S.M.Zのお使い アトラ大陸 意外な実力者


 元木こりの冒険者ギルドマスターや、高校生の見た目の水神にスキルを駆使して見られていた一行の出立は、何も起こらず普通だったようだ。


「モモさん。先程の舞は特別なものなのですか?」


 初めて見るニカラの次期巫女姫の単独の舞に感動した慈王君。鎮魂の歌レクイエムがかなり気に入ったようだ。


「滅多に唄わない歌なんですよ。特別かと言われたら特別かもしれません。」


 好きな相手の特別を知れて機嫌が良くなった慈王君は、今回の旅が良いものだと心から思っている。


「でも母は。本物の巫女姫は、もっと上手に舞いますよ。私でも見惚れてしまうくらいに。」


 ハクさんって普段は暴力的だが、歌や舞に限って言えば、長いニカラの歴史の中で1番と言われている。


 モモちゃんの目標は母親のハクさん。

ニカラの舞を全て知る鬼、全てを魅了する巫女姫と呼ばれている実母だったりする。


 あまりにも美し過ぎる歌声と舞に、獅子王と呼ばれた獣人の王が人妻と知りつつ口説いてしまう程に。

 しかし、口説く時にハクさんの尻を撫でたせいで、全力のビンタをくらい首が捻れて死に至ったのだが。


「ハクさんの本気の舞も1度は見ておきたいですね。」


「毎年数回は単独で舞いますよ。ニノ様がリクエストなさるので。」


 何かある度に相撲大会を開こうとする鬼達を、どうにかして歌や踊りに誘導出来ないか思案するニノ。


 相撲大会に巻き込まれるのが、あまり好きじゃ無いようだ。


「しかしハクさんは相撲もお強いですよね?ニカラの一族でも上位に入るのでは?」


「本気を出せば母より父の方が強いんですよ。」


 慈王君はエンジさんを思い出して、少し不思議に思ったようだ。


「エンジさんは、それほどにお強いのですか?」


「ええ。母が父に恋した理由が、父の強さを物語っていますから。」


「どんな理由なのですか?」


「少し長くなりますよ?」


 モモちゃんは、母が父に惚れた日の話が大好きなようだ。いい笑顔である。


 にゃん族の3人は、シメジの尻尾に掴まって、風を感じている。

なのでシメジの背に乗るのは2人なのだが、慈王君は2人だけの空間だと思っている。凄く楽しそうだ。


 長くなる事を了承した慈王君に、モモちゃんから母の恋した理由を教えられた。


「本当は、父が次のニカラの族長になるはずだったらしいんです。」


 アオさんでも、アオさんが指名したアカ、クロでも無い。


「それくらい、真面目で優しくて強い鬼なんですよ父は。」


 ニカラの大人の強さを慈王君は身を持って知っている。

ちょくちょく相撲大会に参加しているから。

それでも、エンジさんが族長を務められる程に強いとは思えないようだ。


「まだ母が今の私より若かった頃に、父に命を救われたそうなんです。」


「どんな状況で?」


 慈王君は興味津々。


「まだ8歳の子供が、何も持たずに土竜を倒せると思いますか?」


 モグラじゃなくて、竜である。

土の中を魔法の力で泳ぐ手足のある巨大なサメのような生き物。


「それは無理でしょうね。今の私でも不意を付かれたら、逃げに徹する事しか出来ないでしょうし。」


 音も無く、匂いも無く、土の中から突然襲い掛かっって来る土竜。

そんな生物を確実に撃退出来るものは世界中を探しても数人しかいない。


「突然地中から襲ってきた土竜に母が飲み込まれた時に、そばに居た父は自ら土竜の口に飛び込み、腹の中まで自力で辿り着いて土竜の腹を破って母を助け出したんですよ。」


 慈王君は驚いている。

モモちゃんの言ったことを、普段は温厚で優しいエンジさんがやった事に。

そして、それが8歳の時と言う事に。


「皆が諦めてしまったらしいんですよ、母の事を。なのに父だけが諦めなかったらしいです。」


 モモちゃんの顔がうっとりしている。


「左足に大怪我をして、膝から下を切り落とさなければならない程に足に大怪我をしつつ、母を無傷で助けたらしいんです。8歳の父が1人で。」


 ニカラの鬼の8歳と言えば、身長140cm程が平均だろうか。

そんな子供が体長30mを超す土竜の口に自ら飛び込んだ事を、単純に凄いとしか思えない慈王君。


「その時に父が叫んだ言葉に母は恋をしたそうです。」


「どんな?」


「ハクお姉ちゃんは僕のお嫁さんにするんだから、化け物のゴハンになんかしてやらない。」


 実を言うとエンジさんは、アカアオクロハクの2歳年下なのである。


「その時の父は無我夢中過ぎて、覚えてないらしいですけどね。」


 ハクさんは、丸呑みされて消化される直前で助けられたのだ。プロポーズされながら。


「母と同い年か、それ以上の年齢の皆さんなら覚えている事らしいです。私が小さい頃は良く昔話もしていたので。」


 慈王君は、俺には無理かもって思っている。


「私が小さい頃の父は片足に棒を付けてましたが、他の人より働けないはずなのに、1番の働き者って言われてたんですよ。でも族長の資格は失っちゃいましたからね。片足が不自由なので、戦えませんから。」


