第11話
少し距離を置いて眺める孤児院は、不気味なほどに静かだった。
もっとこう、子供らが居なくなったことに大騒ぎしているのかと思ったけど・・・
まぁ、元々子供以外の人間が六人しかいなくて、伯爵が居ても七人。
何人か外に子供らを探しに出てるとして・・・・静かなのは当たり前かもしれないな。
「ねぇ、中の様子って探ること出来ないの?魔法とかでさ」
アリオスは六大要素使えるんだから、何でもできるんじゃないの?
「あぁ、それはすでに済んでいる。中には伯爵と管理人と用心棒一人の三人のみ。後は、恐らく子供を探しに出ているんじゃないかな・・・」
「そう・・・じゃあ、行っちゃう?」
「そうだな。では、ルイ達は手はず通りに」
「承知しました。お気を付けて」
恭しく頭を垂れる騎士達にアリオスが指示を出し、そして私たち三人と、子供達五人で門の前に立った。
門の前に立ってみて、改めて思う。
「これって・・・孤児院の門構えじゃないよね・・・」
院を囲む塀は、ルカが言っていた通りかなり高く子供どころか大人でさえ乗り越える事は不可能だ。
そして、これまた高くそびえる頑丈な門。門は分厚い木でできていて、両開きだけど、見るからに威圧感がある。
そのどでかい門の右下に更に人が1人通れるくらいの門があり、ドアノッカーが付いていた。
どうやら普段はこのドアを使っているようだ。
何故か先頭は、私・・・何で私?と聞けば「言い出しっぺだからです」と、リズに言われてしまった。
いや、別にいいけど・・・いいんだけど・・・うまくやれるか心配だ・・・
その不安が表情や雰囲気に出ていたのか、私の右手を握るティナがギュッと力を込めて、私を見上げてきた。
ティナはそれこそ不安そうに私を見つめて、更に握る手に力を込める。
いかんいかん!
私は頭を振る。不安なのは子供たちの方だ。
院に子供らを渡すつもりはない。でも、一度は乗り込まなければ彼等を助けることはできない。
私は大きく深呼吸をすると、ティナに笑いながら「大丈夫!」と頷く。
そう、自分自身に言い聞かせるようにね。
そして、後ろに立っているアリオス、リズ、不安そうな子供達に「行くよ!」と宣言し、改めて気合を入れ直した。
通されたその部屋は、とても豪華だった。
孤児院とは思えないくらいに。この子等が、こんな格好をしているのが不自然なくらいに。
意を決し、ドアノッカーを叩けば、すぐに人相の悪いマッチョな男が出てきた。
彼は、私が連れている子供達を見て一瞬、驚きの表情を浮かべたがそれはすぐに綺麗に隠し、この応接室に通した。
ソファーには私と子供たちが座り、アリオスとリズは後ろに立って控えている。
別に座る椅子が足りない・・・とかではなく、有事の際に直ぐに動けるようにだ。
綺麗なソファーに汚れた服を着た子供らが座ることに、一瞬、管理人とみられる男は眉を眇めたがそこら辺は知らん顔をした。
部屋に通されて、さほど待たされる事無く伯爵が現れた。
その容姿に私は、フードの下で眉をひそめる。
だって、生理的に受け付けないタイプだったから・・・まじ、キモイです!
