15.真知山芽衣の勧誘

 真知山芽衣は怪人結社という名称を口にした。

 それは良く言えば市民活動家の集まりだけれど、そうでない集まりもあると聞く。

 芽衣のいう怪人結社は、たとえばこないだバスの中でハッキング広告をしてきた人たちだろうか?


 人の集まりは、ピンきりだろうし、そもそも、私は保護とか差別とか、そういうものに対して、残念ながら何の思い入れもない。もちろん、目の当たりにしたら、それなりのリアクションはとるだろうけど。

 私は、興味がないが故に、芽衣に対してなんとなくで話を合わせた。


「うん……そうかもねぇ?」

「まあ、たまにやりすぎて迷惑かけることもあるけど、けっこう草の根でいろいろと貢献してるグループだってありますし。とにかく純人類ネイティブズの傲慢に対して、正しく対抗できるのは変異者たちヴァリアンツが力を合わせて作る怪人結社だけだと思うんです」

「はあ、そうかもねぇ」


 私は、生返事で応える。その直後、安易な応対をちょっと後悔することになった。


「ですよねぇー! いやぁ、先輩やっぱり話わかる人でした!」

「え、何が?」

「今みたいな質問すると、みんな、いやそれでも仕事だから、怪人結社は非合法の活動をするところもあるから、みたいなこと言うんです! でもそれって、ルールが悪いんであって、彼らの活動自体は、その志もあって正しいものだと思うんですよ!」


 今更ながらのことだけれど、芽衣はわかりやすいほどの怪人結社のシンパらしかった。


「それで、私普段こういう活動をしているんです!」


 芽衣は携帯で、あるサイトを開いて、私に見せた。──『特定非営利法人ウラカン』と記載されている。


「うら……かん?」

「そうです! あたし合法的な怪人結社でお手伝いしているんです。街宣活動とか、チラシ配りとか、変異者の相談とか」

「へ、へえ」


 そういうものがあるのは知っていたが、勧誘されたのは初めてだ。


「それで、先輩どうですか一緒に!」

「……あー、そうなるの……」


 私は、どう断ろうか思案する。


「そのさ、なんで、あたしなの?」

「だって特殊保安官ネイティブガーダー嫌いで、怪人に抵抗ない人ですよね」

「いやまあ、そうだけどさ」


 そんなに心からそう思っているわけじゃないんだけどなぁ。


「じゃ、いいじゃないですか? 活動内容によっては、たまにバイト代でるし、ごはんとかたべれて、面白い人いるし、グループの先輩たちがいろいろ社会のこと教えてくれるし、いいことづくしですよ。で、こんど街宣活動のついでに新規入会希望者のための説明会があるんで、よかったら是非来てください」


 芽衣は自分の携帯をいじると、私のメッセンジャーにウェブサイトのURLが着信した。

 え?


「なんで、私の連絡先知ってるの?」

「え、いえ……あの、そういう機能があるんですよー、最近の携帯って!」

「そうなの?」


 私は訝しげな顔を返しながら、画面を見た。そこには、ウラカンの説明会のお知らせが記載されていた。


「まぁ……ちょっと見るけど……見るだけだよ?」


 はっきりしない答えを返した私に対して、芽衣の表情が曇る。


「もしかして先輩、逆にNサポーターズとかのほうが気になる人ですか?」

「は、はい?」

「先輩のクラスに土浦って人いるじゃないですか? あの人、Nサポーターズの人で、前にうちらが街宣してたら、邪魔してきて酷いんですよー」

「……へー」


 知ってる。それは前に、クラスメイトに聞いた。


「でも今日は包帯ぐるぐる巻でいい気味です」


 怪我をしていることを芽衣は知っているのか。


「……怪我してる人のことそんなふうに言っちゃ駄目だよ?」

「いいんですよ、ほんと腹立たしいんですよ、あの土浦って人、やんちゃしてたら警察に居場所をおしえたり」

「……警察に通報されるようなやんちゃって、大丈夫なの? 何したの?」

「秘密です」


 芽衣は意味深に笑った。その微笑みからは、可愛いだけではない、少女の危うさみたいなものが一瞬見て取れた。──こういう子って、誰かが面倒みてあげないと、暴走して破滅しちゃうんじゃないかな、私はふとそんな事を考えた。


「いや、少しだけ話します……ウラカンはグレーな活動もちょこっとします」

「……えー、するんだ」


 だよね、でなければ、世の純人類ネイティブズ変異者ヴァリアントは対立しないもの。


「例えばハッキング広告とか。こないだのバスの中みたいなやつですね」

「ああ、なるほど」


 私は納得する。確かにそれは、グレーな活動だ。


「それで、こんどのその説明会のあとに、もっと大規模なのをやる予定なんです。けっこう華やに」

「だ、大規模に?」

「はい、なのでそっちも踏まえて是非来てもらえればと。見学で構わないので!」


 それはグレーどころではないのでは、と私は思った。私は話を断る方向に持っていく。


「あ、あたし忙しいからさ、ちょっと……」

「えー、そんな事言わないでくださいよ! ていうか帰宅部だから時間ありますよね?」


 痛いところをつく。ぶっちゃけ、時間はある。


「とにかく、分からないから!」

「わかりました……でも日程とか送りますね……直前まで連絡まってます」


 芽衣は、しぶしぶ引き下がった。


「あ、それともう一ついいですか」

「……はあ、あとは何?」

「朝、一緒に通学していた男子は誰ですか?」

「えっ」


 葵の事か?


「あのイケメン、知り合いです?」

「う、うん……ちょとね」


 面倒くさい話ばかりだなあ、と面食らっていると、背後で、静子の声がした。


「真千山ぁ、あんた深勧誘するのやめてよね!」


 静子だった。


「げ、花井先輩」

「げ、ってなに!」

「じゃ、私行きますね! さっきのこと考えておいてください」


 静子がにらみつけると、芽衣は作り笑いをのこして図書室を去った。正直助かった。私はどうやら芽衣がちょっと苦手かもしれない。


「何の話してたの」


 静子が聞いてきた。


「なんとかって怪人結社の勧誘」

「やっぱり、あいつ帰宅部のめぼしい子に声かけてるんだよ。あたしも前に同じことあった」

「へー」


 しかし、芽衣が居なくなったと思ったら、こんどは静子から追求が始まった。


「それで、もうひとつの話はなんなの?」

「え?何が?」

「直前にさ、イケメンの話ししてたじゃん? 深と朝一緒に通学してたとか? その話は何?」

「き、聞いてたの?」


 静子が、私を覗き込むようにしてニヤニヤと笑っている。


「その話、もしかしてさー、私に話す必要あるやつだったりしない?」


 鋭い。なんでこの子はそういうのは目ざといのだろう。


「え……いや、うん、はい、ちょっとあります」


 そりゃ名簿まで用意して探す手伝いをしてくれた静子には、ちゃんと話さなければならない。

 私は、好奇心をありありと顔に浮かべる静子を見ながら、ため息をついた。さて、葵についてどう説明しようか──。

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