第4話 手作りのお弁当
チャイムが鳴ると、皆が着席する。
担任がホームルームでの連絡を終えると、今日の授業が始まる。
横を見ると、いつも真面目に授業を聞いている結衣がどこかうつらうつらしている。
(眠いのか?)
(うん。ちょっとだけ)
あいつとしても、昨日の出来事で思うことがあったのだろうか。
かくいう俺も色々考えたせいで、少し寝不足だ。
気が付くと、横から静かな寝息が聞こえてくる。
見ると、綺麗に座った姿勢のまま眠っている結衣が見える。
(珍しいな)
これまで、結衣が授業中に居眠りしたのを見たことはない。
俺のことを色々考えてくれてたのだろうか。
幸い、教師も、無理にとがめるようなことはなく、見て見ぬふりをしてくれたようだ。
---
4限が終わって昼休みになる。
その間、結衣はずっとすやすやと眠ったままだった。
普段の堅い表情は抜けて、あどけない寝顔を見せている。
もう少し見ていたい気もしたが、いい加減起こさないと。
「おい、結衣。もう昼だぞ」
肩をゆさぶる。
「うーん。昴ちゃん…」
不意に昔のあだ名で呼ばれ、ドキっとする。
「おーい。昼だぞー!」
もう少し声を大きくすると、さすがに気づいたようで、跳ね起きた。
「あ、あれ?今、何時?」
「もう昼休みだぞ」
「嘘…」
青ざめている。
授業中に居眠りしてしまうというミスはこいつにとっては痛いのだろう。
「先生たちも見逃してくれたし、そう気にすんなって」
「うん……」
少ししょぼんとした様子だ。
「それよりも、結衣が居眠りなんて珍しいな。俺ならともかく」
徹夜でゲームにはまった翌日なんかは、俺はよく居眠りしている。
「ん、ちょっとね……」
言いずらそうなので、深くは聞くまいとスルーすることにした。
「おーい、昴。飯行こうぜ」
倫太郎と加藤が駆け寄ってくる。
昼はこの四人でつるむことが多い。
「ああ、わかった。ほら、結衣も早く。学食が混んじまう」
特別美味いという程じゃないけど、定食200円という破格の値段だけあって
うちの生徒には人気だ。
「ええと、そのことなんだけど……」
「ん?」
鞄から何かを出そうとしているのが見える。
「これ。作ってきたの」
と、包みに入った何かを差し出してくる。もしかして……
「おまえが作ったのか?」
「うん。一緒に食べようと思って」
「そ、そうか」
律儀過ぎるだろ。
いや、嬉しいけどさ。
「僕らはお邪魔みたいだね。行こう、由紀子ちゃん」
「お熱いことで。では、お幸せにー」
そう言ってさっさと去っていく二人。
気をきかせてくれるのはありがたいが。
「中庭、行くか」
「うん」
---
中にはぽつぽつと人が居たが、さすがに昼飯時とあっては
学食か教室で食べる奴が圧倒的だ。
風も吹いてないし、晴れていてちょうどいい天気だ。
他の奴らから見て影になる場所があったので、そこに二人で座る。
昨日の様子からして、教室で食べるのは下策だろうと思い中庭に連れてきたのだが
人目につかない場所があって良かった……。
「はい、これ」
少し落ち着かない様子で、先ほどの包みを渡してくる。
開いてみると、そこにはやはり重箱があった。
「重箱……」
ぽつりとつぶやく。
「だって、可愛い弁当箱とかなかったし……」
「いやおまえ、普段使ってたのがあったじゃんか」
「それだと、いつも通りみたいだし」
いや、作ってきてくれるのがいつも通りじゃないし
弁当箱にまでこだわらなくても。
まあいいか。
重箱を開けてみると、そこには、凄まじく手の込んだ
品の数々があった。
ブリの照り焼き。
ほうれん草の胡麻和え。
ひじきの和え物。
辛子明太子。
などなど。きちんと三×三に分けて、それぞれのおかずが
入っているところなど、売り物にしてもいいのではと思えるくらいだ。
「……」
絶句していると、
「ええと、好みに合わなかったかしら?」
そう不安そうに聞いてくる。
「いや、そうじゃなくてだな。つか、俺の好きなものを考えてきたんだろ。好みに合わないわけがない」
「そう、良かった……」
ほっと胸をなでおろす結衣。
「それじゃ、食べるか」
「うん。あと、これも」