身長はさほど高くなくて・・・165センチくらい?中肉中背。髪はくすんだ金色なんだけど所謂、天パー・・・クルクル踊ってますよ。
何て言ったらいいのか・・・たれ目の下睫毛バリバリで、口元はなんか厭らしい笑みを浮かべてて、海苔の様なちょび髭生やしてて、なんか妙に・・・くねくねしてて。
なにより醸し出す雰囲気からして、アウト!です・・・
「ようこそおいで下さいました。ブルクハルト・フレデリックと申します」
そして妙に腰が低い・・・
「急にお邪魔し、申し訳ありません。私、サーラ・メイシーと申します」
私は立ち上がり恭しく会釈をした。
メイシーと言う姓はこの国ではかなり一般的で、日本でいう『佐藤』『佐々木』みたいな感じだそうな。
「訳ありまして顔を晒すことができません。この様ないで立ちでご無礼かとは思いましたが、寛大なお心でご対応いただければ幸いですわ」
「おぉ、構いません。人には其々事情がございましょう」
なんかイラッとするくらい同情的に返してくる。
でもって、多分私の事はどうでもいいのだろう。目の前の、いなくなったと思っていた子供等に関心が集中しているのが、私でも手に取る様にわかる。
「で、本日はどのような御用で?お連れの、お子様の事でしょうか?」
そわそわと、手をせわしなく動かしながら、気持ち悪い笑みを向けてきた。
「えぇ、実は先ほど林で、この子達を見つけましたの」
「ほぉ、林で・・・ですか?」
この院と目と鼻の先に隠れていたのだ。驚くのも無理はない。こいつらは多分、見当違いの所を探しているのだろう。
「どこぞの孤児院から逃げてきたようなのですが、彼等は場所をよく覚えていないと言うのです」
その言葉に伯爵は何処か驚いた様な表情をした。
恐らく、子供等から全てを聞いて此処に来たのだと思っていたのかもしれない。いや、その通りなんだけど。
その時、ドアをノックし管理人がお茶を持って部屋に帰って来た。
すると、私の腕にしがみ付いているティナが、ギュッと力を込めてくる。
反対に座るココ達も、私に縋る様に身を寄せてきた。まるで何かに怯える様に。
管理人の男は無表情だが、子供等を視る目は鋭く、威圧してくる。
余計な事は、言うなよ・・・という様に。
そして、日常的にこの男からひどい目にあわされていたのだろう事が、私にでも分かってしまう。
お茶をテーブルに置くと、彼は伯爵の後ろに立った。
その表情は、何処か余裕さえ感じられる。恐らく外に出ていた用心棒たちに連絡をつけたのだろう。
彼等のその表情に、私は怒りを堪える様に小さく息を吐いた。
「単刀直入にお尋ねしますわ。この子達はこの院の子供ですか?」
私の問いに対する答えは、当然のことながらYESかNOしかない。
「いいえ!私の院ではその様な汚れた服は与えておりません。子供らが自立するまで我が子の様に育てることをモットーとしておりますので」
そうきたか・・・万が一の事を考えると、こう答えておいた方が、安全だもんね。
「まぁ、そうですの?では、他の院なのかもしれませんわね。ここは、たまたま近かったので私共が直接確認させていただきましたけれど」
「そうでしたか」
私が何も知らないと思いこみ、いや、例え知っていたとしても彼はそう答えていただろう。
伯爵の顔が、益々気持ち悪い笑みを深くしていく。
だけれど、それを封じ込める様に、私はガラリと雰囲気を変えた。
「私、許せませんのよ。この国の未来を担う子供達をこの様に扱うなど・・・まるで虐待ですわ」
「そ、そうですね。考えられない事です!」
伯爵は、私が語気鋭く言い放つと少々面喰ったように、だけれどまるで波に乗るかのように調子の良い事を言い始めた。
「我が院では考えられない事です!あぁ、なんて気の毒なのでしょう」
流れてもいない涙をぬぐう様に、目じりにハンカチを当てている・・・・あぁ、反吐が出そうよ。この、狸親父がっ!
「もしよろしければ、私共で子供達をお預かりいたしましょうか?」
きたか・・・と私は内心ほくそ笑む。
「いいえ、結構です」
即答した私に、伯爵と管理人は驚きに表情を一瞬、凶悪なものへと変化させたがすぐさまひっこめ、ただただ単純に驚いているという表情を浮かべた。
此処で私がどんな答えを出そうとも、彼等がとる行動は、ただ一つ。なんとしても手元に子供等を取り戻すことだ。
「では、元の院へとお返しに?」
「まさか。私が引き取りますのでご安心を」
そう返せば、彼等は豆鉄砲でも食らったような間抜けな顔をした。
「貴女様が、引き取られる、と?」
「えぇ、私の養子として、私が育てますわ。大体、虐待まがいの院に返すはずありませんでしょう?」
そう言うと、私は立ち上がり「お時間を取らせ申し訳ありませんでした」と礼をし、子供達を立たせた。
