俺と彼女は恋人以上恋人未満
久野真一
第1章 はじまり
第1話 恋人以上恋人未満の始まり
「ねえ、昴(すばる)」
「ん?」
「私と付き合って欲しいの」
秋の夕暮れの放課後。
高校からの帰り道の途中、幼馴染の相羽結衣(あいばゆい)が唐突にそう切り出してきた。
強い風に、彼女のロングヘアーが風になびく。
「え?」
唐突な言葉に戸惑う。
「どっか買い物にってことか?そりゃ、スーパーくらい、いくらででも付き合うけど」
そう返答するものの、そういう意味での「付き合って」じゃないことは感じていた。
「そういう意味じゃなくて。恋人として付き合って欲しいってこと」
はっきりそう言われてしまった。
ただ、付き合っての前に来るはずの告白の言葉が抜けていることに戸惑いを覚える。
「それは、お前が俺のことを好きってことでいいのか?」
混乱しながらも、そう聞き返す。
「どうなのかな……」
結衣が額に手を当てて考え込んでいる。
こいつは考え事をするときに、決まってこういう仕草をする。
「一体どういうことだ?」
あまりにもいきなりな話だが、
それにしても付き合うってことは普通好意があるからするものだろう。
「私は、昴のことが好きなんだと思うわ。それがどういう好きなのか、まだわからないけど」
「あ、ああ」
うぬぼれていたわけじゃないけど、そこはさすがに疑っていない。
異性としてかはおいといて、好意を持っていない相手とずっと仲良くしてはいないだろう。
ただ、「好きなんだと思う」と言われるのは複雑だが。
「それで、恋人として付き合ってみたら、わかるんじゃないかって思ったの」
「……」
「昴に対して失礼なことはわかってるわよ。私だって、男の子にそんなことを言われたら、何こいつとか思っちゃうだろうし」
「別に失礼とか今更気にしないけど。それにしてもな」
好きな女子から仮にも付き合って欲しいと言われること自体は嫌じゃない。
ただ、なあ。
「もちろん、付き合う以上は真面目なつもりよ。お試しで、とかいうつもりはないから」
「いや、おまえなりに真面目なのはわかってるつもりだけどな」
好意にほだされて、付き合っている内に好きになるのはわかる。
が、こいつは、付き合ってみたら気持ちがわかりそうだから、付き合って欲しいと言っているのだ。
いくらなんでも順序が逆転してないか?
「無理に、とは言わないわ。昴が嫌なら断ってくれても」
「一つだけ聞いておきたいんだが」
「何?」
「俺でなくても、頼んでいたか?」
「昴以外に言えないわよ、こんなこと」
至って真剣な表情で、こいつなりに真剣なんだな、と思った。
それに、先に惚れた弱みだ。
「わかった。付き合おうか」
「ありがとう…!」
どこかほっとした表情でそう言う。
「でも、いいのか?」
「付き合うってのは、単なるおままごとじゃないぞ。キスとか、その先とか…」
「わかってるわよ。でも、昴相手なら、そうなっても、いいって思ってる」
さすがに、恥ずかしかったようで、下を向きながら、頬を紅潮させて小さくそう言うのが聞こえた。
「おまえの貞操観念がさっぱりわからん」
「さすがに、それは心外よ」
とはいっても、俺ならいいと言われると悪い気はしないのも確かだ。
その後は、明日からああしよう、こうしよう、といつもの調子で下校したのだった。
あれ、そういえば、俺から気持ち伝えたっけ?
(さすがに、Yesの返事をしたんだから、あいつでもわかるだろう)
そう思って、深くは考えないようにした。
後から振り返ると、こいつの天然ぶりをいかに甘く見ていたかを思い知ることになるのだけど。
こうして、俺と彼女の恋人以上で恋人未満の奇妙な「お付き合い」が始まったのだった。
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