そう言って、水筒に入った何かを出してくる。
「お茶か。サンキュ」
「ううん、味噌汁」
確かに水筒に味噌汁を入れるのは理にかなってるが。
「あ、大丈夫。お茶はこっちにあるから」
別の水筒を鞄から取り出してくる。
「お、おう」
とりあえず、味噌汁を味わう。
「うん。美味い!」
「本当?」
「嘘なんてつかないから。でも、これ、ほんとに美味いぞ。どうやって作ったんだ?」
「どうやって、って言っても、出汁を一から取っただけだけど」
母さんでも、出汁の素を使って味噌汁を使うことが多いのに。
つか、こいつも、自分の分は出汁の素を使ってたような。
「そうか」
そう言って、他の品物にも箸をつける。
ブリの照り焼きはしっかり油がのっているし、好物の辛子明太子はご飯によく合う。
「うん、美味い、美味い」
「良かった」
嬉しそうに微笑む結衣。
「結衣を嫁にもらう男は幸せだろうなー、ハハハ」
照れくさくて、わけのわからないことを言ってしまったが、
昨日の言葉が本心なら、嫁になってもいいという意思表示をしてきたんだっけか。
「そ、その、ありがとう」
湯気が出てしまうんじゃないか、というくらい頬を紅潮させてやがる。
こいつ、可愛すぎるんじゃないか?
「でもさ、ここまで気合入れないでいいんだぞ?準備大変だったろ」
「ううん。どんな献立なら喜んでくれるかなって考えるのも楽しかったから」
「それならそれで…って、いやいや。これ、一体どれだけ時間がかかったんだって話だよ」
「ええと、3時間くらい?」
「普段、そこまで時間かけないよな」
「それは…だって、初めてお弁当を作ってあげるからって思って」
「今までだって、夕飯作ってくれたことはあっただろ?」
「それとこれとは違うわ」
「いや、そうかもしれんが、俺の言いたいことはそうじゃなくてだな」
好きな子が彼女になって、こうして愛情のこもった手作り弁当を作ってくれるんだ。
これほど幸せなことはないけど、行き過ぎないように、と思っていった。
「おまえが一生懸命なのは凄く嬉しいけど。おまえは頑張り過ぎるから。ほどほどでいいんだぞ?」
「それはわかってるんだけど。でも……」
「あー、もう。弁当はありがたいけど、普通に作ってくれれば大丈夫だから。毎日それで寝不足になられても困る」
「気づいてたの?」
「さすがにな」
いつもより3時間早起きしたら、そりゃ寝不足にもなるだろう。
結衣のことを想って言ったつもりだけど、少ししょんぼりした様子だ。
こいつは言葉で言っても聞かないからな。
ぐいっと結衣の身体を引き寄せて、抱きしめる。
自分でしといてなんだが、照れ臭いな、これ!
「おまえの気持ちは本当に嬉しいから。飯も美味かったしな。ただ、無理して体調を崩されるのは、俺が嫌なんだよ」
「うん、ありがとう」
抱きしめていて顔は見えないが、こころなしか嬉しそうだ。
結衣の体温と、香水の香り、さらさらした髪の感触が伝わってきて、身体が熱くなってきた。
いかん。結衣をなだめるつもりが、こっちの方が興奮してきそうだ。
気取られないように、あわてて身体を離す。
お互いの顔を正面からみられなくて、顔をそらす。
なんて初々しいカップル(?)なんだ。
っていや、結衣にとっては好きかどうかわからないんだっけか。
しかし、他ならぬ俺のためにここまで一生懸命なのは間違いないわけで。
改めて、この、不器用で生真面目な幼馴染を大切にしていきたいと思ったのだった。
---
「おー、おー。お熱いねー」
「由紀子ちゃん、デバガメは良くないよ」
「倫太郎君だって、着いてきたくせに」
「僕も良くないとは思うんだけどね……」
影から二人を見守るのは、二人の友人たち。
「そういえば、倫太郎君ってあの二人が付き合う経緯って聞いてる?」
「いや?結衣ちゃんが告白したとは聞いたけど」
倫太郎は、しらを切る。
(それにしても…好きがわからない、か)
(もうとっくに好きになってると思うんだけど)
「ん?何か言った?」
「いや、何も?」
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