第65話 両親の秘密
「あっはっは、真奈も面白い子ねぇ〜」
「むむむむむむむむむむ!!!」
「まあまあ、お義母さん、そう笑わないであげてください。私たちの教育不足が悪いんですから」
「しっかし、その歳になって拗ね方が分からないとは驚いたわ、マナもまだまだ子供なんじゃのう」
「むうううう〜〜」
真奈はハムスターもびっくりの頬の膨らませ方だ。
翌日の夜、昨日の真奈のことをじっちゃん達に話したら、盛大に笑い飛ばしてきた。元からおおらかな感じの人達ではあるが、孫の成長を見守るジジババとはこういうものなのだろうか。
「真奈ちゃんも、色々と悩んでいたのね。ごめんね、私が出しゃばったせいで……」
と流湖は申し訳なさそうに真奈に抱きつく。
「いえ、私もまだまだ幼かったってことですから。先輩のせいじゃありません! お兄ちゃんのことは渡しませんけど」
「あれ〜、言ってくれるじゃん、このこの〜」
「いやー」
二人でじゃれつく。人によっては興奮しそうな光景だ。
ともかく、真奈の話を皆理解してくれたし、真奈も己の精神の未熟さを確認できたのだからよしとしておこうではないか。
「でも、流湖ちゃんも早く報われるといいわよね〜」
夕食の準備を終えた母さんは、ダイニングに来るとわざとらしくこちらをチラチラ見ながら言う。
「そ、そうですね……」
流湖は正面から顔を逸らし、頬を林檎色に染める。
「うむうむ、ワシらもルコさんならイドのことを任せられるのぉ」
「じゃな、雄導に似てどこか頑固なところがあるのが玉に瑕じゃがな」
俺が? どこらへんが頑固だと言うのか。
「まあ、この話は一旦ここまでにして。皆さんいただきましょう。あ、流湖ちゃんも遠慮せずに食べてね!」
「ありがとうございます、ご馳走になります!」
「あと数年もすればこの光景が当たり前になっているといいのぉ」
「だのだのぉ、そしてゆくゆくはひ孫も……」
「ばっちゃん!!」
「お義祖母様!」
またそんなことを言う! デリカシーのない婆さんめっ。
「あっはっはっは、初心だわのっ」
そうして会話を交わしつつ、食事も終わる頃。
「--真奈、俺たちがお前を、いやお前達を過保護にしすぎたのは認める。だが、折原さんが伊導と付き合いたいと思っていることに対して嫉妬するのはあまり良くないな。伊導も家族である前に一人の人間なのだ、そのうちに兄離れをしなければならない日は必ず来る。このようなことをもう高校生になろうともいう娘にいうのも少し残念な気持ちはあるが、今のうちから他人を受け入れる心の広さを養いなさい」
父さんは真面目な顔で己が娘に諫言する。
ちなみに、流湖の想いはもう
俺が幾ら拒否しても、両親祖父母、それにあちらの父親も乗り気なのだから。今も昔も、親の強い薦めで結婚させられる人間はそこそこいるのだから。
真奈はまだ全く納得していませんという雰囲気で流湖のことを牽制しているが、そこは大人たちの方が一枚も二枚も上手。そのうちのらりくらりと交わされ、言いくるめられるのは目に見えているだろう。
せめて、俺だけでも(自分のためというのもあるが)真奈の味方になってやろう。でもこういうことをするから真奈が拗ねるんじゃないか? とは思ったが口には出さないのが優しさというものだ。
「はーい……」
真奈はしょんぼりしている。甘やかしすぎも考えものだな、と他人事のように思った。
「なにを偉そうに言っておるんだ、オド。お前だって散々ワシらに迷惑をかけたじゃないか?」
「お、親父」
じっちゃんは眉を吊り上げ息子に向かい怒りを露わにする。
「そうじゃそうじゃ。ただでさえ、あんなに周囲の反対を押し切って結婚したくせに」
ん、これは父さんと母さんの話だろうか?
「じっちゃん、何があったの? 俺、父さんたちのそういう話って聞いたことが無いんだ。恋愛結婚っていうのは知ってるけど」
「おお、そうなのか。よし、話してやろう」
「親父!」
「お義父さん!」
「こら、お前さんや!」
両親やばっちゃんは慌てて遮ろうとするが----
「----この二人はな……義理の兄妹なのじゃ!!」
…………え?
