S.M.Zのお使い アトラ大陸 最高金賞
まず最初に動いたゴブリンは、15人の中では比較的に背の小さいゴブリン。
「オラの特技は熟れた果実を嗅ぎ分ける事だ。美味い果実を探すのが得意で、俺の嫁になれば一年中甘い果実が食べられるだ。」
あれ?慈王君はそう思ったはずだ。
「オラの持ってる棍棒と同じ重さの食べ物を運べる力持ちだ。」
「何を言う、早くかかってこい。」
慈王君は次期魔王・最有力候補としてのプライドがあるので、ゴブリンごときに自分から攻撃する気は無いようである。
「なんでアンタにかかって行かなきゃならない?オラは喧嘩しに来たんじゃ無い。オラは恋をしに来たんだ。」
慈王君の方など殆ど見ておらず、モモちゃんに熱い視線を送る背の低いゴブリン。
「却下、食べ物は食べ切れないほど沢山要らない。その日にお腹いっぱい食べられたら充分。」
椅子に腰掛けたモモちゃんが全否定した。
「オラじゃダメか。次ぃ!」
そして出て来たのは1番大きなゴブリン。
「オラはチョモ族の中で、1番酒を作るのが上手いんだ。先祖が髭の人から教えられた、バナナの酒を作るのが特に上手いんだ。」
慈王君はボケーッと見ているしか出来てない。どんまい。
「オラの嫁になれば、その年1番の酒が飲めるだ。」
大きく手を広げて、モモちゃんにアピールするゴブリン。
「却下。あなた達がお酒作りを教わった髭の人コリンナさんの近所に暮らしてますし、ほとんど毎日一緒に食事をしています。コリンナさんから貰えるので、お酒は必要ないです。」
「あれまあ、髭の人のお知り合いか。オラじゃダメだ。次ぃ!」
どうやら慈王君も戦う気が無くなったみたいだ、モモちゃんの隣に椅子を出して座って見学に回ったようだ。
3番のゴブリンは筋肉ムキムキで大きな木の盾を背負ったゴブリン。
「オラは地竜の襲撃を10回生き残った。盾を持って皆を助けるのが得意だ。だけど攻撃が出来ねえ。そんなオラだけど、貴女と暮らせたらきっと変われる。だから嫁になってください。」
「却下。好みじゃない。」
モモちゃん酷い。最初の2人には丁寧に答えたのに……
3番目のゴブリンが肩を落として集団に戻った後に、モモちゃんの前に出て来たのは2人のゴブリン。
「オラ達は貴女とお友達になりたい。オラはウメ。」
「オラはビワ。よろしくお願いします。」
「お友達以上になれませんけど、お友達なら良いですよ。私はモモです。」
ヤッターと騒ぎながら集団に戻っていく2人のゴブリン。友達……次にいつ会えるんだろう?
そんな中で動いたのがシメジ。
どうやら面倒くさくなったらしい。
「うにゃ!」
ゴブリンの集団の前に出て、軽く威嚇する。ゴブリン全員がシメジの毛並みにうっとりしている。シメジのモフモフに殺られたようだ。
そしてモモちゃんが本来の姿に変化する。
「私はゴブリンじゃなくて鬼なんです。」
ゴブリンの方を見ながら鬼だと言ったモモちゃんに向かって、ゴブリンが一斉に大きな声で答える。
「「かまわんですたい!」」
どうやらゴブリンさん達はゴブリン姿になれるなら、種族なんて何でも良いらしい。
そんなゴブリンさん達にモモちゃんが疑問に思った事を聞いてみる。
「なんでゴブリンの女性を探さないんですか?」
答えたのは線の細いシャーマン系のゴブリン。
「他所のゴブリンは腐肉臭いし清潔感が無い。貴女は清潔感があって、嫌な匂いがしない。とてもいい匂い。素晴らしい母親になれるいい匂い。」
なるほどと納得したモモちゃん。確か魔物の島に住むゴブリンは草食なんだっけ?なんて思い出したようだ。
「私は好きな相手が居ます。だから好きになられても困ります。」
モモちゃんの言葉に1番ダメージを受けたのは慈王君。ぐはっと言いながら、胸を抑えてる。
シメジがゴブリンさん達にモフられて、少しだけ息を荒くしていたのだが。
「もう行く。モモ、慈王、逃げるよ。」
シメジの取った行動は、たぶん最善の選択だろう。
「ウメさん、ビワさん、またね〜。」
走り始めた3人組。
名前を呼ばれたゴブリン2人は、大喜びでさようなら、また会いましょう。と言いながら手を振ってくれた。
後にこの時の話をモモちゃんに聞くと。
「最初にちゃんとした挨拶すら出来ない人なんて、恋人どころか友達にもなりたくないです。」
との事だった。
霊峰を下ってアトラ大陸北西部まで、地上から200m程の高さを、星神よりも浮くスキルに慣れたモモちゃん、元々空を走れるシメジ、仮面ラ〇ダースタイルなのに背中から羽が出ている慈王君は駆け抜けた。
空を一直線に駆け抜ける3人組は半日程で、ダークエルフの住む地域まで30分程走れば着く所まで来ていた。
「慈王さん、示芽慈彦様。あの馬車は襲われているのでしょうか?」
モモちゃんが遠目に見えた襲われているっぽい馬車を指差すと、慈王君が嫌そうな顔をした。
「あれは、馬車が襲われてるんじゃ無いですよ。仲間を解放しようとしている魔物を人種が撃退しようとしてるんです。世界中の何処でも見れる光景ですよ。」
襲撃を受けている馬車の荷物は、愛玩魔物達。珍しい毛色の小さな猿の魔物や、人気のある小型の犬の魔物、そして……
「仲間がいる!」
シメジが叫んだ瞬間にソニックウェーブが辺りに巻き起こる。
突然本気で走り出したシメジを追い掛けて、仮面ラ〇ダースタイルの慈王君が馬車に向かい急降下し始める。
モモちゃんは少しだけ出遅れたようだ。
「うにぁぁぁあぁ!にゃごおぉおぉぉぉ!」
(その子達を離せ!まだ子供じゃないか!)
