと赤い三角コーンで囲まれ、

樹が襲ってくる範囲に人が近づけないようになっていた。


タクシーで役所に向かうとすでに天地がひっくり返ったような大騒ぎ。


「だから! 峠の道路はさっさと封鎖しろ!」

「田舎にいる人は仮設住宅に避難誘導だ!」

「犠牲者の名簿の共有急げ! 情報まだか!」


電話は鳴りっぱなし。

食事を取る時間も寝る時間も惜しんで避難指示や作業を優先した。


「おい、田中はどうした? さっきから姿が見えないんだが」


「田中なら仮設住宅の住民届けの書類をとりに倉庫行きましたけど」


「たかが書類を持ってくるだけだろう? こんな時間かかるか?」


「疲れて寝てるんじゃないですか?」

「猫の手も借りたいっていうのに……」


地下倉庫に向かうと、ドアは開きっぱなしだった。


「田中、サボってんじゃ……」


倉庫は惨状になっていた。


田中は大量の書類から生えた根や枝に絡め取られて、

体のあらゆる関節はおかしな方向に捻じ曲げられている。

おへそとは正反対に曲げられた頭はまっすぐこちらを見ている。


「あ、ああ……」


助けを呼ぼうとケータイを持とうとした瞬間、

紙から伸びた枝がこちらに迫ってきた。


「うわ!!」


慌ててドア締めて鍵をかけたが、ドアの隙間から少しずつ枝が入ってきている。


「おい!! 紙にさわるな! 樹からできているもの全部危険だ!!」


部屋に戻って伝えたときには聞いている人はだれもいなかった。

紙から伸びた枝に貫かれている者。

紙コップを持った手から根が体に侵食して体の内側をズタズタにされたもの。


さっきまで騒がしかった事務室は大量の死体が並ぶ惨状になっていた。


「そ……そんな……」


殺人樹はどんどんひどくなっていっている。

最初はただの樹だけが暴走しているだけだったが、

すでに紙をはじめとした樹が原料のものも危ない。


「俺の家……フローリングだ……!」


すぐに妻に電話をかける。


『あなた、仕事終わったの?』


「それどころじゃない! 速くその家から逃げるんだ!!

 危険なのは樹だけじゃない! 樹の製品も危ない!!」


『い、一体何を言ってるの……?』


「なんでもいい! 理解できなくてもいい!!

 今はただ子供を連れて逃げるんだ!

 俺の実家の住所をおくる! あそこはコンクリートづくりだから安全だ!!」


切羽詰まった様子に察したのかそれ以上聞くことはなかった。

妻はただ「わかった」と一言だけ言っていた。


俺はよりひどくなっている状況を伝えるべく本社に急いだ。


「殺人樹がさらにエスカレートしている、だと?」


「はい、危険なのはもはや樹だけにとどまっていないんです!

 紙が人を殺すんです!」


「そんな馬鹿な……」

「どうやら本当のようです」


秘書はSNSの映像を見せた。


スマホで撮られている映像では演奏会の発表中に、

楽譜から伸びた根が演奏者を超えて観客に襲いかかるものだった。


「このまま放置しておけば、ますます犠牲者は増えます!

 それに紙は樹と違って風で移動する可能性があるんですよ!?

 窓から入った紙切れで自分の子供が殺されてもいんですか!?」


「し、しかし……紙で残されている貴重な蔵書だってあるんだぞ!?

 木でできた伝統的な歴史建造物だってある! 絵画だって紙製だ!

 君はそれらすべて燃やしてしまえというのか!?」


「命より大切なものがあるんですか!?

