第66話 祖父母の秘密

 

「どういうことだ、じっちゃん達も兄妹……しかも血の繋がった……?」


「……うむ、そういうことじゃ」


「バレてしもうたならば、隠しても仕方がない。あたしから話をしよう。爺さんと結婚した理由は複雑での……」


 今度はばっちゃんが主体となって話す。






 先程のようにまた簡単に話をまとめると。


 戦後10年ほどして、じっちゃんとばっちゃんは一年空きで立て続けに生まれた。当時はまだ労働力がそのまま家族の命に繋がる時代。少しずつ復興して行っている最中とはいえ、二人の子供を育てるのは大変だった時代。


 しかし、貧しい生活が続くも、子供の時分には今で言う高度経済成長の真っ只中になった。生活もだんだんと豊かになり、ばっちゃん達の家庭としての余裕が出てきた。


 そこで、そろそろ自らの家庭を持ってもいいのではないのかと、同時期に二人共にお見合い話が持ち上がる。ちょうどばっちゃんが16、じっちゃんが18の頃。

 誕生日も同じで、ちょうど2年違いの兄妹。きょうだいの中でも歳が近いこともあって一番仲が良く、小さい頃からじっちゃんがばっちゃんの面倒を見ている親近感から次第に不思議と互いのことを異性として意識していくようになっていた。

 そしてある日、それぞれ上がっていた見合いを蹴り、駆け落ちしたのだ。


 つまり父さん達と似たような状況だったわけだな。


 そしてしばらくして二人は秘密裏に結婚。と言っても当然内縁の妻状態。子供、つまりは父さんをシングル扱いで育てるのには色々と障害があった。

 そこを助けてくれたのが、本来の母さんのご両親。聖人かと思うほどの心の広さと優しさを持ち、二人が生きていくのに助力を惜しまなかった。なので母さんを義理の娘として引き取るときも、親族が見捨てそうになったのを無理やりにでもと話をつけ育てることにしたのだ。


 以上が、ばっちゃんの話の要約だ。


 あ、これでも短くしたんだぞ?






「そんな、親子二代で続けてだなんて……」


 真奈は余りの衝撃の事実を受け止めきれていないようだ。


「じゃがこれが事実じゃ。な、爺さんや」


「そうじゃ……本当は孫にまで知らせるつもりはなかったじゃが……オド、何故言うてしもうた!」


 とじっちゃんは自分の息子に怒りを向ける。


「もうこうなれば一蓮托生だ。とことんばらしてしまって、憂いを経った方がいいだろう。本当は隠していたことに対して後ろめたい気持ちがあったんだろう? 俺も同じだからな、わかるさ」


「ですね……私も、もっと早く伝えていれば、真奈を説得出来たかもしれませんが。もう既に大分伊導のことを好きになったしまっているようですし」


 父さんと母さんは流石に今の話は全て知っていたようで、驚きはない。


 ただ、真奈だけじゃなく流湖まで黙りこくってしまっているのが気になる。


「流湖、大丈夫か?」


「え、う、うん……大丈夫、だと思う」


 何故か彼女は何かを耐えているような苦しそうな顔だ。


「先輩……私も驚きました、お気持ちお察しします」


 真奈がフォローするが、返事は返ってこない。


「すまんかったの、流湖ちゃんを驚かせてしまったようじゃ。今日はもう帰りなさい、来てくれてうれしかったわいらまた会ってくれるかの?」


 と、ばっちゃんはこの気まずい空気を吹き飛ばすように明るく振る舞う。


「そうじゃの……せっかく顔見知りになれたんじゃ、これからも仲良くしてくれると嬉しいの」


 じっちゃんもそれは相乗りして流湖のことを気遣う。


「はい……そうですね、私もお会いできて良かったです」


 いつものふんわりとした雰囲気は鳴りを潜めてはいるが、とりあえず話を聞いてはいるようで、そう返事をする。


「じゃ、伊導。夜も遅いしあなた達も一緒に帰りなさい。真奈のことも頼んだわよ?」


「あ、うん。じゃあな、じっちゃん、ばっちゃん」


「うむうむ、また会いに来るからの!」


「たまにはこちらに来てくれてもいいのじゃぞ?」


 冗談か本気か、そんなことを言って和ませようとしてくる。二人はもう言ってしまったことに対しては仕方ないと割り切っているように見えるな。後はこの事実を俺たちがどう受け止めるかだ。

