第3話 OHANASHI

 部活動の正式入部初日、部活動時間も終わり活動を終えた生徒が三々五々下校をしている時間。少女がひとり校門に背中を預けながら立っていた。腰までの黒髪を風に揺らし時おり校内をうかがう。そこで短く切り揃えた黒髪に細面で中性的で整った顔つきで可愛らしい感じの男の子の姿を見つけると嬉しそうに笑顔で呼びかける。

「愛翔。こっち」

「楓。待たせたか」

愛翔に抱きつく楓と、それを優しく抱き返す愛翔。それは彼らにとっての日常。昔から彼らの周囲にいた仲間たちは『ああ、またやってるよ』ですませているのだけれど、それ以外の生徒も多数。そして嫉妬と妬みと好奇心の視線が2人に注がれる。2人はそんな視線に気づきもせず、もう1人の幼馴染の合流を待っている。

「で、正式入部で何か変わった?」

愛翔は早速楓に聞いてみる。

「ん、ひとり気持ちの悪い先輩がいた。名乗りもせずにいきなり手を握ろうとしてきたのよね」

「おいおい、大丈夫か美術部」

「大丈夫よ。引っぱたいてやったから」

「楓らしいっちゃらしいけど、本当に大丈夫か」

「平気平気。きっちり締めておいたから」

「楓のそれは不安しか無いんだけど」

愛翔は溜息を吐きながら苦笑し、仕方ないかと楓の頭を撫でる。一方頭を撫でられた楓は表情を崩しにへらっと幼馴染以外には見せない無防備な表情をして目を瞑る。愛翔がそっと楓の頬に口づける。触れるだけの優しいキス。まわりから黄色い悲鳴が上がるけれど、ふたりは何故なのか理解できずキョトンとしている。そこに身長150センチ細身で栗色のショートカットの髪を揺らしにこにこ笑う小動物のような雰囲気の女の子が愛翔に抱きつくようにして合流する。