 樹が人を殺す以上、紙で残しても人はもう近づくことはできない!」


「少し……考えさせてくれ」


ボスは一息つけようとポケットに手を入れた。

机のスマホの横に置いたのはタバコだった。


「ちょっ……なにやってるんですか!?」

「え? あっ!」


紙巻きのタバコは瞬時にボスへと襲いかかった。

気づいたのが早かったためライターで燃やして一命をとりとめた。


「これでおわかりになったでしょう!?」


「ああ……骨身にまで理解したよ。世界焦土作戦を開始する!!」


ボスから放たれた政令によりあらゆる樹の製品は燃やされた。

たとえそれが貴重なモノでも例外ではない。


図書館は大量の蔵書とともにお焚きあげされ、

田舎の木造の家は跡形もなく焼け落ちた。


役人たちは自分の担当区画に割り当てられて、

そこにマークされている木々を焼き落としながら

家屋などに見落としがないかパトロールすることとなった。


「いいか。樹は近づきすぎなければまだ安全だ。

 樹の攻撃範囲に入る前に、このレーザー発火装置で遠くから燃やすんだ」


「「「 はっ! 」」」


自分の担当区画はちょうど実家の近くだった。

各担当者の土地勘が生かせる場所にしたのだろう。


緑豊かだった実家近辺をまるで戦後直後のような状態に変えていた。

最後の樹に差し掛かったときに手が止まった。


「この樹……懐かしいな」


最後に残ったのは公園の広場に生えている大木だった。

遊具に乏しかった公園ではこの樹が唯一の遊具でよく登ったりしていた。

それはまるで相棒であり友だちの一人のような距離感だった。


発火装置を構えて照準を合わせる。

頭には昔の思い出が今になって蘇る。


「だめだ……やっぱりできない……」


発火装置を下げてしまった。

樹の攻撃範囲外には三角コーンを置いて、KEEPOUTのテーブで囲った。


渡されていたマップデータをタッチ。

マップには「作業完了」のチェックマークが重ねられた。


本社に戻ったのは自分が一番最後だった。


「みんな、作業お疲れ様。全員がすべての樹を根絶してくれた。

 これでもう市民の安全は確保できた。だがこれで終わりではない」


「「「 はい! 」」」


「……とはいえ、今日は全員帰ってゆっくり休むと良い。

 これからは樹を失った人のアフターフォローで忙しくなるからな」


何十連勤かもわからなくなっていたのでこの言葉はオアシスだった。

実家のマンションに戻ると、妻が青ざめた顔で玄関に立っていた。


「あなた……うちの子がいないの……迎えにいったと思ったんだけど……」


「え!? ケータイは!?」

「なにも持ってないの……スマホは家にあったもの……」


「うそだろ……」


ライターやナイフがあれば枝や根を切ることができる。

手ぶらで子供だとどうしようもない。


そして、自分の思い出のために残していた樹を思い出した。


「ちょっと行ってくる!!!」


どうしてあのとき燃やしておかなかったのか。

命が大事などと熱弁しておきながら自分の思い出を優先してしまった。

もしも、それで息子の命が失われたら自分で自分を許せない。


嫌な予感はあたってしまった。


「離れろ! その樹に近づくんじゃない!!」


公園には息子が読めないKEEPOUTの英字テープを超えて木の幹へ。

息子は声に気づいてのんきに手を降っていた。


「あ、パパ! 新しいおうちの近くを探検してたんだ!」


「いいから早くこっちへ来るんだ!!」


すぐに樹を燃やしたいが息子が近すぎて燃え移る危険がある。

こっちの気持ちも知らずに息子は新しいおもちゃを見るように樹へと近づく。


「ぼく、こんなに大きな樹はじめて見た」


「樹にさわるな!! 殺されるぞ!!!」



……が、樹は何もしてこなかった。


息子が何度樹の幹を叩こうとも登ろうとも動かなかった。

老若男女を見境なく肉塊に変えた殺人樹の面影はなかった。


「この樹は安全なのか?」


自分が攻撃範囲内に入ると樹がぎしっと動いたのですぐ引いた。


「パパ、なにやってるの?」


「ぱ、パパもそっちへ行きたいんだけど

 その樹さんがパパのこと嫌いみたいで……これ以上進めないんだよ」


「だって、パパは樹の嫌いな電気を持ってるもん」


「……は?」


レーザー発火装置を置き、スマホを置く。


一歩進む。

樹は動かない。


一歩進んでテープを超える。

樹は動かない。


一歩進む。

葉が風で揺れるだけ。


ついに樹に触れてしまう。

樹はなにもしてこなかった。


「ね? 大丈夫だったでしょ。

 ……パパ? どうして泣いてるの? どこか痛いの?」


「パパ……パパはね……大事なもの全部……燃やしちゃったんだ……

 こんな……こんなことで防げたなんて……」



その後、街は鉄とコンクリートだけに囲まれた灰色の都市として生まれ変わった。

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