それに焦ったのは伯爵だ。管理人に目配せすると、彼は慌てたように部屋を出て行った。
恐らく、用心棒を呼びに行ったのだろう。
伯爵は私たちを引き留めようと必死に話しかけてくる。
きっぱりそれを拒絶し部屋を出て、そして玄関へと向かうと、ホールの真ん中にそれを阻止しようと管理人と残っていた用心棒が立っていた。
「申し訳ありませんが、あなた方をこの院から出すわけにはいきません」
伯爵が先ほどの腰が低い雰囲気もそのままに、厭らしく笑って背後に立った。
「それは、何故です?」
私がわざとらしく聞けば彼は両手を広げ、のけぞる様に叫んだ。
「それは、この子等がうちの院の子だからですよ!それをばらされては困りますからね!」
「・・・・・・そんな事、初めから知ってましたけど」
私は、絵に描いた様な悪人の常套句に呆れたように返せば、彼は驚きつつも「貴女は馬鹿ですか?」と言われたから「馬鹿はあんたでしょ」と、思わず素で返してしまった。
「うちらはあんたと違って、色んな状況に対応できるよう、最善の結果になるよう行動してるんだけど」
もう、お嬢様ぶるのは止めて嫌悪感丸出しで返せば、伯爵はギョッとした表情をしたがすぐに不敵な笑みを浮かべた。
「最善の結果だって?お前たちはここから出る事は出来ないのだから、無駄な事だ」
「それはどうかなぁ。私たちにしてみれば、とても簡単な事だけど」
私がそう言えば、これまで一言も言葉を発していなかった、アリオスとリズが私と子供を挟む様に立った。
男が一人いるとはいえ優男っぽく見えるアリオスを倒してしまえば、後は女子供のみ。奴らは、完全に私らをナメてかかっていた。
だけど、それは一瞬で終わってしまった。
私らの世界でいえば・・・そうね、漫画に例えると正に『ぺっ』と弾き返され、折り重なる様に倒れているような、感じ?
それをアリオスではなくリズが一瞬でやっちゃったんだから、伯爵の顔ったら見事なまでに青くなってたわ。
伯爵があわあわしていると玄関の扉が開き、逆光で顔が見えなかったんだけど男がヌッと入ってきた。
「あぁ!お前たち!!遅かったじゃないか!早くこいつ等を・・・・」
と、用心棒達が帰って来たのだと思い、勝ち誇ったような顔でそこまで言いかけたけど、途中で言葉が途切れサッと顔色が変わる。
ドサッっという、重い何かが落ちる音が何回か続き、その音に伯爵の顔は白くなっていった。
そして玄関ホールには、ボコられたむさい男六人が積み上げられた。
「ルイ、ご苦労だった」
アリオスがねぎらいの言葉を掛けるとルイは「いいえ、鍛錬にもなりませんでしたよ」と笑った。
積み上げられた部下の前に膝をつき、悲壮な顔をしている伯爵にアリオスは「フレデリック伯爵、貴方を役所へ連行します」と、感情のこもらない声で告げた。
一瞬、悲壮な顔をしたものの、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
「俺を捕まえた所で、罪を問う事はできんよ。お前らの様な下級貴族と伯爵の地位を持つ俺と・・・皆はどちらの言葉を信じるだろうな」
「・・・・それって、地位が高ければ高いほど、白いものを黒って言っても皆が信じるってことよね?」
私は確認するようにリズを見れば、「まぁ、直訳すれば・・・ですね」と、不快そうに返した。
「なら、有罪決定じゃない」
私は「ぱんっ」と手を叩き、満面の笑みで答えれば、伯爵は白かった顔を今度は真っ赤にして「平民風情がっ、何を!!」と噛みついてきたけど・・・
「だって、この中での最高権力者って・・・・」
と私が言えば、伯爵と子供達以外は一斉にアリオスを見た。
当然、伯爵は訳が分からないといった顔をしている。
「アリオス、魔法解かないと」
魔法で姿を変えている彼は、何処からどう見てもイケメン一般市民だ。
そんな彼を皆が凝視しているのだから、何も知らない伯爵は怪訝な顔をして当然。
「あぁ、わかった」
そう言って、パチンと指を鳴らせば、ハシバミ色だった髪の色は光り輝く銀髪に。茶色だった目の色はアメジストへと、本来の姿へと戻っていった。
「お前の様な犯罪者でも、我等の顔くらいは知っているだろう?」
何の地位も権力もない優男だと思っていた人物が、ふたを開けてみればこの国の王子だったとは。
その傍に立つのは、これまた変化の魔法を解いた金髪碧眼のリズ。
この国の王族で、アリオスとリゾレットは別格に人気があり、顔を知らない人はいない。
伯爵は驚きすぎて、正に放心状態。
そんな彼等はルイの部下に引きずられる様に連行されて行った。
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