第35話 家族会議と出来ちゃった結婚

 その夜、我が家にて。

 ダイニングには、俺、結衣、母さん、父さん、おじさんの五人が集まっていた。

 辺りには、重い空気がただよう。


「それで、だ」


 父さんが口を開く。


「結衣ちゃんが、赤ちゃんを妊娠していると。確かなんだな、昴?」

「ああ……」


 確認するような口調が突き刺さる。


「おまえは、自分のしたことの意味をわかっているか?」

「わかっている、つもりだ」


 世間一般的に、高校生で恋人を妊娠させてしまったら、かなり体裁が悪いし、

 それでなくても、大学受験を控えた今年にそんなことになってしまったので、

 結衣の将来にも影響が出ることは確定だ。

 

「ただ、結衣との赤ちゃんは……」

「落ち着きなさい」


 父さんの声が少し優しげなものに変わった。


「何も責めようというわけじゃない」

「え?」


 父さんの口から出たのは意外な言葉だった。

 俺がどう考えても軽率なことをしたのは確かなのに。


「俺は仕事柄、そういう案件の裁判を受け持ったことも多くある。もちろん、強引にして妊娠させた場合など、男性側が一方的に悪い場合も多々ある」

「ああ」


 フィクションでもそういうのを取り扱った話はしばしばみる。


「ただ、今回はお互い同意の上で……だな?」

「あ、ああ。もちろん」

「はい。おじさん」


 それは当然だ。避妊を忘れたのは俺の責任だと思うけど。


「なら、別に責めても仕方がない。あとは、おまえたちがどうしたいのかだ」

「どうしたいのか、ですか?」

「まだお互い高校生だ。妊娠初期の今なら、中絶する、ということも選択可能だ」


 "中絶"という言葉が重くのしかかる。

 ただ、それだけは絶対にしたくない。


「私は、昴との子どもを産みたいです」

「ああ。俺もだ」


 この事については、打ち明ける前に二人で相談していた。


「これから、受験も控えている。結衣ちゃんは、このままだと高校を卒業できなくなるおそれもある」

「はい……」


 わかっていることだったが、突き付けられると重い事実。

 

「それでも、意思は変わらないか?」

「「はい」」


 二人で揃って返事をする。

 きっと、これから苦労するだろう。

 

「それならいい。父さんたちも最大限協力するから、好きなようにしなさい」

「え?」


 てっきりもっと叱られると思っていたのだが。


「いやその、他にないのか?叱るとか」

「叱って欲しいのか?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「俺は、愛しあった二人の間に子どもができるのは別に悪いと思わん。高校生でもな。なあ、母さん」

「そうね。それに、二人が仲良しなのは前からわかっていたものだもの。ちょっと時期が早まっただけよ」


 あまりにもあっさり認められて拍子抜けする。

 こんなのでいいのか?

 

「え、ええと。おじさんはそれでいいのか?」

「これからはお義父さん(おとうさん)とでも呼んでもらおうかな」

「……」

「あ、冗談だよ。僕も結衣の父として少し複雑な気持ちはあるけどね。今までずっと結衣の側に居てくれた君なら、不安はないよ」

「パパ……」


 少し涙ぐむ様子の結衣。

 

「ただ」


 そこに父さんの声が割り込む。


「ただ、手続きはちゃんとしておく必要がある。まずは婚姻届だな」


 婚姻届。考えてみれば、そうだ。

 

「これって、出来ちゃった結婚、っていうことなのかしら」


 不意に、そうつぶやく結衣。

 まさに出来ちゃった結婚以外の何物でもない。


「ほんとすまん。もっと先にちゃんとした形で、とは思っていたけど。こんなことになるとは」


 結衣も、こんな形で結婚するのは不本意だろう。

 そう思って、謝ったのだが。


「何謝ってるの?私は嬉しいのよ」


 何を言ってるんだろう、という顔でそう言われる。


「いやだって、高校も卒業できるかわからないし。結衣だって、進路とか色々あるだろうに」


 それに、高校で妊娠した、といったら、変な噂だって立つかもしれないし。


「あのね、昴」


 まっすぐな目で優しく見つめてくる結衣。


「高校を卒業できないかもしれない、なんて、些細なこと」


 些細なこと、か。


「私はね。こうやって赤ちゃんを授かって、あなたのお嫁さんになることができて、とても嬉しいの。だから、ありがとう」


 ほんとに嬉しそうに、そういう結衣。


 ああ、そういえばそうだった。

 将来を狭めてしまうとか、出来ちゃった結婚なんて体裁が悪いかもとか、罪悪感を抱いていたけど。

 こいつは、こういう奴だった。


「そうだな。余計な心配だった。これからも、ずっと俺と一緒にいて欲しい」

「はい、喜んで」


 気づくと、生暖かい目で、父さんたちが俺たちを見つめているのに気が付いた。

 

「ほんとに仲がいいのね」

「これなら心配することもなさそうだ」

「結衣をよろしくね、昴くん」


 次から次に色々な出来事が重なって感情が追い付かない。

 でも、これはこれで、幸せといっていいのだろう。

 そんな一日だった。

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