 片足で石工をやるとか、真面目で実直なエンジさんだから任されていたらしい。


「聖なる大地に辿り着いた後に色々あったのですが。切り落としたはずの足が生えてる事に父はとても感謝しています。」


 ガンモの治癒魔法で生えちゃったらしい。

因みに、ニノもガンモもエンジさんの片足が不自由だった事は知らない。


「普段だと相撲がそれほど強くないのは、思いっ切りやって誰かに怪我をさせるのが嫌らしいんですよ。」


 だから、ニノやカンタ君に挑戦する時だけ、本気になるらしい。

聖域に来たばかりの頃は、久々に両足で大地を踏み締められる感覚に慣れておらず、負け続けていたが。


「私を嫁に欲しいなら、本気の父に向かって行ける程に強くなって下さいね。まずそこが最初の条件です。」


 勝てとは言わないが、かなりキツイ条件である。


「ははは……」


 慈王君苦笑い……


「そして、アオ兄さんでも叶わない程に凄く強くてカッコ良くなってくれないと、私は好きになりませんよ。」


 訓練が十分で統率の取れた5万を超える軍隊の前に、棍棒1本片手に持って単身で突撃して行けるアオさん以上に強くなれと言う……モモちゃんは鬼か?


 鬼だな……


「慈王ガンバレ!僕も応援してあげるから。沢山鍛えよう。」


「玉砕覚悟で頑張るにゃ!」


「お嫁さんが欲しいなら、頑張らないとにゃ。」


「玉砕戦法にゃ!当たって砕けるにゃ!」


 風を感じる事をそうそうに飽きて、2人のそばに来ていたにゃん族3人と、2人の話をずっと聞いてたシメジに励まされる慈王君。


 しかし、ポム(雌)の言葉は応援じゃない気がする。


 そして、その頃。


 ヤポーネ王国の首脳陣から神とキャットナインテイルの存在を公表しないように、と過去に口止めされていた元木こりのギルドマスターなのだが……

 大勢の人間が見てしまった、ナインテイルと魔族の2人の事を、ラスト大陸に広まらないように隠すのは、不可能だった。




 ラスト大陸に聳える霊峰トリプルセッション。


 他の大陸に聳える霊峰と違い、この山は、全く同じ高さからなる3つの頂きで構成されている。

 聖域への転移門は、3つの山の山頂から見て中心部、空中に設置してある。


 そんな山頂に辿り着いた6人、転移門を護る守護者を探すが、今回は慈王君も面識が無く、もちろんモモちゃんも知らない。


「聖なる大地への門番・ラスト大陸の守護者よ。その姿を表せ、我が名は慈王。聖域に座する世界の守護神であり創造神より使命を与えられし者。」


 その言葉が終わったと同時に、シメジが飛び上がる。5人を背中の毛で護りながら。



 飛来する何かを高速で避けつつ、シメジが何も無い空間に体当たりする。

 シメジの毛で保護されつつ、神器を纏って羽を出す慈王君。

シメジの背中から飛び出して、シメジと同じく何も無い空間に向けて魔法を放つ。


 モモちゃんは何をしていいのか分からず、にゃん族3人を抱き抱えながら、防御魔法を発動していた。


 標高14000mでの空中戦は、2時間以上にも及んだ。


 その間、慈王君は何度も死の淵に至る程に怪我を負ったが、シメジの尾から放たれる治癒魔法で復活をとげ、シメジの背に襲い掛かる何かを己の身で防ぎ、更に何も無い空間へと魔法を放っていた。


