コント・お嬢様と執事
広咲瞑
第1話「DANZEN!ふたりは主従」
【前回までのあらすじ】
ある朝お嬢様はトラックに轢かれ無残にも死亡してしまう。お嬢様は異世界に転生し、お嬢様としての第二の人生を開始する。また、時を同じくしてトラックに轢かれ死亡した執事もまた異世界に転生する。異世界で奇跡的に邂逅するふたり。かくして、お嬢様と執事の、新しい異世界での生活が始まるのだった……。
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調度の整った部屋で物憂げな少女が巨大なアームチェアに身を預けている。金の縁取りに精緻な彫り物をし、要所要所に色とりどりの、ルビーやエメラルドやサファイヤやオパールを象嵌された豪奢な椅子――だがその主人の姿を見るがいい、稀代の工芸師が美の粋を凝らした完璧な傑作すら霞むほどの、真実の美がそこにあるのだ。柔らかく流れる蜂蜜色の髪、つややかで繊細な長い睫毛、光を反射するとともに内側からも静かな星の如く輝く蒼碧の瞳――肘掛けの上に華奢な肘を立て、首を斜めに倒して溜息をつくさまは、例えるならば心臓のキャンドルに魂の焔を灯された大理石の彫刻だった。
その可憐なくちびるから、金色の鈴を振るような、澄んだ声音が響き出す――
「ここまで地の文長すぎませんの? 読むのがクソめんどくさいですわ」
「憚りながらお嬢様、安易なメタ言及は避けた方が宜しいかと」
お嬢様の傍らに控える執事の青年が、美しい姿勢で立っている。
なんか語彙力失くす感じの超すごいイケメンだった。
「雑では?」
「安易なメタ言及は避けた方が宜しくてよ」
お嬢様が真顔で言う。ふむ――と執事は唸り、
「ではお嬢様、私のことを紹介いただけますか」
「なぜ」
「(安易なメタ言及を避けるため一部伏字にしています)ので」
「それなら仕方ありませんわね……」
お嬢様はしばらく悩んだ後、
「なんか語彙力失くす感じの超すごいイケメン」
「ありがとうございます」
執事は卒のない所作で頭を下げる。
執事の着ている美しいドレスのフリルが、七月の風にそよぐ。
お嬢様の部屋は少女趣味なのですべてがフリフリとしている。天蓋つきのベッドにはフリフリで、枕元に大量に置かれたぬいぐるみたちもフリフリな服を着ており、出窓にかかったカーテンもフリフリで、勿論当人の服もフリフリである。娘の行き過ぎた趣味を見咎めた両親に普通の服を勧められたとき、しかしお嬢様は、一歩も引くことなく自らの主張を押し通しあそばせたのである。曰く、
『言ったでしょう。わたくしはフリフリしか着ないと――』
「そのネタ微妙に伝わりづらいのでは?」
フリフリを着ている執事が言う。
フリフリを愛しフリフリに満ち溢れた部屋の中、言わば執事の存在だけが異物だった。故にお嬢様は執事に命じたのである――『フリフリを着てくれませんこと?』と。
「で、着せてみたはいいものの」お嬢様は宣う。
「異様に似合いませんわね。いつもの服に着替えてくださる? フリフリに失礼なので」
「最初からわかっていたのでは? まあいいでしょう。では」
執事が大胆な仕草でドレスをぬぎっとする。しかしまあこの執事、割と締まってますわね、特に腹斜筋のあたり、とお嬢様は思う。
着替えの手が止まる。
「お嬢様、ガン見はよしていただけますか」
「なぜ」
「執事、見られるの恥ずかしいので………///」
「そう…………///」
ここまで真顔のやり取りである。
お嬢様は天井を見上げた。豪奢なシャンデリアが窓からの陽光できらめいている。やることもないので天井のシミの数を数えていると、「終わりましたよ」と声がかかかり、視線を戻すと燕尾服の執事がいる。
脱いだドレスを片付けながら、執事はお嬢様に尋ねた。
「ところでこの服はどうするのです?」
「マニア向けのオークションで売りますわ。イケメンの着衣済みなのでいい値が付きますのよ。さまざまな層から」
「然様ですか。まあ、私に拒否権はないので」
「では、写真を撮ってもよろしくて?」
「何に使うのかは敢えて聞きませんが、まあ、拒否権はないので」
お嬢様が椅子から立ち上がる。しばらく位置決めに迷った後、ポラロイドカメラを構える。シャッター音の後、じりじりと写真が出てくる。死んだような無表情の執事が映っている。
それをしばらく眺めた後、お嬢様はおもむろに執事に駆け寄った。隣に並ぶ。かなりの身長差がある。お嬢様はレンズを自分たちに向け、華奢な両腕を精一杯伸ばしてカメラを出来るだけ遠くに離し、窮屈そうにシャッターを押し込んだ。
バシャッ――という音と共に、お嬢様は絨毯の上にへたり込んだ。
「なぜ」
「ただの気まぐれですわ」
ただそれだけのことで息切れをしている体力のないお嬢様が、絨毯の上に投げ出したカメラから、ゆっくりと二枚目の写真が出てくる。
お嬢様と執事、ツーショットの写真。
無表情なお嬢様はそれを見て少しだけ笑う。
その顔を盗み見て、無表情な執事もまた、ばれないように笑うのだった。
次の給料日、執事の賃金は普段より高かった。
理由は敢えて聞かなかった。
最初からわかっている地獄の蓋を開く理由など、執事にはないのだ。
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