ケチャップ顔のキミ

ふり

公園の多目的トイレにて


 疲れた疲れた。ハァー心底疲れた。気軽に女装なんてするもんじゃない。


 ましてや、デートっぽいことをしてはならない。罪悪感で胸がいっぱいになる。


 相手は身長が180センチはあろう美男子。ソース顔まではいかないけど、それより少しばっかりあっさり目の顔――ケチャップ顔だ! そうだそうだ。雑誌で読んでなんじゃこりゃって思ったんだっけ。


 イケメンの格好なんてシンプルにTシャツにパーカーにジーンズ。いかにもモテますよぉーなんて出で立ちなんだもんなぁー。それがモテないからってネカマをやってる俺に、デートの練習をしてくださいなんて言ってくんだもん。世も末だわ。


 まあ、俺も俺で中途半端に興味があったし、ネカマをして貢いでもらうには勉強せにゃならんかったし。何より自分で言うのもアレ過ぎるけど、女装映えする顔だったからやるしかなかった。


 そらがんばって練習したよ。反吐が出るくらいぶりっ子のマネをしたさ。動画にとって確認したさ。最初はモニターを全力でグーパンしたかったさ。でも耐えたよ。三桁ぐらいやったら慣れたよ。人間ってすごいね。ネカマだからって、安易にぶりっ子キャラにしなきゃよかったって1万回は思ったよ。


 血の滲む努力と、己の尊厳が砕け散る一歩手前まで追い込んだおかげか、デート中は女子力を発揮できたと思う。さすがに手までしか繋げなかったけど、彼にはいい練習になっただろう。


 イケメンの彼は彼で、エスコート自体に慣れていなかったらしかった。雑談に夢中で目的地を通り過ごしたり、バスや電車に乗り過ごしたり、道を間違えたりと散々だった。ある意味俺でよかったよ。そのへんの女子ならプッツンしてもおかしくなかったから。いくらイケメンでもここまでの失態は許されないだろう。


 いやでも、不覚にもキュンとしてしまったのはなんでだろうか。本来の俺の気持ちなのか、ネカマのキャラの気持ちなのか。……ま、あれぐらいイケメンならそうなってもいいか。


 よし、メイクは完全に落としたし、着替えはスーツケースにブッ込んだし、そろそろトイレから出るか。いくら人があまり来ないからといって、多目的トイレだし。あまり長居しちゃいけないよな。よしよし、トイレから出たら俺は男だ。男に戻るんだ!


 扉を開ける。すると、少し離れた所からスーツケースを引いてやってくる男が――って今日デートしたイケメンだ! え? え? どういうことだ!? 


 混乱している俺を一瞥して、イケメンは多目的トイレに入っていった。入って「おまえだよなぁ!?」って聞くわけにいかんし……少し泳がせてみるか。




* * *




 物陰に潜んでから10分ぐらい経った。なかなか出て来ないなーと思ったら、スーッと出てきた。なんだあの美人!? 栗色のボブカットに、薄いピンクのロングのロングスカートにグレーのニットだと……! まんまモデルのスタイルじゃねーか。どういうことかお話を伺ってみようじゃないの。


「おい」


 美人が素直に振り返る。案の定、怪しい男に警戒しているらしかった。仕方なく、自分のスーツケースを開けてカツラを装着する。


「璃未(りみ)ちゃん!? どうして? どういうことなの!?」


 一発で混乱に陥る美人。ネナベネームはダン。俺が聞きたいわ。カツラを取っ払いながら、


「とりあえず落ち着いてくれ。あそこのベンチで話そう。お互い騙し合ってた加害者であり被害者だ」


 美人はしばらく俺を見つめて固まっていたが、脳の処理が的確に行われたらしく、うなずいて従ってくれた。

 話によると、幼いころからバスケをしていたせいか、いつごろか身長が伸び始め、女性らしさよりもかっこよさが先行してしまった。仲の良い友達からは男装を勧められたものの、断り続けてきた。でも、いつかしてみたい! とは思ってたらしい。どこまで通用するのか純粋に気になる。ただ、友達と出かけるんじゃ、普段の自分を知ってるからおもしろくもない。そこで、ネナベをしてたネットゲームで仲の良かったネカマの俺に白羽の矢が立ったのだった。

 美人――留奈(るな)の話に何より驚いたのが……


「おまえ年下かよ!?」

「はい、高2の16歳です」

「何を食ったらそんなに大きくなれるんだ?」

「好き嫌いなく、満遍なく食べてたっぷり睡眠を摂ってます!」


 そりゃ、デカくなるわ。失礼ながら胸はないけど。栄養の分配ミスだな。うん。


「璃未――じゃなかった成司(せいじ)さんにお願いがあるんです」

「なんだ?」

「友達をアッと驚かせたいんです! これからも男装女装でデートの練習をしてくれませんか!?」


 ぶっ飛んだ提案をしてくれるなーこの3個下のお嬢ちゃん。眼がマジだし、ここは付き合ってやるか。


「いいよ。どうせ暇な大学生だし」

「ホントですか!? ありがとうございます!!」


 手を取ってギュッと握りしめてくる。痛い。めっちゃ痛い。けど悪い気はしない。なぜなら、美女とイケメンに関わり合いになれる俺(あたし)は幸せなのだから。

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ケチャップ顔のキミ ふり @tekitouabout

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