「「「義理の、兄妹?」」」
父さんと母さん、祖父母を除く俺たち子供組は一様に同じ反応を示す。
義理の兄妹とは……ばっちゃん達は再婚したってことなのか?
「えっと、おじいちゃん、どういうことなの? 冗談じゃなく、お父さんとお母さんは義理ではあるけれど、結婚する前は兄妹だったってこと?」
「その通り、雄導はワシらの実の息子。真央はばあさんとの共通の友人の忘形見なのじゃ……」
と昔話をしだすじっちゃんとそれに乗っかるように補足をするばっちゃん。
まとめるとこういうことだ。
45年前、父さんが生まれ、その約8年後に母さんが生まれ。じっちゃん達はその友人と、二人を結婚させるいわゆる許嫁の約束を交わしていた。実際、父さん達もそのつもりで幼い頃から仲良く接していた。
だが、母さんが10歳、父さんが17歳の時に、その友人夫婦が事故で亡くなってしまう。親族も養うのを嫌がっていたところに、それならばと母さんを養子に連れてきて、義理の兄妹となったのだ。
法律的に結婚は可能とはいえ、"兄妹"という家族になってしまった二人。じっちゃん達は結婚の約束は無かったことにし、二人には別々の人と結婚するように迫ることとなる。
しかしそれでも、着実に愛を育んでいた二人は、母さんが成人するともに駆け落ちをしてしまう。そして2年後、デキ婚という形で見事に夫婦として結ばれた二人は、孫の顔を見せにじっちゃん達のもとへ。
勿論最初はとてつもない騒動と絶縁ギリギリの大喧嘩を巻き起こしてしまうのだが、孫の顔を見るうちにじっちゃんばっちゃんの態度は軟化して。そうして次第に二人の結婚を認めるようになり、今に至るわけだ。
あ、これでも短くした方だぞ?
「--そういうことだったのか」
「知られてしまったものは仕方ないわね。だから私の親族とはほぼ縁切り状態なわけ。両親の墓参りすらさせて貰えなかったわ」
それは酷い。自分たちが受け入れを拒否しておいて、世間体だけは気にするのか。母さんを見捨てた時点でその世間からはどんな目で見られるか想像しなかったのだろうか?
「俺も、最初のうちは親族から煙たがられていた。だが、親族から慕われていた兄さんがいたため、何とかとりなしてもらうことができたのだ。しかし今まで、この秘密を知られる訳には参るまいと、その兄さんに合わすことができなかった。本当はお前たちのいとこだっているんだぞ? 俺たちだけならまだしも、お前たちにまで知らせてなかったとはいえ肩身の狭い思いをさせ、申し訳なく思っている」
そう言うと父さんは俺たちに向かって頭を下げる。
叔父さんやいとこに当たる人がいるだなんて、全く知らなかった。余程情報を統制していたのだろう。
「まあ、そういうことじゃ。だから真奈、お前さんの気持ちに気付いていても言及しなかったのはそういうことじゃ。雄導たちが反対していた理由もわかったかい?」
ばっちゃんは真奈に問いかける。
やはり気付いていたのか、同じことが起こらないようにと、おそらくは父さん達からも逐一様子を伝えてもらっていたのだと推測される。
「う、うん。実例があったから、今度こそは兄妹を結婚させたくなかった……そういうことだよね? でもそんな、お兄ちゃんと結婚することが親族から縁を切られるほどだなんて」
真奈は複雑な表情だ。そうだよな、今まで俺のことをあれだけ好きだと言ってきたのに、現実を突きつけられたのだから。それに昨日の件でも納得いくところがあったのだろう、黙りこくっている流湖に対して視線を送っている。
「そういうものなんじゃ、血縁同士で結婚するというのは。ワシもよくわかる……」
「ああ。そうじゃな……」
じっちゃん達は何やら神妙な面持ちだ。
「……親父たちだって、そうだぞ」
ん? 何やら雲行きが……
「おい、オド」
「あなたっ?」
「ここまで言ったのだから、いっそ全てぶちまけるべきだろう。実はな----」
「----親父とお袋は、実の兄妹なんだ!」
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