シメジの言葉は、人種には通じていない。
数人の武装した人種達が、突然ソニックウェーブを撒き散らしながら現れたシメジに驚いてる。
我が子を取り返そうと襲撃を仕掛けていた小さな猿や犬、毛脚の短い猫などは、シメジが現れて直ぐに放った言葉を聞いて、味方が来たと思ったようだ。
「ナインテイルだ!馬車なんか捨てて逃げるぞ!」
「くそがっ!あんなのが居るなんて聞いてねえぞ!」
人種達は、荷を捨てて、一目散に逃げ出す。
そんな人種達を、慈王君は容赦なく叩き潰す。死なない程度に、それでも大怪我は免れないほどに。
「モモさん、示芽慈彦。2人は魔物達の事をお願いします。怪我をしているようなので。」
そう言って、慈王君は人種達の足を魔力で作った刃で足首の部分で切り落とした。
傷口を火魔法で焼く慈王君。鎧を解除して人種達に近付いて行く。
「お前達が魔物にしている事と同じ事をした。持っている魔石を出せ。」
全身打撲、両足の足首から切断。そして火傷。そんな人種達は虫の息のようだが、死ぬ程では無いようで、懐から数個の魔石を取り出す。
その魔石を奪い、自分の左腕を引きちぎった慈王君。とてつもない量の魔力を出し始める。
「我が身を糧に蘇れ。」
放出した魔力と慈王君の左腕が、人種から奪った魔石と融合し始める。
融合した後には、2体の小さなトカゲの魔物と、3体のコボルトが現れた。
それを見た人種達は、思い出した。
過去にアトラ大陸に未曾有の大惨事を巻き起こした蟲魔王を。
「まっ、まっ、まお…………。」
慈王君が、右手をかざして、言葉を出そうとしていた人種達に魔力を当てた。
言葉も出せずに人種達は気絶したようだ。
「慈王!血がいっぱい。直ぐに癒すから!」
肘から先を無くし血を流す慈王君を見て、シメジが焦って治癒魔法を使おうとするが。
「大丈夫これくらい。いつもの事だから。」
そう言って慈王君が気合いを入れた。
そして左腕が生える……まるでピッ〇ロさんみたいに。
馬車に囚われていた魔物や襲撃を掛けていた魔物。慈王君の左腕を触媒に復活した魔物達は、慈王君にあらん限りの感謝の気持ちを伝えて森へと帰っていく。
慈王君は、そんな魔物達の後ろ姿を見ながら。
「本当に嫌になる、人種達は弱者を虐げるだけじゃないか。」
ボソリと呟いた。
そんな慈王君の呟きに、モモちゃんは何も言う事が出来なかった。
少しだけ重い空気になった3人組。
ダークエルフの集落に向かい、とぼとぼと歩き始めた。
「やっぱり慈王さんは、人種が嫌いですか?」
外界の草木をクンカクンカしているシメジをよそに、モモちゃんが気になった事を慈王君に聞いたようだ。
「全ての人種が嫌いという訳ではありません。人種の中には魔物と本当に心を通わせて、家族と同じように扱う人が居る事も知っています。」
そんな人種は変わり者と呼ばれるのだが。
「ですが、あまりにも人は殺し過ぎる。魔物も動物も。」
与える事の出来る魔族だからこそ、憤っているのかもしれない。
「どんなに父が苦労しているか、どんなに父が無理をしているか、モモさんは御存知ですか?」
「いえ、全く……」
東郷君は、たぶん星神であるニノより、星神の仕事をしていたかもしれない。
「今はニノ様が、高純度の魔石を用意してくれてますが、ニノ様と出会う前まで父は自分の命を削って、魔物や魔族のために与える事を続けていました。」
知る事が生き甲斐の、ニカラの鬼の一族であるモモちゃん、慈王君の言葉に真剣な眼差しを向けている。
その後も様々な魔王の仕事をモモちゃんに話す慈王君。そして話が終わり掛けた時に……
「そんな父を少しでも助けたいと思い、私は魔王へ至る道を選んだんです。1辛ダンジョンの単独踏破で受け取れる特典を得て。」
慈王君はアトラ大陸1辛ダンジョンの踏破者である。
「特典として手に入れた、与える力。これを使う事が多すぎる。それが悔しいんです。」
「どうして?」
「次の世代に生命を繋ぐために狩るのは、父も私も止めませんし、助けません。それが自然の摂理でしょうから。」
