030
「ね、ね、聞いた?倉瀬さんの話。」
朋子が声を潜めて言う。
奈々は倉瀬という言葉に異常に心臓がドキリと跳ねた。
そんな奈々などお構いなしに、同僚たちは「何なに~?」と興味津々だ。
奈々は動揺がバレないように、こっそりと静かに深呼吸をした。
「バレンタインのチョコをね、個人的に渡そうとした人がいたんだって。」
「マジで?誰?めっちゃ気になる!」
同僚たちが盛り上がる中、奈々は動揺が顔に出ないように箸をぎゅっと握りしめる。
自分以外にも倉瀬にチョコレートを渡そうとした人がいただなんて。
でもよく考えたら、倉瀬は女性の間で人気があるのだ。
チョコレートの一つや二つ、貰わないわけがないだろう。
「総務課の原さんって知ってる?」
「知ってる!美人の受付嬢って噂の人だよね?」
美人。
受付嬢。
奈々の記憶の片隅に、総務課の原さんがぼんやりと浮かび上がった。
ああ、一時、男性陣が騒いでたあの人かと思い出した。
若くて美人でスタイルもいい、原さんとお近づきになりたいだなんて話もよく聞いた。
あの原さんだ。
奈々は訳もなくご飯を一口、口にほおりこんだ。
味なんてわからない。
けれど、食べていないと気が遠くなりそうだった。
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