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「ね、ね、聞いた?倉瀬さんの話。」


朋子が声を潜めて言う。

奈々は倉瀬という言葉に異常に心臓がドキリと跳ねた。

そんな奈々などお構いなしに、同僚たちは「何なに~?」と興味津々だ。

奈々は動揺がバレないように、こっそりと静かに深呼吸をした。


「バレンタインのチョコをね、個人的に渡そうとした人がいたんだって。」


「マジで?誰?めっちゃ気になる!」


同僚たちが盛り上がる中、奈々は動揺が顔に出ないように箸をぎゅっと握りしめる。

自分以外にも倉瀬にチョコレートを渡そうとした人がいただなんて。

でもよく考えたら、倉瀬は女性の間で人気があるのだ。

チョコレートの一つや二つ、貰わないわけがないだろう。


「総務課の原さんって知ってる?」


「知ってる!美人の受付嬢って噂の人だよね?」


美人。

受付嬢。


奈々の記憶の片隅に、総務課の原さんがぼんやりと浮かび上がった。


ああ、一時、男性陣が騒いでたあの人かと思い出した。

若くて美人でスタイルもいい、原さんとお近づきになりたいだなんて話もよく聞いた。

あの原さんだ。


奈々は訳もなくご飯を一口、口にほおりこんだ。

味なんてわからない。

けれど、食べていないと気が遠くなりそうだった。

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