 特に、今まで俺と付き合うことを反対されていた真奈は思うところがあるだろうし、俺からもフォローしてやらないと。と言っても俺自身も未だに困惑してはいるのだが……


 ともかく夜も遅い時間になったので、俺たちに二つの驚きをもたらした四人と別れ、俺たち三人はアパートへと歩み始めた。





「真奈、大丈夫か?」


「う、うん……でも、納得できないよやっぱり。おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんも、どっちとも兄妹で結婚していただなんて。しかも、おじいちゃんたちに至ってはぎりじゃなくて血の繋がったほんとうの兄妹なんだよ? 恋愛結婚なんだよ? それが許されるのに、私達が否定される理由がわからないよ」


 俺は真奈と結婚したいわけじゃないが……ここはそんな言葉を返す場面ではないことだけはわかる。


「真奈の気持ちは俺も痛いほどわかっているつもりさ。なんせ、当の好かれている本人なんだからな」


 と苦笑いをし、頭を撫でてやる。


「んっ♡」


 すると一気に機嫌が良くなったようだ。さっきは100のうち20ほどだったが、今は60までは回復したように見える。


 さて、問題は隣を歩く友人の方だな。真奈のことは宥めつつ父さんたちと話し合いの機会を作ればまだなんとかなりそうな気もするが、流湖のテンションが低い理由がわからない。


「流湖、さっきからどうしたんだ? じっちゃんや父さんたちの話、そんなにきつかったか? うちで休んで行ってもいいんだぞ」


「う、うん……そうする、真奈ちゃんもいいかな……?」


「はい、構いません」


 そうしてそのままアパートの206号室へ。


「んで、どうしたんだ?」


 取り敢えず彼女をダイニングキッチンの椅子に座らせ、お茶を出してやる。


「お茶ありがとう」


 流湖は一先ずそのお茶を二口ほど啜り、話をし始めた。


「ご両親やお婆様たちの話自体を理解できないわけじゃない。きちんと噛み砕くことはできたわ」


「んじゃあ、何か気に食わないこととか?」


「気に食わない、というよりかは。そんな世界が実際に存在するだなんてって思って。それに私もママが死んじゃったから、伊導くんのお母さんの辛さは少しはわかるつもり。でも、義理とはいえ兄と結婚するなんて……それってつまり、真奈ちゃんと伊導君が結婚する未来だって絶対に無いって言い切れないわけじゃない? 現に作り物の話みたいな近親恋愛を親子二代にわたって、ううん、真奈ちゃんも入れたら三代に渡って繰り広げているわけだから」


 そう言われると、何も否定できなくなる。机上の空論ではなく、身近な人物が禁忌とされていることを成し遂げてしまっているのだから。


「駆け落ちをしたというのは、別にあり得ないことじゃないし。現代でもしているカップルは探せば普通にいると思う。けど、真奈ちゃんと伊導くんがそうならないって保証は全くないよね?」


「え、でも俺は……」


 反論しようとしたが、手で遮られてしまう。


「仮定の話ではあるけれど。もし今後真奈ちゃんの依存症が治る見込みがなく、伊導くんに一生ついていかなくてはならなくなった場合。伊導くんは彼女を"捨てる"覚悟はあるの? 下手をしたら体調を崩して死ぬかもしれない実の妹を放置して他の女性と結婚する勇気、ううん蛮勇とでも言った方がいいかな? それを持ち合わせているのかな?」




「真奈を見捨てる……だと」


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