エピローグ その3 田崎 和信
夏のクソみたいに暑い日差しを浴びながら、肉体労働に従事している俺、田崎 和信40歳独身は、いつもの様に帰り道にあるスーパーの、半額シールの貼ってある冷たくなった日持ちしない惣菜2パックと500ccの缶のチューハイを1本購入して帰宅したんだ。
いつもなら帰宅と同時に玄関まで走って来る雄猫のガンモの足音も無くて、あっ!脱走してる!と思ったのも束の間、後ろを振り返ってガンモーって呼ぼうとしたら、玄関前の道路の向こう側から俺の持ってる惣菜目掛けてダッシュしてくるじゃないか。
そこまでは良かったんだ。
あんまり遠くまで行って帰って来れなくなったりしなかったから良かったと思いつつ、でも大型車の近付いて来る音が聞こえてガンモがうずくまってしまったから、さぁ大変!
持っていた惣菜もチューハイも放り投げて、今まさにトラックに跳ねられそうになってるガンモを、初老に差し掛かっているが日々の肉体労働でそれなりに動ける体でヘッドスライディングからのキャッチ、抱き抱えた瞬間もの凄いブレーキの音がして……
「兄ちゃん!飼い猫くらいちゃんと面倒見とかんかい!危ないやろ。」
「申し訳ないです。すいませんでした。」
間一髪、俺やガンモから30cm離れた所で止まって貰えた。
「ほんま気いつけてや、ほななっ!」
いい感じに怒られた。
「ふむ、西〇運輸か……こんな田舎の車の少ない県道なのに、徐行とかして安全運転なんだな……」
ガンモが音に驚いてじたばたしてる。
「ドライバーさんめっちくちゃイケメンだったな、凄いロン毛の似合ってる白人?ハーフ?まあいいや。」
今は腕の中で体をクネクネさせて逃げ出そうとしてるガンモに……
「ガンモ。お外で遊んで良いけど道路は渡っちゃダメだって言ってるでしょ?だーめ。」
うん、これでよし。大人しくなったガンモを左肩にデローンと乗っけて、投げ捨てた惣菜とチューハイを拾って玄関を開けたら……見た事無い靴が置いてあって。
「またお前は金か!金の無心しか出来んのか!」
おっちゃんの怒鳴り声が聞こえて来た。
「ちょっと怒鳴るなよ。兄貴久々じゃん、おかえり。」
親父もお袋も、おっちゃんも兄貴も……俺を見て固まってる……
「和信……頭……血が……」
「ん?ああ。さっきのでか、気にしなくていいよ、ガンモ……ちょっと和室に行っといて。」
少し痛いかな?指を玄翁で潰すより痛くないから大丈夫。
「んで、今度は何?最近は順調だったんじゃねえの?」
最近連絡が無かったから順調だったと思ってたんだけどな……
「どうしても支払い期限に間に合わないんだ。今回で最後だ。これが終わったらこっちに帰って来て働くつもりだ。頼む100万貸してくれ。」
おっちゃんの目が完全にブチ切れた時の目になってるし、親父もお袋も呆れてる。
「何処で働くんだよ?簡単に見つかんねえぞ、田舎だし。」
「アイツの実家の養鶏場で働く事になってる。来年は上の子も中学に上がる所だし、下の子も小学校に上がる所だし。頼むよ、これで最後にする。」
ふ〜ん。
「そっか、とりあえずちょっと血を洗ってくる。」
面倒臭いな……
「鍵……鍵……って掛けてないじゃん。まあ田舎だし盗む奴なんて居ないもんな。」
机の引き出しの鍵が掛かるとこに入れてた貯金通帳と印鑑と封筒を取り出して。
「ほれ、通帳に100万ちょい入ってる、んでこっちは50万。こんだけあれば引越し資金とかも足りそうだろ?借金返してすっからかんになったら、どうやって生活すんだよ?」
「和信……恩に着る。ありがとう。ありがとう。」
親父もお袋もおっちゃんも、素っ頓狂な顔になってんな。