「愛翔、楓、あなた達注目されてるわよ。何したの?」

そう言いながら今度は桜が愛翔の頬にキスをするのは3人目の幼馴染の桜。またもや黄色い悲鳴があがる。

「今桜がしたのと同じことしただけだよ」

「ふーん、それだけでかあ」

「ま、いいか。帰ろうよ」

3人はゆっくりとした歩きで帰路についた。

「で、桜は正規入部初日どうだった」

「うん、女子バス自体は楽しかったよ。思った通りレベルも高いし」

「そか、でも女子バス自体はってことは、別に何かあったんだろ」

「あははは、うっかりしちゃったなあ。うん男子バスの人たちに愛翔はどうしたんだって囲まれちゃって」

愛翔の表情が変わる。

「いやいや、女子バスの部長が助けてくれたから大丈夫だったんだよ」

「よし、明日朝練前に男子バス、夕練前に美術部に話にいく」

「いやいや、大丈夫だから」

「桜も楓も俺にとって大事な幼馴染なんだ。そんなところで嫌な思いさせたくない。嫌な事してくる奴はどやしつけてやる。こういうのは最初が肝心だからな」


 翌朝、愛翔は本来の登校時間より10分程早めに家を出た。いつもの角で桜と合流する。

「ねえ、本当に男子バスに文句言いに行くの?」

「当然だろ。俺に聞きに来るなら分かる。それを桜にしかも大勢で取り囲んでってのは赦せない」

そう言いながら通学路を歩いていると横から愛翔に抱きついてくる女の子が1人。

「おはよう、愛翔、桜」

「おはよぅ、楓。あれ、美術部は午後だけじゃないのか」

「あはは、だって愛翔がバスケ部に殴り込みに行くんでしょ」

「そんなわけあるか。OHANASHIに行くだけだよ」

「やっぱり、あたしが居ないとダメなやつじゃん」

「大丈夫だって。俺だって成長してるんだからな」

「そう言いながら、愛翔は何人精神的に潰してきたの?」

言葉に詰まる愛翔。実際、愛翔は過去に徹底的に遣り込めることで何人かにトラウマを植え付けてきている。それを止められるのは楓だけだ。


学校につくと愛翔はそのまま体育館に向かった。靴を脱ぎ体育館に入ると

「失礼します。1年の住吉愛翔です。男子バスケット部の方に、昨日複数の男子バスケット部員が行った1年女子へのイジメの件で話があってきました」

堂々と体育館全体に響き渡る声で言い放った。慌てたのは男子バスケット部員と顧問の浦野先生だ。部員が複数で愛翔を囲んだ。

「おまえ、いきなり何を言い出すんだ。言いがかりをつけるのはやめろ」

「朝から何出鱈目を叫んでるんだ」

と小声で言いながら愛翔を体育館から追い出そうとする。しかし、愛翔はそれこそニヤリと悪い笑顔を見せる。

「わざわざ追い出さないといけないという事は、自分たちに非があることは分かっているようですね」

これも体育館に響き渡る声で言い切る。そこに浦野先生が駆け付けた。

「おい、住吉と言ったな。今のはどういう事だ」

ここまで来てしまえば部員も愛翔を追い出すことも出来ない。

「まずは、ここでのお話は記録させていただきます。いいですね」

愛翔が見せたのはノートとペン。ただしペンはペンとしても使用できるが、ペン型のICレコーダーなのだが当然相手にはそうは見えない。

「後であれは違うとか言ってないとか揉めるのはゴメンですので」

そう言うと浦野先生も頷き

「まあ、そういう事なら認めるしかないな」

と確認を取ったところで愛翔が話し始める。

「昨日の夕練の際ですね……。

……という事なのですが浦野先生は責任者としてどうされますか。オレとしてはこれは明らかにイジメであり今後のためにも明確な罰則を与えたうえで謝罪をさせるべきと考えますが」

「いやいや、そこまで大げさにするようなものではないだろう。君に入部してほしかった部員がちょっと勢い余っただけなのだから」

「つまり学校としては、昨日の事件は無かったことにすると言われるのですね」

「いや、学校としてなどと大げさに言われても」

「いえ、浦野先生は学校に責任者として任されているのですよね。となればこの場では浦野先生の発言は学校としての発言とみなされます」

顔色が悪くなってきた浦野先生に愛翔は手を緩めない。その間も愛翔は何かをノートに書きこんではいる。

「昨日の事件は、この体育館で起きたので別の生徒によりフォローされたようですが、こういうことをする人間はいつ隠れて同じことをするか信用できません」

徐々に追い込まれていく浦野先生がついに折れた。

「わかった。部内で注意喚起をして今後同じことが起きないようにしよう」

愛翔が溜息を吐く。

「それはつまり何もしないということですね」

「いや部内で注意をすると言っているだろう」

「注意だけですよね。ペナルティは無しで」

「ペナルティだと。そこまでのことかよ」

周囲にいた男子バスケ部の部員が騒ぎ出す。

「ふざけるなよ。何人もの上級生男子に囲まれて威嚇される1年生女子がどれほど恐怖を感じるか分かってんのか」

愛翔は周囲に言い切った後続けた

「浦野先生、今の反応でわかりますよね。彼らは全く反省していない」

苦り切った顔をした浦野先生は

「わかった。該当する部員には然るべきペナルティを与える」

「然るべきとはなんですか。退部処分ですか。3カ月対外試合参加禁止ですか。まさか練習参加禁止程度ってことはないですよね。何しろ表沙汰になれば部全体が半年間対外試合禁止にはなる程度の事態なんですから」

「そんなわけないだろう」

「そこまでの事のはずがないだろうが脅すにしても程度があるぞ」

また騒ぐ周囲の部員に

「なら外部に持って行っても良いですよ。俺がここに来たのはむしろ善意ですからね。無関係の部員にまで累が及ぶのが可哀そうだと思ったからきただけです。浦野先生の表情を見ればそれが出鱈目じゃないこともわかるでしょう」

「ウラセン、こんなやつの言う事聞く必要ないでしょう」

「外部に持っていくならもって行かせたらいいじゃないですか」

浦野先生は首を振り

「こんな案件が警察や教育委員会に持ち込まれたら、彼の言う通り半年間の対外試合禁止くらいはあり得る。まあ証拠があればだが」

と愛翔を見やる。

「まだ、そんなところでグダグダ言ってんですか。ほら、これはコピーですよ」

そう言って愛翔が投げ渡したのはUSBメモリ。

「君はいったいなぜそこまで……」

「小学生の時にやられたからですよ。こいつはそのせいで不登校寸前まで追い込まれたんだ」

「はいストップ。愛翔そっから先は無しね」

楓が止めに入った。

「なんだよ、こいつらに自分たちがやったことがどれほど酷いかをうぷぅ……」

楓が手のひらで愛翔の口を塞ぐ。

「そっから先は無し。桜だって言われたくないと思うわよ」

やっと愛翔も気づく

「桜ごめん。楓ありがとう。だいぶ頭に血が上っていたみたいだ」

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