第2話 ある意味プロポーズ
「昴ー、そろそろ起きなさいよー」
部屋の外から母さんの声が聞こえてくる。
もう朝か。結衣のことを色々考えている内に、眠っていたらしい。
パジャマのまま、洗顔を歯磨きをして、食卓に座る。
「親父は、もう仕事?」
「ええ。今日も夜遅くなるって」
「ほんと大変だよな。裁判官ってのも」
「まあねえ。大事なお仕事だから、身体を壊さないようにして欲しいけど」
うちは、最近は少なくなってきた、父が働き、母が家を支える、典型的な専業主婦家庭だ。
親父の職業は裁判官で、同じく父親が裁判官な結衣とは、同じ団地で育ってきた。
裁判官用の官舎(かんしゃ)は、比較的ご近所付き合いが密接な傾向があるものの、
その中でもうちと結衣のところは付き合いが深かった。
なんでも、うちの親父と結衣のおじさんは、同期の裁判官で昔からの友人らしい。
「結衣は?」
「まだねえ。そろそろじゃないかしら?」
そんな会話を交わしていると、
「お邪魔します」
そんな声が玄関からしてくる。
「おはよう」
「おはよう。結衣ちゃん」
「おはよう、昴。おはようございます、おばさん」
朝の挨拶なんぞ、一言で済ませればいいだろうに、こいつはいつもそんな感じだ。
物心ついたときからそんなだったから、もう何年こんなやり取りをしているのだろう。
「いつも、ありがとうございます。朝ごはんを用意していただいて」
「いえいえ。結衣ちゃんは半分はうちの子みたいなものだしねー」
母さんも半分は諦めながらも、苦笑してそう言う。
三人で食卓について、いただきますの挨拶をして、食事に口をつける。
親父が和食党なせいか、我が家の朝食は、
・白米
・納豆
・味噌汁
・焼き魚
といった、古き良き日本家庭らしい献立が多い。焼き魚とおかずは日によって変わるが、
白米に納豆はぼ毎日だ。
「うん。美味い」
「美味しいです」
黙々と食事をしていると、ふと、TVに野菜偽装事件のニュースが流れていた。
「あ」
「どうした?」
「パパが担当している事件だわ」
「おじさんが?」
「うん。昨日、パソコンを立ち上げたら、一○郎の文書ファイルがあったもの」
「おじさん、セキュリティ意識ザル過ぎだろ」
「パパはパソコンに疎いから。いつも、口を酸っぱくして言っているんだけど」
仕事に口は出さない主義の母さんだが、苦い顔だ。
生真面目が服を着て歩いているような結衣も、父のそういうところは微妙に思うのだろう。
少し微妙な雰囲気で食事が進む。
---
「それじゃ、行ってくる」
「行ってきます」
「はーい。いってらっしゃい。気をつけるのよ」
母さんに見送られて家を出る。
こうやって、三人で朝食を一緒にとって、一緒に登校するのが俺たちの日常だった。
結衣は口数があまり多い方じゃないので、二人で歩いていると会話があまりないことも多い。
不思議とそれが苦でないのは、長年の付き合いによるものだろうか。
ふと、昨日の件で疑問に思ったことがあるので聞いてみることにした。
「なあ」
「なに?」
「昨日の件だけど」
「え、ええ」
さすがに忘れてはいないか。
「付き合ったら、わかるんじゃないか、って言ってたよな」
「ええ」
「もし、俺のことが家族としての好き、だったらどうするつもりなんだ?」
俺のことを男として好きになれないんだったら、付き合うのを止めてもらってもいいと思っている。
好きな相手に振られるのはつらいが、決めるのはこいつだ。
ただ、生真面目なこいつのことだから、義理で付き合い続けるんじゃないかが心配だ。
「それならそれでいいと思ってるわ」
「いやいや。おまえが義理堅いのは知ってるけどな。そこまですることはないぞ」
「義理とかじゃない!」
「ちょ、おま、声、声」
そんなに広い道じゃないので、あわてて手で口を塞ぐ。
結衣も自分が大声を出していたのに気づいたのか、
「ご、ごめんなさい」
「別にいいけどな。それで、どうしたんだ?」
「……うちの家庭のことは知っているわよね?」
「そりゃあな」
結衣の両親は、俺たちが幼い頃に離婚している。
夫婦喧嘩に耐えかねて、泣きじゃくりながらうちに避難してきたこいつの相手をよくしていたものだ。
そして、離婚した後は、朝から遅くまで働くおじさんに代わって、うちが結衣の面倒を見るのが当然のようになっていた。
しかし、それと何の関係があるんだろうか?
「うちのパパとママは愛し合っていたはずなのに、あっけなく離婚しちゃった」
「まあ、そういうこともあるだろうな」
「でも、昴のおじさんとおばさんは仲良くしている」
「まあな」
おしどり夫婦と言えるかはわからないけど、物心ついてから今まで、親父と母さんが喧嘩しているのを
見たことはない。
「昴のおじさんとおばさんはお見合い結婚だよね?」
「だな」
「以前、お見合い結婚で、なんでずっと続いているのか知りたかったから、聞いてみたの。おばさんに」
「そんなこと聞いていたのか。それで?」
「「うーん。ときめいたりしたことはないわねえ。でも、この人なら一生をともに歩いてもいいかなって思ったのよ。私のことを大切にしてくれてるのは伝わってきたし」って言われたわ」
「わが母ながら覚悟完了してるな」
「それで思ったの。別に恋愛してなくても、仲良く一緒に暮らしていけるし、そっちの方がずっと重要なんだって」
「そうかもしれないな。で、それがさっきの話とどうつながるんだ?」
そう問いかけると、結衣は、何か覚悟を決めたように、深呼吸をした後、言ったのだった。
「だから、昴となら恋愛できなくても、ずっと一緒に生きていけるって思ったの!」
は?
一瞬、こいつの言っていることがわからず、固まってしまう。
つまり、それは結婚を前提としているってことで…
「えと、つまり、その、プロポーズ?」
「そこまでのつもりはなかったけど。でも、私は昴のことを大切に想っているし、昴も私のことを大切に想ってくれている。一生をともにするなら、恋愛よりもそっちの方が重要だと思うから」
頭がくらくらとする。
嬉しいのか頭が痛いのかよくわからない。
交際の申し込みより、よっぽど重いじゃないか。
そこまで想われていることは嬉しく思うけど、恥ずかしくなる。
ただ、男としては、やはり「異性としての好き」が欲しいと思ってしまう。
(まあ、こいつはかなりずれたやつだし、気長に行くか)
密かに、結衣を振り向かせる決心をしつつ、登校したのだった。
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