 シメジの体当たりや猫パンチが炸裂する度に、何かが居るのが見えるのだが、それが何か分からなかったモモちゃん。


 こんな時に空中戦の出来ない自分の無力さを思い知る事になる。


「捕まえた!なんでお前達は攻撃してくる?」


 シメジの口に咥えられたのは、ハルピュイアだった。

 シメジに捕まったハルピュイアの他にも2人居て、シメジに捕まったのを心配して姿を表した瞬間に、慈王君から背後を取られて拘束されてしまった。


「守護者が神の使いに攻撃を加えるのは何故だ?」


 何度も瀕死になる程の怪我を負わされた慈王君、そのうち1度は顔が半分吹き飛ぶ程の大怪我だったのだが、溢れ出る魔力を使い拘束するだけである。


「何が神の使いだ!お前達から大いなる主の匂いがしない!どうせまたオリュンポスの神が遣わした偽物だろう!」


「今度は奪わせないぞ!今度は脅されても屈しないぞ!」


「命なんか要らない、今度は渡さないぞ!」


 何を言ってるか分からない6人。

聖域への転移門を使い、ニノを呼んで来ようと言う事になった。


 そして、呼ばれて来たニノ……


「ごめん、言うのを忘れてた……。」


 ポリポリと後頭部を掻きつつ、6人組だけでは無く、ハルピュイアにも謝罪していた。


 初めて乗ったガンモの背中から、少しニヤケつつ。


 S.M.Z+猫人×3に謝罪する星神。

ガンモの背中の上に乗っているので、だらしなくニヤケていたが、ハルピュイアに対峙する時は、自力で空に浮かび3人のハルピュイアと話をしている。


「シメジ、慈王、モモ、トラ吉、マダラ、ポム。お前達は1度聖域に戻って。終わってから話すから。」


 その言葉はガンモである。

息子のシメジが居るからキリッとしている。


 星神は、背中に12対の羽を生やしているのだが、虫の羽や水鳥みずとりの羽、なんの生物か分からない翼膜なども生やしていた。




 聖域に帰ってきた6人のうち、慈王君がいきなり倒れ込んだ。

 解除された神器から出て来た慈王君の素顔は血だらけで、普段なら自身満々な表情がかなり険しい物になっている。


「慈王!もう一度癒すから。」


 シメジが普段より強く光って癒し魔法を発動させた。しかし先程の激戦のせいで上手く治癒出来ないようだ。


「シメジ君。息子は任せて。」


 たまたま聖域のサーキット場に原チャリを乗り回しに遊びに来ていた、父親の東郷君に癒されて見た目は回復した慈王君。

モモちゃんは唖然としながら見ているだけしか出来なかった。


「大丈夫にゃ!好きな女の前では頑張ってしまうのが男の子にゃ!」


 そんな言葉をポムに掛けられ、俯いていたモモちゃんが上を向く。


「鬼なら息の根が止まる瞬間まで自ら膝を付く事は無い。気合が足りん。根性が足りん。しかしモモを庇ってくれてありがとう。」


 心配したエンジさんからも声を掛けられた慈王君。少し誇らしそうだ。


「元女神と本気で戦って生き残るなんて、ただの魔族なのにやるじゃん慈王。」


 カンタ君が褒めている。

そして、カンタ君の言った元女神とは……


「シメジなら同格の神獣だから、堕女神と戦っても死ぬ程の事にはならないけどさ。慈王なんてただの魔族だろ?それなのに神気を纏う、元女神のハルピュイアに対抗出来たなんて、よっぽどカッコつけたかったんだな。」


「それ程に危険な相手だったんですか? それに元女神っていったい?」


 カンタ君と東郷君の話してる内容が気になるモモちゃん。


「そこは、ニノにいが帰って来てから説明してくれるさ。春芽にも来て貰って癒して貰いな。あとこれも渡しとく。」


 カンタ君が作った【少年の見た目の蟲の神様の新鮮絞り汁】こと、超高純度魔石を渡された東郷君。

 カンタ君にお礼を言いつつ、慈王君の胸に押し付ける。


 すると、慈王君に吸収された魔石が、魔力となって慈王君の体内を駆け巡る。


「まあ、半分オイラの眷属みたいになっちゃうけど、死ぬよりはマシだろ?」


 そう言われた慈王君は、少しだけ神気を纏っていた。




 その頃、トリプルセッション山頂では。


「ホントに申し訳ない。事前に連絡するべきでした。」


「ホントによ。貴方が大いなる主に連なる神だと分かっていても、思いっ切り抗いたい気分だわ。」


「ここに誰かを寄越す時は、必ず連絡をちょうだい。」


「二度と勝利の果実は渡さないんだから。」


 元運命の女神、ハルピュイア三姉妹。アロエー、オキュペテー、ケライノー。

女神だった頃の名は、クロートー、ラケシス、アトロポス。


 遠い神話の時代に、デュポーンに無常の果実を渡した3女神、その後にハルピュイアへと姿を変えた三姉妹。


 ハルピュイア姿から女神の時の姿に変わって話しているので、薄着である。

おかげで若い女性が少し苦手なニノがタジタジなのだが、全く気付いていない。


 ガンモは落ちていたハルピュイアの羽をクンカクンカするのに夢中のようだ。




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