「長男なんだから、しっかりしてくれよ。跡継ぎだろ?」
俺がそんな事を兄貴に言ったら……
「かずのぶっ!なんでお前が毎度毎度金を出さなきゃいかんのじゃ!こんな奴!こんな奴!」
やっぱりおっちゃんが怒鳴った。
「うっせ!俺が貯めた金だろ。俺が何に使おうがいいじゃねえか。金なんて働けば済むから気にすんな。」
あら……昔なら掴み掛かって来てたのに……椅子に座り込んじゃった。ごめんおっちゃん。
「まっ、いいじゃん。養鶏場ってキツイぞ。頑張れよ。」
そんな事を言ってから、ぶっ倒れた……多分頭から流れる血のせいで。次の日病院で起きたら18針も縫うくらいの怪我してた(笑)
兄貴家族が実家に帰って来て、俺は空き家だったとこにガンモと暮らしてんだけどさ。最近村に人が増えたんだ。
「ああ、おはようございます、丸戸さん。今日もいい天気になりそうですね。」
三丁目のお
「和信。今日の祭りはお前も来いよ。」
「ああ、マッチョ大竹和尚。もちろん見に行くよ。」
近所にある大竹寺の住職、マッチョ大竹って俺は呼んでる、還暦回ってる癖に最近めちゃくちゃ若い美人の奥さんを貰ったんだ。腐り落ちてしまえ!
「何がマッチョじゃ!相変わらず生意気なクソガキだ。」
昔から怒られるんだよな……なんでだろ?(笑)
「千夏ちゃんがフランス人の知り合いを連れて来るって言うから、迎えに行かないとなんだよ、邪魔すんなって。」
姪っ子の千夏ちゃん、SNSで知り合ったフランス人家族と仲良くなって、日本の田舎の祭りを見てみたいって言われたらしく、迎えに行かなきゃなんだ。
だから村のマイクロバスを借りて俺が迎えに行くんだ。大型免許も持ってるからね。
千夏ちゃんに内緒にしといてって言われてるけど、彼氏も連れて来るらしい、
近場の変化はこれくらいかな。
んで俺の変化。
なんだかんだで兄貴は真面目だし、最近じゃ村おこしにブランド地鶏化してる地元の鶏の宣伝も忙しそう、実家の事は任せたし、近所の見回りもしてくれてる。
だから俺の時間がぽっかり空いたんだ……だから。
「さあガンモ、ヘルメット着けようね。」
何をしてるかって言われたら、ガンモにヘルメットを被せてる所。
ネットショップで買ったんだけどさ、白を頼んだはずなのに、ピンクの花柄のジェットヘルが届いてさ。返品しようかと思ったんだけど、ガンモが気に入っちゃったらしく、返さずそのまま使ってる。
ペット用のヘルメットとか売ってんのにビックリしながら買ったんだよな。俺のより高かったし。
「やっと資金も貯まったし、これで念願の北海道ツーリングだ。気合い入れてテント生活すっぞ。」
俺が持ってるRZ35〇にサイドカーを付けたんだ。もちろんドーム型のアクリルの屋根も付いてる。それをガンモに見せたら……
ここは僕の場所って感じで、行儀よく座ってくれた。今ではガンモのお気に入りの場所になってる。脱走した時は殆どここで昼寝してたりする。
「さあエリザベートさんと合流するまでノンストップだ。気合入れて走ろう。」
千夏ちゃんが前に連れて来たフランス人の美人さんと、なんでか知らないけどめちゃくちゃ仲が良くなった……
2人で合流して北海道を回るんだ。ムフフ……
「いこうかガンモ。」「にゃ。」
おっ!
「今返事した?返事したでしょ?お利口さんだな〜ガンモは。」
ここに至るまで2年かかった、郵便局の口座には150万入ってる。財布にも10万くらい入れてある。
「和信、いきま〜す!」
キックスターター蹴ったら、ケッチン食らって悶絶した。
「いってぇぇぇ!」「にゃっ!」
おしまい。
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