第五夜 欺瞞

「手荒な真似してごめんね、寿禾しゅか

の無茶には慣れてるから平気。まぁ真剣ソレが飛んできたときは流石にびびったけどね」

「それでも、続けてくれるんでしょ?」

「勿論。姫がそれを望むなら」


 早駆けによってあっという間に強羅から凰都へと戻った王女は、屈託な笑みを浮かべて少年を拘束から解放した。自由になった身体を馬上で器用に伸ばした少年は、あの仕打ちをまるで気にしていないとばかりに愉し気に笑って答える。畏ったりすることもなく。それもそのはず。この二人は友達同士。そしてその不穏な会話の通り、少年の出国から咎人の確保まですべては王女の計画、否、お芝居だったのだから。


 勿論、少年が王女の協力者であることも含めてこの二人だけの秘密で、誰にも口外できるものではないけれど、最終的に丸く収まるのならどんな手段を使っても――たとえそれが人道に外れていようと不問に付されるのだ。


 国の憂いが、それで晴れるのならば。


「ところで、あの王子様はなんで陽華のことをって呼んでたんだ?」

「んーー……この金糸と碧眼は役に立ったってことじゃない? 強羅には王太子が行く予定って連絡を入れてあったし、彼とはかれこれ五年くらい会ってなかったしね」

「えー見る目ねぇなぁ……見た目も雰囲気も確かに王子様オニイサマと似てるけど、中身は全然違うのにな」


 王女が取った間を気にすることなく、だから手の平の上で転がされてるって気付けねーんだ、と少年が肩を震わせた拍子にクセの強い銀糸が揺れる。それだけ関心を持たれてないってことだね、と王女も同じように肩を震わせた。まぁ、それだからスムーズに事が運んだんだけど、と。


「殿下、ご無事のお帰りお待ち申し上げておりました、お疲れ様にございます」

「毎回手回しありがと、十九翔つづと


 後立州の中心まで戻ってきても王女は馬を降りなかった。ただ、ふわりと微笑む王女に公使はお役に立つことができ幸甚に存じます、と深々と頭を下げる。


 このまま王都へ戻るつもりだと悟った少年がひょいっと馬から飛び降りて、次は何をすれはイイ、と得意げなオッドアイを向ける。

 それにはスッと細めた碧眼を絡めて、呉越公国だと思うけどハッキリしたら文を送る、期待しているよと口が動かした。


「じゃ、事後処理宜しくね」

「かしこまりました」

「ってか陽華はなんでそんなにお急ぎ?」

「早く国王ちちうえに報告しなきゃだからね」

「なーる。因みに、王子様の手柄にしとくんだろ?」


 貴族でもない少年が王族に対してタメ語を使っているところからも分かるが、両者の親密性が手に見て取れる。

 どこまでも愉しそうな少年の軽口に、薄い唇で綺麗な三日月を描いて——王女は何も言葉にすることなく馬の横腹を軽く蹴った。


「ちょっと、そこのお方……凶相が出ていますね」


 そうして、休憩を挟みつついくつめかのまちを立とうと馬に飛び乗ったところでかかった低い声に、王女はゆるりと振り返った。名前を呼ばれたわけでもないのに自分にかけられたのだと思った訳は、その人物の周り避けたように誰もいなかったからに過ぎない。


 黒い兜巾とフェイスベールでは隠しきれない碧眼が向く。


 筮竹という占いに使う竹串のような道具の束を擦る度にギジギジとどこか不気味な音が鳴る。それは易占に使うモノだった。

 王女が着ているよりもずっと古ぼけた灰色の襦褲の上に、繕った後が目立つ煤汚れた布地に頭の通る穴を空けただけの簡素な貫頭衣を羽織った姿が余計に妖しさを際立たせていた。


「易者が相占の真似事とは、慮外を働いてるね。それとも、本当は相者とか?」

「えぇえぇ、おっしゃられます通り専門は相占にございますとも。ところで、足を止められたのは、心あたりがおありと思って宜しいですか?」

「当たらずとも遠からず、ってとこかな。だけど、生きてればそんなもんでしょ?」


 相者は王女の挑発じみた軽口にも動じることなく、手もみを繰り返しながらにこやかに応じる。そして、更に煽るように首を傾げれば無造作に伸びた前髪の隙間から漆黒の眼が覗く。

 王宮にもお抱えのの占卜師がいる為、王族が下町にいる占い結果に耳を傾けることは基本ない。


 けれど、王女は気まぐれにまぁそうですけどね、と意味深な返答に他にも何かあるんだ、と続きを促した。わざわざ兜巾とベールを外し、その口元に愉しげな笑みをたたえて。

 そこで漸く、碧眼にやけに虚ろな黒眼が絡んだ。


「そうですねぇ。ではまず、お名前を頂戴しても?」

「凰 。何、もしかして占命も出来ちゃうとか?」

「いえいえ残念ながら。けれど、分かることもあります。例えばそう、あなたには偽りがない代わりに、誠もありはしない。事を為す時には、善も悪もない。有るのは……無、でしょうか」

「ナニソレ」


 マジマジと見られながら真顔で述べられた言葉に、王女は不満を露骨に表した。


 王太子の名を口にしたのだから、前半はほぼその通りだといえる。たとえ偽りであっても、王族が応と言えばそれは誠になる。もし、疑念が湧き出したとしてもそれを口にした時点で、王族を侮辱したとして謀反者となるのだから。それが王太子なら、尚更だ。


 善悪についても、無いわけではないにしろ、それが悪であったとしてもその時一番良い手段なら確かに行使する。

 協力者の少年に窃盗の現場に行かせることで証人の誘拐を発生させ、取締りを理由に町中で剣を取り事態を一掃した……先の件がイイ例だ。

 とはいえ、誰一人として納得しない事などするはずもない。


 それなのに相者は、心外とばかりに黒ずんだ顔に苦笑浮かべた。


「伝え方を誤ってしまったようですね。けれど王子あなた様がかれるは、虚無の道。ゴールにはたどり着くことはない。また、王子様は仲間外れ……と言えば、良くない言い方になりましょう」

「ナルホド? なかなか興味深い見解だね。先見の能力でもあるの、って気持ちになる。だから暴言については、更なるうらない暴言けっかで許してあげるよ?」


 合点がいったとばかりに負の感情をあっさりと引っ込めた王女は、柔らかい口調で脅迫じみた言葉を続けた。

 癖のように口元に人差し指を当てて、金糸がサラリと流れ落ちる首の傾げ方は、お決まりの角度。もし音になったのが告白のセリフだったなら、相手は一発で堕ちるだろうあでやかな笑みを浮かべて。


「これは参りましたねぇ……あなた様の凶相は、いくつか悪巧みを抱えていらっしゃるご様子から申し上げたもの。お上手に隠されてるようですが——その殺気、ソウは誤魔化せません」

「ふぅん? 因みに、それって吉になる?」

「あなた様は境界線が曖昧で非常に危うい。凶相を死相に変えることの無きように」


 相者は一応、言葉を選んだようだが王女の問いに応と答えることは無かった。

 悪い運勢を取り除けないと知ったというのに王族に取り入ろうとすることのないその姿に、王女は満足そうに頷くと興は失せたと兜巾とベールを付け直す。


 報酬に酒をと差し出しかけて嗜みませんのでと先にすっぱりと断られれば、賢明だとへらりと笑って。

 馬に飛び乗ってはよく励めよと、帝国で流通している金貨を放り投げ、横腹を蹴る。


 残された相者は遠ざかっていく背に、吉相に変えてみなされと小声で吐き捨て口角の片方を上げた。



 それから数日後——国王が、急逝した。

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