ニノが嫌いな弱肉強食の摂理である。
「しかし不条理だと思いませんか? 魔石を燃料にしなくても火を焚く事は出来る。水は川から、井戸から汲んで来ればいい。それなのに奪われるんです。楽をする為に……魔物や魔族の生命の源である魔石を。」
モモちゃんも使った事がある。だから慈王君に何も言えなくなってしまった。
「奪われた魔石の魔力を使い切られたら、霧散した魔力が集まるのに、長い年月が掛かります。その間、残された家族や友人達は無事に帰ってくる事を祈るしか出来ないんです。」
そして先程の魔物達の話になる。
「愛玩魔物なんて言葉なんか消滅させてしまいたい。魔力の薄い場所で飼われ、魔力の薄い食事を与えられ、徐々に弱って死に行くだけの愛玩魔物達を、可愛がっているなら人は何故に檻から出してあげないのですか?何故に森に帰してあげないのですか?」
慈王君は、真っ直ぐ前を向いている。顔も心も。
「私はいずれ魔王になります。どんな人種からも虐げられないように、全大陸の魔物や魔族を全て深淵の森に集めて回ります。先々代の魔王であるナメッコ様や先代の魔王である禽魔王様、蟲魔王の父すら出来なかった、魔種の完全保護。それが私の、必ず達成すると決めた目標です。」
慈王君は、一世一代の告白をするようだ。
「妻になってくれとは、もう言いません。ですが、アオさんを見ている時間を少しで良いので私にください。私をもう少し見てください。その後にもう一度考えて頂けませんか?」
真剣に放った言葉は前回の告白のように軽く流せなかったようだ。
「はい。でも、今もちゃんと見ていますよ。最初に会った頃より、ずっとカッコイイ人なんだなって思えますから。」
満面の笑みでモモちゃんに言われた慈王君。ふがっ、と言って照れていた。
青春だなぁ……
しかし……
既にダークエルフの集落の範囲に入っている事にも気付いておらず。
周りをダークエルフに囲まれているのにも気付かず。
一世一代の告白を、ダークエルフ達にメモを片手に記録されていると全く気付いておらず。
この後、ダークエルフの集落で開かれた3人組の歓迎会で、即興で作られたミュージカル風の劇にされていて、恥ずかしくて逃げ出したくなるモモちゃんと慈王君だった。
そんな中、ダークエルフ達が開いてくれた歓迎会の料理が、聖域でも人気な海藻料理が殆どだった事をアオさんに伝えようと思い、細かいレシピまで貰ったモモちゃんはかなりのゴキゲンのようだ。
慈王君は告白を題材にしたミュージカルを、深淵の森の魔族文化祭で披露しても良いか?と問われて、楽しみを奪いたく無いと、しぶしぶ了承していた。
因みに、このミュージカルが、今年の魔族文化祭で最高金賞を獲る事を……まだ3人組は知らない。
シメジは集落の付近の森や砂浜を全て自分の縄張りにする事に夢中である。
4tトラックサイズのままで、ひたすらマーキングしていてダークエルフの匂いを嗅ぐのを忘れていた。
そんな3人組はダークエルフに200種類程の若木や苗や種を渡して、次の大陸へ向かうようだ。
向かう先は蒼大陸。
1度聖域に帰り転移門で飛ぶのと、海を飛んで渡る時間を比べたら、どちらも変わらなさそうなので、海上を浮いて走る事にしたのだが。
しかし……
「示芽慈彦様、モモちゃん、慈王さん。私に乗ってくださいな。」
首を海面に出して、3人組に乗れと伝えたスッポン。背中を海面に出して一瞬で乾かし、3人組に快適な海の旅をプレゼントするようだ。
そして……
蒼大陸とアトラ大陸を繋ぐ航路を渡る数隻の船舶から見られていた。
猛スピードで海面を進む、海の2強と言われる島亀の背中に乗って、はしゃぎ回る魔族2人と4tトラックサイズの災厄の獣を。
数日後には、アトラ大陸の人種側や、蒼大陸全土に悲報が伝えられた。
災厄の獣を連れた魔族が2人、島亀を従えて世界に厄災を振り撒こうとしていると。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます